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私は貴方に生かされました
私は貴方に生かされました
Yonohitomi
BLファンタジーBL
2025年04月26日
公開日
2,751字
連載中
鬼は鬼を喰う。力がすべての鬼の世界。 ある鬼に拾われ、戦闘用の駒となった耀は、主の支配に抗えないまま生きていた。 過去の喪失と痛みに囚われ、心を閉ざした彼と朱炎が出会う。 これは、鬼の王に囚われた青年が、自らの傷と向き合いながら支配の中で“生き直す”物語。 耀(よう) かつて死んだように生きていた鬼。拷問にすら無反応なほど、生への執着を失っていたが、朱炎との関係の中で少しずつ“感じる”ことを取り戻していく。 朱炎(しゅえん) 鬼の中で“最強”と称される存在。かつては命を奪うことに快楽を覚えていた冷酷な処刑者だったが、耀との出会いで価値観が変わり始める。 朱炎×耀【ドS様×儚げ受け】 主従関係∣ダークBL∣耽美・和風 R18小説をネオページ用全年齢版に修正しています。  そのため、ハッキリと書いてないところがたくさんあります。妄想で補って頂けると良いかと思います。 R18版はTwitterもしくは個人サイトでご案内しています。

第1話




「……っ……」


 耀は喉の奥で声を噛み殺した。

 それを愉しそうに見下ろす鬼がいる。


「耐えているのか?」


「いえ……っ……」


 目の前の鬼が二本の指を揃えて見せる。口元に躊躇なく差し込まれ、指が舌のざらつきを吟味するように撫で回した。

 まるで、絡ませろ、とでも言いたげな動きだ。


 もう何度も経験した。このあと、大きな衝撃派が来ることも知っている。耀は覚悟の上で、その長い指に舌を這わせた。

 もう、逃れられないのだから。


 この鬼の力は絶対的だ。全能のような鬼。鬼の世界で最強と呼ばれる者。


 耀は今、誰もが恐れる鬼と、肌を重ねている。


 (……朱炎様)


 先ほど口内に捩じ込まれた指を、丁寧に舐め上げながら、心の中で鬼の名を呼んだ。


 それを合図に指先から放たれる、鬼の力。電撃のような衝撃が鳩尾まで貫く。

 耀の身体が大きく跳ねた。しなやかな肉体がびくびくとわななく。


 朱炎は、これを見るのが好きなのだ。


「言っただろう。私との交わりは甘くはないぞと……」


 耳元で囁かれる低い声が、脳を溶かす。

 自らを戒める意識の鎖を強制的に緩ませれ、抗う事ができなくなる。


「……んっ……」


 抑えきれず、鼻から抜けるような声が漏れた。

 理性の鎖がひとつ、またひとつと崩れていく。


 二本の指。それはゆっくりと引き抜かれ、目の前でじっくり見せつけられる。

 艶やかな光を帯び、長い指に絡みつく透明の液体。唇から指先へとつながり、厭らしく煌めいてぷつんと途切れた。


 見慣れた光景だ。この鬼は、いつもこうする。


 朱炎はその指に小さな傷を付け、流れた血を透明な粘液に変えた。

 これは、毒のようなもの。これから菊の花に吸わせ、溶かし、狂わせるための。


 朱炎は耀の身体を押さえつけ、その指を移動させた。


「……っ」


 そろりと撫でられ、耀の身体は再び跳ね上がる。


「いい反応だ……」


 朱炎の口元は緩んでいた。

 この鬼は、耀の身体が跳ねるのを見て愉しむ。 まるで、地に打ち上げられた魚が必死に跳ねる様を眺め、愉しむかのように。


 朱炎は生への執着を見ている。

 生きている耀を見たいのだ。


 (……愉しんでおられる)


