目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
らんげーじすとりーむ~妖怪とか幽霊相手に言葉だけでアレしろと……?~
らんげーじすとりーむ~妖怪とか幽霊相手に言葉だけでアレしろと……?~
実は犬です。
現代ファンタジー異能バトル
2025年04月26日
公開日
1.4万字
連載中
 世の葉の幾夜  音韻が夜霧り、狂りと廻る。  其の轟を時に説き、時に解く。  夜月のごとき幻と、灼陽に勝る風の剛…… --------------------------------------------------------------------- 突然他界した父を継ぎ、2体の精霊を従えて妖怪や幽霊と闘う少年の物語。 現代ファンタジーの異能バトルものです。 あらすじはそのうちちゃんと考えますので、今はこれで(笑)<(_ _)>

第1話 二詞の音


「あっちぃ……」


 身を覆う熱気に顔をしかめつつ、風邦礼は目覚めた。

 季節は夏の始まり。昨夜までの雨は朝方近くに止み、午後1時を過ぎた今ではいよいよ夏本番といった雰囲気の晴天が広がっている。

 しかし、エアコンや扇風機の類を使わずに部屋の窓を閉め切ったまま寝ていた礼にとって、それは誤算ともいえる状況であった。


(あぁっ、ちっくしょう……! こんなに暑くなるんだったら、タイマーつけとけばよかった)


 とはいっても、原因はやはり自分自身の不手際である。

 昨日まで行われた中学校の定期テストを0泊5日レベルの無謀な徹夜計画で乗り切り、全てのテスト科目が終了する午後からは友人とカラオケパーティー。

 中学2年生という立場上アルコールの類が摂取されることはなかったが、6時間にも及ぶ打ち上げを乗り越えた礼は帰宅後に夕食を食べるや否や自室のベッドに倒れ込んだ。


 なので例年にくらべて圧倒的に早い梅雨明けを伝える昨夜の天気予報が、礼の耳に届く可能性は皆無であった。


(まぁ、仕方ないよね……俺が確認してなかったのが悪いんだし)


 誰が悪いというわけではなく、その原因は自分である。

 そう割り切った礼は気持ちを立て直し、汗のにじんだ自身の顔を拭くべく横になったまま右手を上げた。


 しかし――右手を上げようとした瞬間に、礼は違和感を感じとる。


「ん……?」


 正確には、意識がはっきりしてくることで自分の体にやたらと重い感触があることに気づき、さらにはそれがたった今押しのけた動物たちであること、そして自分の体が異常な熱気に包まれていた原因がその動物たちによるものだと理解する。

 それゆえ礼は怒りを込めた叫びを放ち、自身に覆いかぶさって熟睡していた2匹の動物をはねのけた。


「原因はお前らかぁ!

 あっちぃってば!! なんだよ、2人して!

 暑いからまとわりつくなって言ったじゃん! 本当に死ぬから!」


 間髪いれずに礼はこぶしを握り、相手に殴りかかる。

 ところが攻撃対象の動物は礼の右手を華麗に避け、一方は机の上に、もう一方は部屋の天井の隅へ逃げてしまった。


「くそっ……」


 礼が不機嫌そうにつぶやき――そして天井の方から返事が返ってきた。


「そんなこというなよ。俺らはこれからずっと一心同体。お前だって覚悟決めたって言ってたじゃねぇか。仲良くしようぜ!」


 物理的な空気の振動では伝わらない声――しかしながら礼はその言葉をしっかりと聞きとり、不快感を表情に出しながら頭をかきむしる。


「嘘つくなって……完全に嫌がらせじゃん……」


 そして礼はなおもいらついた雰囲気で、重力を無視して天井の隅に移動していた犬と、いつの間にか出窓の上に移っていた空間の揺らぎを順番に睨んだ。


 これらの動物は礼の視覚にのみかろうじて確認できるものであり、一般人には決して見えることはない。

 なので正確には『動く物』という意味で『動物』と認識することができるが、『生物』としては決して認めることのできない不可思議な存在であった。


「そういうなよ。俺らは体温とか持っていねぇし。

 まっ、それなのに俺らの存在を肌で感じるってことは、やっぱお前には才能あるんだって! 喜べ!」


 まずは天井に張り付いたまま、不敵な笑みとともにむかつく台詞を放ってきた犬。一応『犬』と表現することにしておくが、ぼやけた輪郭が四足歩行の動物――とくに外見が何となく犬に見えるだけであり、本人も自己申告で『犬』と言い張っていたので、そういうことにしておく。


