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000-3



 相手からすればそれこそ化け物の類かと思えるような残虐な笑みを浮かべつつ、まなみは両手の刀をあらためて構え直す。


「ふーぅ」


 武器の感触を確かめながら、深く息を吐いた。


(戦闘開始当初、敵はサイさんの占術に警戒してた。

 私のものじゃないから私は頭の中でその警戒行動を笑ってたけど、敵はそれに気づかなかった。

 つまり私の思考が読まれているわけではない。

 でも私がこれからしようとする攻撃に対しては反応を示した。恐怖を感じたっぽいこの反応がまさにそれよね。

 おそらくはっきりと……予感なんてものじゃなく、はっきりと自分の体が傷つくのが分かったということ。

 だからこの敵は後方に引いた。

 これは間違いなく『未来』が見えていたってことよね。いえ、そうならなかったから厳格に『未来』とは言えないけど。

 あと、あの額の瞳がやたらと怖いって感覚も含めると、大方3つめの瞳からは少し多めの霊粒子が放出されているのでしょうね。サイさんの未来指定の占術に似た効果を持つ霊粒子を放出して、その視界に入った物の動きを予測するといった感じかしら?

 でもこの個体は占術士じゃないし、未来指定の占術自体が戦闘術士の能力と大きくかけ離れているものだから、『勝敗の行方』っていえるぐらい先まで見えていないようね。よくて数秒先ぐらいが精一杯……?

 まぁ、それだけで戦闘術士としては十分効果的な能力でしょうけど)


「くっくっく」


 敵の能力の秘密がわかったことと、それを知ったことによるこちらの優勢を確信し、まなみは冷たい笑いを声に出す。


(んで……今、私の攻撃で手首が切り刻まれる光景が見えたってこと。

 つまり『手数を増やす』という攻撃がこの能力に対して効果あるってこと。

 当然よね。未来が見えたって私の攻撃をさばききれなければ意味がない。私が手数を増やそうとした瞬間に、敵が守りに入ったってことがそれを証明している)


 まなみの視線の先、敵は20メートルほど離れたところで武器を構えている。しかし、その表情からは焦りの色がはっきりと伺うことが出来た。


「福井さん? こちら長谷川。敵の能力が分かりました。敵は額の瞳でこちらの動きの未来を視ています。

 味方にはそのようにお伝えください。大振りな攻撃を控えて、手数を増やすようにと。あと、先読みされることを分かった上で動きに罠を仕掛けろと。

 それで優位に立てます。以上」


「了解。流石だな」


 無線の向こうから短く返事が返り、まなみはさらに笑みをこぼす。


「さて、そろそろ終わりにしましょう。野菜ジュース作る時のミキサーみたいに削ってあげるわ」


 最後にかっこよく台詞を吐き、まなみは動き出した。


「はっ!」


 細かい動きによる攻撃を繰り出し、受け手に回った敵を波のような攻撃で攻める。

 最初は武器を持つ敵の両手首に目標を絞り、細かい斬撃の全てを集中させる。

 この際、まなみ自身が左右に持った刀によるコンビネーションやフェイントの類を捨てることで、敵の左右の手首に新たな5つの切り傷をつけることに成功した。


(よし! 今の手ごたえ! 手首の腱イったでしょう!)


 まなみの予想通り、武器を握っていた敵の右手が握力を失い、力なく開く。さらに数秒後には、腱や筋肉を切断された左手も同様の結果を見せた。


 後方へ逃げようとする敵とそれを追うまなみに置いてけぼりを食うよう、敵の大きな剣が地面に落ち、しかしまなみはとどめに移ろうとはしない。

 たとえ武器が握れなくても、肘や両の脚から打撃を行うことは可能であり、強靭な体から放たれるそれらの攻撃もまなみを致命傷に至らせるには十分なため、それらの攻撃に警戒する必要があった。


 なので次は下肢に狙いを定め、西洋風の鎧ごと膝のあたりを切り裂く。

 左膝が機能しなくなったことで、機動力の低下した敵は移動を止めてまなみを迎え撃とうするが、まなみは敵が繰り出した右脚の蹴りにタイミングを合わせ、今度はその右脚のふくらはぎや太腿の筋肉に刃を入れる。


(よし。最後ッ!)


 敵が膝を落とし、まなみは武器を持つ手に再度力を込める。

 とどめを刺そうと距離を詰めるまなみに対して、肘打ちを放ってきた敵の上腕部に左手の刀を深く突き刺した。

 それを支えとしてまなみは体を更に上昇。最後に敵の頭部に向けて右の日本刀を渾身の力で振り抜いた。



 結果、3メートル近い敵の体が力無く崩れ、その瞳も光を失う。

 1つの勝利を確信したまなみは一瞬だけ満足げな笑みを浮かべた。


(ふう。とりあえず強敵は終わり。

 でも……見た目にふさわしいパワーと、鋭くて型も訓練された剣術。三つ目の能力以外はまさに戦闘術の王道スタイル。なかなかやりがいのある敵だったわ。

 おっと、まだ終わってない!)