 不思議な話だ。

 この鬼は、たくさんの命を葬ってきた。数え切れないほど、冷徹に。

 命を奪うことに慣れている者。死を与える者。若かりし頃には死を与える事こそが愉しみだったとか。


 なのに、耀には「生」を求めてくる。


「……朱炎様」


「なんだ?」


「……あの……」


 言いにくそうにしていると、朱炎が小さく鼻で嗤った。


「私を急かすのか?」


「そんな……」


「構わん、言え」


 しかし、言えと言われて簡単に口にできるものではない。

 朱炎は、それも見抜いている。耀が答えられなくなる事を分かっていて要求する。


 そして、答えられない耀は、いつまでも焦らされることになる。

 これも、いつも通り。

 求めなければ動かない。朱炎は鬼だ。


「…………」


 その指を受け入れる覚悟は、とうに出来ているというのに。

 耀の喉がごくりと鳴った。


「……ください……」


 やっとの思いで絞り出した言葉。か細くて、弱々しい声となってしまった。聞こえたかどうかも怪しいほど。


 だが、朱炎はそれに応えた。


「まぁ、いいだろう……」


 目の前の鬼が、少しだけ満足そうな顔をしていた。

 それが答えになることを、耀はまだ気づいていない。


 “今”はまだ。




 ーー私は貴方に

      生かされましたーー








湿気が肌に絡みつく夜。

 “今”よりも少し前のこと。


 この日は雨も落ち着いていた。ふわりと舞う風に、紫陽花の柔らかな香りが控えめに混じる。


 その生あたたかな風に乗り、夕闇を彷徨う者がいた。

 ふわり、ふわりと、揺らめきながら。

 その者がたどり着いたのは銀の罠。


 捕らわれてしまった。蜘蛛の巣に。

 群青色の蝶々が翅をひくつかせている。


 絡め取られ、逃れられない。


 今宵、彼が纏うのは、深い群青に金糸が細やかに刺された着物だ。

 水面に広がる波紋を思わせる丸紋と、風にたゆたう花々が袖に咲いている。


 衣装。

 この夜のために、朱炎の手によって選ばれ、渡されたもの。

 耀は理解している。これは、朱炎の視線を悦ばせるための装い。


 朱炎の指示はいつも言葉が少なすぎるほどに簡潔だ。言葉が無いこともしばしば。それには深い意図が潜んでいる。

 耀はその意味を、正確に汲み取り、示してみせる。


 無言で着物を渡された時も、彼の意図を汲み取るために思考を巡らせた。


 ――愉しませよ


 きっとそういう事なのだ、と。

 香り、音、触れた感触、目に映る色彩、すべてを、美しく、官能的に。

 鬼の世界に君臨する王が、朱炎。

 彼は、強さを愛でるが、幽玄な美に、静かに香る雅を好む。


 ならば、そのすべてを理解し、満たし続けなければならない。

 自らの身も心も全て差し出して、朱炎に尽くす。

 側に置かれるために。求められ続けるために。


 だがしかし、それはいつの間にか、朱炎の手により役割ごと、裏返される。


 肌と肌の境界が霞む頃には内なる願いを引き出され、熱に満たされ、逃げ腰になる。

 まるで、囚われの蝶々が漆黒の蜘蛛に命乞いをするように。


「あの、朱炎様、……っ……それ……は……っ……!」


 だが、朱炎の熱は容赦がない。


「ほう……逃げるのか?」


 朱炎はくつくつと喉を鳴らすように嗤いながら、ゆっくりと身を傾け、「すべてを捧げると、あれほど口にしていたのは誰だったか」と、耀の耳元で囁いた。


 這い上がる指も、熱を孕んだ視線も。

 漆黒の蜘蛛は銀の糸を紡ぐ。

 内蔵に響く低い声は毒牙のようだ。

 次々と絡め取られて身動きが取れなくなる。


 体温がじわりと広がり、混ざり合う。熱に溺れながら、耀は目を細めた。

 見上げれば、朱炎の赤い瞳に貫かれる。


 耀が手を伸ばすと、朱炎はその手を掴んで押さえつけた。強い力で、けれど優しく。


「朱炎様……」


 かすれた声で。意識が朦朧として、まともに次の言葉を紡ぐ事ができない。縋るように名を呼んだ。


 朱炎の指が耀の喉元をなぞる。


「どうした?」


 囁く声が、耳の奥まで震わせた。


(本当に、ずるいお方だ……)


 この鬼は、答えを知っている。なのに、いつも聞いてくる。言わせようとする。


「…………」


 耀は自分の欲望に気づいているが、それを口にすることが出来ない。


 もっと深く、傷つけてほしいなど。


 過去の辛い出来事のせいで、歪んだ願望を抱くようになっていた。

 だが、朱炎が「傷」をつけることはない。ただ与え、抱く。


「耀」


 頬に手を添えられて名を呼ばれた。もうこの鬼から逃れられない。


 朱炎は、きっと気づいているのだろう。

 耀が過去の痛みにしがみついている事に。その痛みが今もなお耀の支えになっていることに。


 だからこそ、朱炎は傷を、「傷」として与えない。代わりに、何もかも包み込むように熱を分け与える。


 耀はゆっくりと目を閉じた。


 熱に呑まれ、溶けていく。燃えるような感覚の中で震えて、足掻いて。


 炎に溶けゆく白い四肢。

 糸に絡め取られた群青の蝶。


 もう今は、逃げることも望まない。




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