(いや、無理……)


 重力を無視する動きと、そもそも犬でありながら人語を操る常識離れっぷり。さらには少し赤みがかった光を放ちつつも背景までうっすら確認できるほどの透明さを持ったその体は、人の理解の範疇を思いっきり外れていた。


(やっぱ『ばけもん』だって……)


 自分の理解力と目の前の現実を合せることが出来ずに、礼はまたまた頭をかきむしる。

 しかし出窓に逃げたもう1体の存在も忘れてはならない。

 もはやその輪郭すらぼやけ、注視しなければ見逃してしまいそうなほど透明な出窓の存在は、先に述べた『犬のような存在』よりもはるかにミステリーなものである。


(でも……まぁいいや。考えるのめんどいし)


 寝起きの礼にとってこれ以上の熟考はなかなかに辛い。

 なので礼はここで深く考えるのを辞め、代わりに犬っぽい存在を対象に日常的なクレームを入れることにした。


「才能とか、そんなこと知らない。だけどマジで暑いんだって、烙示(らくじ)は……。

 あぁ、くっそ! 抜け毛がベッドに!

 つーか妖怪のくせに体毛が生え変わるってどういうことなん!?

 そこら辺のルールはしっかりしようって!」


「んあっ? 妖怪じゃねえってば。精霊だ精霊! ふっふっふ。イケイケ押せ押せの上級クラスだ!」


 しかし、相手は意味不明な点に満足そうな台詞を返す。この反応には礼も追撃を諦め、出窓に視線を移した。


「鎖羽(さばね)? ちょっと悪いんだけど、下行ってコロコロ持ってきてくんない。あと、なんか飲み物……」


 その言葉に対し、出窓に存在するぼんやりとした揺らぎから返事が返ってきた。


「わかりました。コロコロとは……あぁ、例のあれですか? しかしあれが烙示の抜け毛に対して、効果があるとは……?

 でもまぁ、それはそうとして。あっさりした飲み物……そうですね。麦茶などどうでしょう?」


 そして、その空間は一瞬だけこれまで以上の歪みを見せた後、綺麗さっぱりと存在を消した。

 違和感が消え、どこの家にもあるような出窓を眺めながら、礼は三度頭をかきむしる。


(鎖羽は結構いい奴なんだよね。もともとは『蛇(みずち)』……だっけ……?

 見た目も習性もおぞましい妖怪って話だったけど、なんか礼儀正しいし。言うこと素直に聞いてくれるし)


 鎖羽が持ってきてくれる冷たい麦茶はさぞかし美味しい麦茶であると確信し、礼は口元にわずかな笑みを浮かべた。

 その後、気を取り直した礼はふと視線を天井に戻した。


(あれ? どこ行った?)


 しかし、そこにはすでに烙示は存在しない。

 というか礼がほんのちょっと目を離した隙に烙示はベッドの脇に移動し、木製ベッドの脚の部分にかじりついていた。


「だから、それもすんなってば! 爪研ぎなら外の木を使って!」


 礼は大きな声で怒鳴りつつ、その存在に向けて大きな蹴りを放つ。しかしその攻撃も意味をなさず、礼の右足は空間を空振りした。


「いや、爪研ぎじゃなくて『牙研ぎ』な? 噛んでるから。

 でもほら? 俺って生まれたばっかじゃん? 許してくれ。牙がかゆくてたまんないんだって!」


 自身の攻撃が見事な空振りに終わった事実に加え、そんな言い訳が耳に入ったため、礼のいらだちは再度燃え上がる。


「嘘つくなぁ! 出会った時に『我は古より国を守りし高貴な力。その力を……』とか言ってたじゃん!

