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000-2

 機嫌のよさそうな声を発しつつも両脚に込める力をさらに強め、先ほどよりもう一段階鋭い動きで敵との距離を詰める。

 すぐに敵を間合いに捉え、まなみは気合いの入った声を短く叫びながら、敵最前列の中央に立つ敵に向かって襲いかかった。


「はッ!」


 右肩の後ろまで大きく回していた左腕を鋭く振り下し、それをフェイントとして次の攻撃へ。

 二刀流とはいえ、右利きであるまなみはどちらかというと右手による攻撃の方が得意であり、左手に持つ刀は主にフェイントや防御を担当させる戦闘スタイルを用いている。

 そんないつもの戦闘スタイルをそのままに、まなみは滑らかな動きで刀を操った。


 と同時にカウンターを目論んだ左右の敵がまなみに向けてそれぞれ攻撃を放ってきたことと、その背後からB級の個体が大きな剣を突き出してきたことを認識する。


(あら? なかなかいいフォーメーションね)


 しかしながら、それでもまだ十分な余裕があると見込んだまなみは、引き続き最初のターゲットへの攻撃を続ける。


 しかし――


(ん?)


 その時、背後から急速に接近する攻撃的な気配を感じ取ったまなみは、慌てて首を横へ倒した。


 その動きより一瞬遅れて細長い物体がまなみの耳の脇を通過し、まなみが狙っていた敵個体の腹部に突き刺さる。

 さらにその物体は敵の体に突き刺さった後にネジのように回転し、敵の体を貫通。後方に配置していたB級に向けて軌道を変えながら襲いかかった。


 第三者からの思わぬ攻撃により敵が一瞬動きを鈍らせ、まなみも画策していたターゲットへの追撃を諦める。


 とはいえ敵が驚愕で固まっているこのチャンスを逃す手は無い。

 そう考えたまなみは他の個体へ狙いを変え、油断していた敵の胴体へ武器を刺し込むことに成功した。


(おしっ! しっかり入った! でも……もう少し……)


 右手に持つ刀を時計方向にねじりつつすぐさま引き抜き、心臓があると思われる部分を数回にわたりまんべんなく突き差し、力なく崩れるその敵の様子を確認したまなみは少しの満足感とともに後方へと跳躍した。


(まず2体……)


 敵が強ければ強いほど感情が燃え上がるのが戦士というもの。


 戦いに対する自分自身の考えがそのようなものであると認識しているまなみは、ここでまたまた笑みを浮かべる。

 しかし、ここでまなみはとてもじゃないが捨ておけない事件が発生していたことを思い出した。


「そうだ! 望美さんッ!?」


 今さっきまなみの頭部をぎりぎりの軌道で通過し、敵に襲いかかった攻撃。

 あれはまぎれもなくまなみの知っている人物によるもので、その人物がはるか遠くから放った弓矢の攻撃であった。

 それは敵の1体目を貫通した後B級の個体に無難に防御されていたが、軌道を変えながらそこまで狙う付随効果といい、そもそもドリルのように回転する威力の倍増効果といい、およそ常識では考えられないような矢の動きである。


(くそっ! またやられたっ!! 望美さんの危ない援護射撃……! 避けなかったら、私が射抜かれてた。

 いえ、望美さんの攻撃は追尾機能持ってるから、もしかすると私のこと勝手に避けてくれたのかもしれないけど……。

 まさかあのタイミングで割り込むなんて、先に話しておいて欲しいわ。

 というかこの巨体を貫通した? 回転してたような……?

 どういうこと? あの人の矢、そんな機能持ってなかったじゃない?)