 今しがた終えた戦闘の記憶を元に、頭の中で少しだけ今回の戦いをまとめつつ、まなみはすぐさま周囲に意識を移す。獲物を探す獣のような目つきで、周りの戦況の分析にとりかかった。


(周囲の戦闘音が小さい。戦闘範囲が広まったのかしら?

 まさか味方が全滅したとも思えないし、敵が全滅したのもあり得ない。

 望美さんは大丈夫? でも望美さんなら……いえ、やっぱり危なそう。あの人、接近戦はてんでダメだから。

 あっ、いた。あれ、望美さんよね……?)


 太陽が東の山から完全に姿を表し、少し眩しい雪の反射とわずかな暖かさをもたらしていた。その光に抗うように瞳を細めて見てみると、100メートルほど離れた小さな山の中腹に、1体の敵に追われて防戦を強いられている味方の姿を発見した。


「福井さん? 長谷川です。B級1体、終了しました。望美さんが遠くで苦戦中。これから援護に向かいます。いいですか?」


 その言葉に対し、右耳に付けたイヤホンから無線が返ってきた。


「あら、助かるわ。まなみちゃん、ありがとうね……くっ! いえ、余裕見せてる場合じゃないわ! 福井さん? 許可お願いします」

「あぁ、わかった。許可する。長谷川は加藤の援護に回れ。

 あと、全隊員に通達。敵の戦力が山側に集中してる。本田より谷側の連中は現在の担当区域を放棄して右翼側の援護に当たれ。

 それと青井と小山は神社側に少し後退しろ」


 指示を受け、まなみはすぐさま移動を開始する。その途中ふと両手に持った日本刀を確認すると、少々の刃こぼれはあるものの、この任務ぐらいはなんとか乗り切れそうな具合である。


(うん。大丈夫)


 そしてまなみは視線を再び前に向ける。少し大きめの声を出しつつ、敵と望美の間に滑り込んだ。


「望美さんっ!? 私が前に出ますから後ろから援護してください」

「おっ? 来たわね! 助かったわ! さすがにこんなに距離を詰められると、弓矢じゃ応戦できないわよ。よしっ、じゃあ後頼むわね」

「えぇ!」


 ちょうど敵が大きな斧を振り下げていたところだったので、両手に持った刀を十字に構え、背中に立つ望美を守る形で敵の攻撃を防御する。


(そういえば……さっきまで斧の攻撃は避けてばっかだったから、しっかり防御するのは初めてね)


 その攻撃の衝撃がいかほどかという調査の意味も込めつつ、まなみは体中から放出する霊粒子を一時的に増加させた。

 次の瞬間、重さ数十キロはあろうかという敵の斧が振り下され、まなみの武器と衝突する。


「ぐぅ」


 大きな衝撃音が発生し、それが山々に響き渡る。背後では望美の発したであろう「おぉ!」という声が無線を通さず直に聞こえてきたが、それらも含め敵の攻撃を完璧に防御したまなみはにやりと笑みをこぼした。


(大丈夫。しっかり防御すれば大丈夫。むしろ霊粒子の放出量は7割ぐらいに押さえてもいけるわね。じゃあ次は……)


 攻勢へ。


 占術士ではないので、目の前の敵がC級なのかD級なのかは分からないが、少なくとも先ほどまで戦っていたB級よりは弱いはず。

 そう思って一気に勝負を決めようとしたまなみであったが、ここで耳に付けた無線用のイヤフォンから混乱した福井の声が聞こえてきた。


「北西部隊が壊滅っ! 敵がこっちに向かっている!

 北部隊のうち、第1から第3小隊まではこちらに戻れ!

 指令基地車両を霊脈拠点の社に並列して停めてあるから、我々を丸ごと警護してくれ!」


「んなっ!?」


 無線を聞きつつ、その内容に驚きの声を発しつつ、まなみは目の前の敵に対して袈裟切りの一撃を放つ。

 これにより敵はあっけなく絶命。敵の体が地面に落ち着くのを待たずに、まなみは後方にいた望美に振り返った。


「望美さん!!」

「えぇ、行きましょう!」


 すぐさま2人は指令基地車両のある方向へ向かって走り出す。途中、似たような判断をした味方が1人、また1人と合流してきた。


「指令基地って……」

「あそこにはサイさんがいるわよ」

「あの人が死んだら霊能局そのものが機能しなくなる」

「まずいですね。あの車両の護衛はわずかな戦力しか……」

「そもそも北西部隊が壊滅って……」

「あっちだって、相応の戦力が……」


 それぞれが不安そうにつぶやき、それらの声は無線のマイクがしっかりと拾っていたため、お互いの独り言によってそれぞれが不安と疑念を増大させる。

 一通りの呟きが終わったところで機動力に優れた味方が1人、移動速度を速めてまなみたちを置き去りにし、同様の能力を持った別の隊員が背後から急速に接近してきた。


(くそ、B級と戦ってる間にずいぶん遠くまで来てたわね。みんなも似たような方針で戦ってたっぽいけど……。

 私の移動速度は北防衛線の戦力の中でもおそらく3番手か4番手。今通り過ぎた人たちが間に合えばいいけど。そもそも敵が北西防衛線を突破した時点でこっちに連絡くれていれば……あの人たちなら余裕で間に合うのに……。

