目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

2021年10月

10月の初旬。それから、『親友』とも彼の彼女とも特に連絡を取ることはなかった。僕自身、そんなことを気にする余裕もなく、就活に追われていたからだ。

コロナの影響だろうか。想像以上に厳しい戦いが続く。エントリーシートは努力を重ねて提出しても、まるで紙くずのようにあっさりと弾かれる。何社の人事を恨んだだろうか。今年中に内定を取りたいと思っていたけれど、このペースで本当に間に合うのだろうか。そんな不安が頭を離れない日々だった。

そんな悶々とした思いを抱えたまま過ごしていると、また『親友』から連絡が来た。彼らしい奇想天外な提案だった。


「お前ん家、遊びに行ってもいいか?」


僕は神奈川県の小田原に住んでいて、『親友』は東京にいる。シンプルに、温泉や観光を楽しみたいというだけらしい。僕も息抜きが欲しかったから、その誘いを快く受けた。

しかし、その瞬間、またいけない僕が顔を出した。


「彼女も一緒に来れば?」


そう言った自分の声が、少し震えていた気がした。




10月最後の金曜日。2人がやってきた。

久しぶりに会う『親友』の顔を見たとき、素直に嬉しいと思った。だけど、それ以上に、彼の隣に立つ人に目を奪われた。

長身でスレンダーな体型。さらりと伸びた髪に、ぱっちりとした大きな目。薄化粧なのに、その美しさは際立っていた。思わず息を呑む。こんなに綺麗な人だったのか。僕の心はその瞬間、完全に奪われてしまった。

でも、すぐに我に返る。そうだ。彼女は『親友の彼女』だ。僕には、越えてはいけない一線がある。

気持ちを立て直し、ホストファミリーとしての役割に徹することにした。以前、ホテル施設でアルバイトしていた経験があるおかげか、こういう「おもてなし」は得意だったし、田舎の広い下宿もその手助けをしてくれた。僕の準備したものに、『親友』も彼女も喜んでくれた。特に、彼女の反応は印象的だった。

彼女が好きそうな入浴剤を用意していたのだ。夏の日のオンライン会話で、それを好きだと言っていたのを覚えていたからだ。


「えっ、これ……覚えてたの?」


彼女は驚きながらも、目を輝かせて笑っていた。その笑顔は、夏の日に聞いた声以上に、僕の心を打った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?