 いろいろと考えつつ、自身を狙われた怒りと、危うく殺されかけた恐怖と、最後に望美が自分に対して隠し事をしているっぽいことへの悲しさが混ざった複雑な表情をまなみは浮かべる。

 一度後方に跳躍し、敵との距離を取ったところで、無線に声が入ってきた。


「いい動きじゃない。死角からの私の攻撃に対して、あんなに綺麗に避けられちゃったら、むしろ私がショックよ」


「くそっ。なんて人ッ!! というか、いつのまに私の無線のチャンネルへ!?」


 そしてまなみは鬼の形相へ。

 一瞬、この場を抜けて望美に抗議をしに行こうかと思い、また、その際には目の前にいる敵を丸ごと引き連れていけば、後方からの狙撃を主な役目とする望美を敵味方入り乱れる接近戦の混乱に巻き込めるかとも計画する。


 しかし、そんなまなみの感情を落ち着かせるように、いくらか真面目ぶった望美の声が無線から返ってきた。


「危なそうだったからさ。でも大丈夫そうね。それで……敵の情報は? 三つ目の正体わかった?」

「いえ、三つ目に関してはまだです。でもB級が肩から緑の布を掛けていることと、C級がそれより薄い緑色の布を腕に巻いていることはなんとなくわかりました。多分これが階級の識別に利用できるはず。

 この情報、望美さんの方から福井さんに知らせてください。こちらのC級・D級は敵B級個体に仕掛けないようにということも。

 あと北西の防衛部隊にも。もしかすると北西組は色が違うかもしれませんけど、おそらく似たような方法で判別できるはず。それも。

 では私、次行きます。後手に回りたくないので」


「了解。私は他の場所に移動してるわ。次は別の角度から援護射撃行くからね。まなみちゃんの心臓狙うから気をつけて!」


 最後に物騒な言葉が聞こえ、無線のやり取りは終了する。

 この会話の最中、敵のB級は負傷した兵士を守るように前に出て、残りの数体が負傷兵の介護に回っていた。


(残りはB級1体、C級1体、D級8体。このまま全員がここに留まってくれるなら、私1人でやれそうね。望美さんの援護もあるし。

 他の小隊を半分ぐらい北西の部隊に回してもいいかも……)


 先ほどの一瞬のやりとりで十分な戦果をあげたことと、その後に望美といくらかリラックスした会話を交わしたことで、まなみの心にわずかな油断が生まれる。


(確か霊能局の規定では、1人で敵のB級を2体同時に相手にして無傷で倒せる強さ。これでA級戦闘術士に昇格できたはず。

 このB級を……しかもC級、D級も同時に相手にしながらこいつを倒せば、条件は十分。私もA級に上がれるかしらね……?)


 さらには戦いが終わった後の自身の処遇について皮算用的な妄想もしてみるが、『A級』という単語を心に思ったことで、まなみは心に生まれた油断を即座に収めた。


(じゃあ、やっぱりここはしっかり動かないと。三つ目の特性もまだ判明してないし。A級に上がるためには、冷静な分析力も持ち合わせていることを上に認めさせないとね)


 そしてまなみは深く息を吐き、重心を丹田の奥深くに落とす。

 敵がこちらを警戒しながらなにやら話し合っていたので、その会話を邪魔するようにまなみはすぐに動き出した。

 およそ3分、まなみはターゲットを敵のB級に絞りつつ、単独で戦い続ける。

 双方の攻撃が激しく入り乱れる空間の中で、運よく敵のD級を2体仕留めることはできたが、敵のB級もさるものである。

 まなみの2本の刀による攻撃を1つの剣で対応するばかりか、たまにまなみがターゲットを他の個体に変えた時にその仲間をしっかりとサポートし、まなみの矛先を自分に戻すような働きもしっかりとこなしていた。


 そのような敵に対し、まなみは敵の斬撃を刀でいなし、時には体を揺さぶることで紙一重の回避をしつつ、ところが回避の見切りを誤って体にいくつかの裂傷を貰う。

 途中まなみの体を危惧した福井から、後方で待機している味方による増援を打診する無線が入ったが、北防衛線の戦場がこの場に限定されていることを理由に、その打診を断った。


(この敵にうちの新人さんは当てられない。下手したら今年の新人が全滅するわ。せめて三つ目の正体だけでも暴いてからにしないと……。

 んで、三つ目の正体はなんなのかしら? やたらとギラギラしてて、おでこの目だけ視線が強いような?