 偉そうな雰囲気だったけど、ひらたくいえば寝てたってことだよなぁ!

 しかも『古より』って言い切ってたし! それのどこが生まれたてなん!? んんっ! そこら辺どうなんだぁ!?」


「うーん。ある意味生まれたて。だけど、本当は結構長生き中。さて、その心は?」


 もちろん、激怒中の礼が烙示の仕掛けてきた問答に乗るわけはない。


「いや、やんないって! いいから説明しろ!」


「なんだよ。ノリ悪いな。じゃあしかたねぇ。教えてやるけど……でも、単純な話なんだけどな。

 ちなみに、ついでにぶっちゃけるとあの儀式はやらせだから。

 オプションだ。寺のやつらと打ち合わせて……そんで一応それっぽい雰囲気出すために、お前の前で『儀式』しとこうって。厳かな感じで」


「んなっ? じゃああのセリフは!?」


「だから、あの時の言葉も全部台本通りな。ふっふっふ! 見事にだまされやがって!

 本当にかわいそうに……ん? 怒ったか? 怒ったか? どうするどうする? 怒ったお前はどうする? ん? んんっ??」


 ここで礼は『ドッキリ大成功』のプラカードを見せられたかのような反応を示す。その反応の流れで礼は力なく座り込むが、折れそうになった心を必死に保ち、唯一気になった点を聞き返すことにした。


「俺にそんなの見せつけて一体何の意味が……いや、そんなのどうでもいいから。んで、結構昔から起きてたって……いつ頃?」

「ん? それはだな。えーと……確か、430……? 29? いや、来年で420年だから、俺は今419歳か?

 んで最近覚醒したのは……お前の親父に起こされた時だから……30年ぐらい前……かな?

 ふっふっふ。もう少しで『神格化』だぞ! どうだ? すごいだろ?」


 つまり烙示は人間の寿命を軽く超えながらも、このような常識離れの存在にとって419年という年月はわずかな時間ということ。または時間という概念そのものがこのような存在にとって当てはまらない可能性もあり、それらの事情を踏まえると、烙示は生まれたてといえば生まれたてなのだろう。

 しかし、人間からすると長生きというレベルをはるかに超える期間であることも確かであり、烙示の台詞が『寺の者たち』によって決められていたならば、そこに人間基準による『古より国を守りし』といった表現が混ざってきてもおかしくはない。

 というか烙示の言葉から察するに、烙示たちと礼が初めて会ったあの場面はなにやら仕組まれたものだった。

 そこらへんまでを一気に理解し、礼はまたまた頭をかきむしる。


(あぁ……もう、どうでもいいや……)


「わ……わかったから……後でペット用のおもちゃ買ってきてあげるから……ベッドにかじりつくのは本当にやめて……」


 そして礼は再びベッドに倒れこむ。枕に顔をうずめていると、隣から『カツッカツッ』という物音がした。


(ん?)


 その音に反応し礼が顔を横にしてみると、爪研ぎを止めた烙示がテレビのリモコンをいじり始めているのが視界に入ってきた。


(あぁ、テレビは見るんだ……妖怪のくせに……でも……くっそ。烙示自身の意志なら、リモコンにも物理的に触れるんだよな。俺が攻撃する時は透明になるくせに……なんて卑怯な……。

 あっ、そういえば今日の儀式の後に俺も自分の意思で烙示に触れるようになるんだっけ? それはつまり俺の攻撃が効くようになるってことだよね。

 よし! 次からは俺のローキックが……!)