 いえ、北西の部隊は全滅って言ってた。何か裏がありそうね)


 考え事をしながら戸隠神社の杉並木を駆け抜け、県道に沿って中社へと向かう。南へ走りながらふと背後を見ると、機動力に劣る望美が遅れを見せていた。


(望美さんはあれでいいのかも。何が待っているかわからない。距離を取って後方から援護してもらわないと……)


 わざと遅れた望美の意図に気づき、まなみは小さく笑う。ほどなくして中社脇に設置された参拝者用の駐車場が見えてきた。

 そしてその中央に立つ人物たちを確認するや否や、まなみは浮かべていた笑みを引きつったものに変えた。


(何よ、あれ?)


 駐車場には福井の乗っていた指令基地用の車両。その屋根の上に、小さな老人が身の毛もよだつほどの気配を発する呪符を高く掲げながら立っている。

 その隣には40代半ばの男性が苦しそうに胸を押さえながら立っているが、これはまぎれもなく福井であり、呪符を掲げている老人も間違いなくサイである。


 福井に関しては霊粒子を持たない一般人であるため、呪符の影響を受けているようである。

 それはさておき指令基地の護衛の戦闘術士が2人、すでに絶命した様子でアスファルトの上に倒れ、先ほどまなみたちを追い越した2人も片方が瀕死の重傷を負い、もう片方は敵と激しい接近戦を始めていた。


「福井さんッ!? サイさんッ!? 状況をッ!?」


 直前に大きな跳躍をしたことで、10メートルを超える高さから落下しつつ、まなみは大きく叫ぶ。叫んだと同時に離れたところにいる別の個体の存在に気づき、慌てて警戒態勢に入った。


(え? 私、今この個体を見失ってた? 結構前からここの光景見渡せてたのに、こんな巨体を……?

 なに? どういうこと?

 しかもこの個体、霊粒子を持っていない……こんな大きな体で、存在感がまったくないような……)


 数々の疑問が大きく膨らみ、まなみは混乱しながら敵とサイたちとの間に入る。


「どういうことですか?」


 敵の方ににらみを利かせたまま、背後のサイに話しかけると、苦しそうな福井の声が返ってきた。


「サイさんが……言うに、少しのあ……間なら霊脈拠点の呪符を移動してもだっ……おえっ。大丈夫だそうだ。はぁはぁ……だからお前たちが戦いやすいように……ここに移動した……

 でも、車の、中に入ると……効果が薄れるから……げほっ……サイさんがこうしてる……サイさん……今、集中……話せな……い……」


(カタコトか……!?)


 一瞬、福井の面白い様子にツッコミを入れたくなったが、状況が状況だけに控えておく。


「では、なぜ福井さんもそこに?」

「……げぇ……俺、指揮官……責任を……」


 つまり福井はこの戦いを指揮する責任者として、直に戦いの行方を見守っているのだろう。福井の説明によれば、福井だけでも車両の中に入ることで彼自身の体調も上向くはずであるが、そうしないあたりは福井の心意気を表していた。


「んで、この敵は?」


 質問の最中にも遅れていた味方が続々と集まり、彼女たちは存在感の希薄な敵個体に対して武器を構え始める。先に到着した味方も戦闘中だった相手にとどめを刺し、そのままの流れでまなみたちの前にいた敵に襲いかかった。


「私がやるから、みんなは見ていなさい!」


 しかしここで無線から声が聞こえ、まなみたちは少し後ろに下がる。

 目の前で激しい攻防が始まり、しかしながら敵が霊粒子を放出していないため、まなみからすると1人で訓練をしているかのような――そんな不思議な光景であった。


「接触してみないと分からないですけど、この敵、霊粒子を放出してませんよね?

 一般兵? なのに動きは戦闘術士のレベル。相手をしているあの方は、確か首都圏防衛部隊から出向したB級だったはず。

 なのに互角に渡り合っている……いえ、互角以上……あぶないッ!

 福井さんッ!? 私も行きます!」


 味方の劣勢を見て、まなみが動き出す。


「あぁ、行け……」


 福井の苦しそうな声が聞こえ、しかしこの時――


「……あやつは……『神の位』じゃ……全員で……かかれ……」


 うわごとのようなサイの言葉が無線に響き、その場の全員が固まった――




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