 烙示の姿を眺めながらも想像を進め、礼は悪い顔でにやつく。

 しかしながら礼の心境の変化を察知してなのか、テレビに熱中していたはずの烙示が急に振り返り、話しかけてきた。


「ん? なに笑ってんだ?」


 もちろんここはしっかりと誤魔化しておく。


「別に……気のせいじゃね?」

「いや、笑ってんだろ」

「笑ってないって……枕のせいで口元が引っ張られてるだけだって」

「嘘つくな! お前とは『契約済み』なんだから、もううっすら感情が伝わってきてるんだよ! おいっ! 何考えてた!?」

「知らない! 烙示ウザい!」

「う、うざ……って! おい!」


 そんなやりとりをしている間にも部屋のドアがわずかに開き、鎖羽が部屋に戻ってきた。

 礼からすれば、不可解な空間の揺らぎとともに麦茶と掃除道具が空中をぷかぷか浮かびながら部屋の中に入ってきた様に見えるわけであるが、これが鎖羽によるものだと知っているので過度な反応など見せない。

 ただ、氷を入れた冷たい麦茶がご丁寧にもお盆に乗せてられている点と、その麦茶がこぼれないようにコップが静かに空間を移動している点について、鎖羽の丁寧な性格を感じ取った礼は感心する。


(礼儀正しいよな。そういう妖怪もいるんだ……)


 鎖羽の性格を烙示のそれと対比しつつ、そんな鎖羽が運んできた麦茶によって機嫌を良くした礼は一瞬だけ笑顔を浮かべる。

 しかしながら、双方を対比することで烙示の奔放さにもあらためて気づき、礼はすぐさま険しい表情に戻った。


(あぁ、そういえば……『やらせ』の件。これだけは忘れないようにしないと……寿原さんに……)


 心の中で覚悟を決めつつ、ここで鎖羽が話しかけてきた。


「礼様? どうぞ」

「うん、ありがと……」

「ん? どうなされました?」

「いや、別に……後で寿原さんに問い正さなきゃいけないことができただけ……」

「?」

「まぁいいって。鎖羽は……適当にくつろいでて……」

「はい。ではお言葉に甘えて……」


 そして、鎖羽が再び出窓へと移動する。


(ん? またそこに戻った?)


 先ほどから思考の内容がころころと変わるため、礼自身(寝起きにこの激しさはきつい)など思っていたことも確かである。

 しかしながら、これほど奇妙な存在が2匹も礼の周りにいるとなると、そんな思考の忙しさは仕方のないことである。


(寿原さんには心をえぐるような仕返しを……後で考えとこ。それで……鎖羽の……この習性は?)


 妖怪やら幽霊やら、そういった類の存在ならおそらく直射日光を嫌がるものと思っていたが、どうやら当の本人は日光の注ぐ出窓がお気に入りの様子である。いや、この存在を爬虫類のカテゴリーに入れてみたならば、確か蛇やトカゲといった生物は体温を上げるために日光を利用したりすると聞いたことがある。

 なのでこの『鎖羽』という存在も、そのような習性に従っているのかもしれない。

 でもやっぱり妖怪としては思いっきりルール違反な行動であった。


「鎖羽? まぶしい?」


 試しにカーテンを閉めてあげようとしたが、鎖羽がそれを鮮やかに否定してきた。


「え? なにがですか? もしかしてお日様のことでしょうか? それならばおかまいなく……」


 そして歪んだ空間はぼんやりとした円錐形に変化する。


(うーん……もしかしてマジでくつろいでる? なんかおかしくね? それ、妖怪として本当にいいの?)


 これはおそらくとぐろを巻いているものと思われるが、鎖羽の気配が穏やかな雰囲気を放ち始めた。


(あぁ、ムカついてきた……どいつもこいつも……)


 結局、寝起きからどっと疲れてしまう事となってしまった礼は、冷たい麦茶を一気に飲み干す。

 そして気を紛らわすように、シーツについた烙示の体毛をコロコロすることにした。


「礼? お前……それ、意味ないんじゃね?」


 もちろん烙示の言葉には反応せずに。


「ふーう」


 シーツの掃除を終え、礼は少し深めに息を吐く。

 枕元にあるエアコンのリモコンに手を伸ばしながら天井を眺め始めた。



(父ちゃん……こんなん、どうすればいいんだよ……?)




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?