 うーん。もしかして瞳から霊粒子放出してるのかしら? これって……“結界術”……?

 いえ、『瞳』という『物』に効果を与えているなら、サイさんの水晶と同じで“占術”の扱いになるかも。

 でも体中から放出してる霊粒子と同じ性質っぽいし。そうなると戦闘術士が持つものと同じ特性のはずなのよねぇ。

 うーん……もうちょっと調査してみないと)


 そんなことを考えている間にも、背中の方から放たれた望美の援護射撃が、少し離れたところにいた敵のD級個体の首に突き刺さる。そのすぐ隣にいた別の個体がまなみの背後の山に視線を移し、怒りに満ちた表情を浮かべた。


(ふふっ、そっち睨んだって、望美さんはもういないわよ。射程距離は300メートルを超えるし、一射ごとに場所変えてるだろうし。

 まぁ、一発撃つごとに呪文唱えなきゃなんないから、連射出来ないのが難点だけどね!)


 しかしながら敵にとって遠方から襲い来る望美の狙撃は非常にやっかいらしく、ほどなくして敵のB級が新たな動きを見せる。

 まなみとの激しい攻防を繰り広げながら低い声で部下に指示を出した。


(別行動に移る?)


 まなみは冷静に敵の言葉に耳を傾ける。敵が口に出す言語は理解できないものの、その口調から内容を理解しようと試みた。


(いえ、やっぱりわかんない。声が低すぎ。ウーファーが響いているみたい)


 そんなことを思いながらも背後から迫る敵に対し、右手に持った刀で一突き。

 わざと敵を背後に回らさせ、死角を攻撃させつつそのカウンターを狙ったものであるが、まなみの攻撃も敵に防御されてしまった。


(失敗失敗。さすがに罠のはり方が適当過ぎたわね。でも、あれを防御するなんて。敵はD級でも結構しっかりした訓練受けているのかしら?)


 いたずらに失敗した子供のような悪い顔を浮かべ――しかし次の瞬間まなみを囲んでいた多数の敵が、B級を残して東へ向かって移動を始める。


「敵が移動を始めました! 霊脈拠点に向かっています!」


 まなみが慌てて無線に向かって報告を上げ、望美から無線が返る。


「こちら加藤。福井さんも把握してるわ。他の小隊が迎撃に入ってる。私はこのまままなみちゃんの援護続けようと思うけど……いいかしら?」

「わかりました。でも、ここに残った敵は1体なので、望美さんはしばらく見ていてください」

「ん? ここから1体見えるけど、まなみちゃん? もしかして、そいつB級かしら?」

「えぇ、B級です」

「くっくっく! これはつまり、敵がまなみちゃんとサシの勝負をご所望ってことね!」

「はい。私も。でもB級とはいえ、私と望美さんが2人がかりでやったら、すぐに勝負付いちゃいますし。調査の件もありますので、やっぱりしばらく見ていてください」


 ここで近隣の山々に幾多の衝撃音が鳴り響く。


「そうね。おっ、他でも戦闘が始まったわ。じゃあ気をつけてね」

「はい」


 そんなまなみの視線の先、この場に残った敵は挑発ともとれる嫌味な笑みをこちらに向けて来ていた。


(後手に回りたくは無いけど、あーゆー挑発に乗るのも嫌なのよねぇ……でも、敵も面倒を見ないといけない部下がいなくなった訳だし、ここからはお互い思う存分暴れられる。

 ふふっ! 一緒に楽しみましょう!)


 そして今度はまなみが冷淡な笑みを見せる。その誘いに敵が自ら動き始めた。


「せいっ!」


 お互いの武器が空間を乱れ飛び、体ごと後方にはじき飛ばされたまなみを敵がすぐさま追撃する。対するまなみも体を飛ばされながら相手の攻撃を防ぎつつ、多種多様な攻撃を相手に集中させた。

 斬撃飛び交う空間が高速で移動し、山の表面を覆う雪がその下の土ごとえぐれ、周囲の木々も無残に破壊される。地中に埋まっていた巨大な岩も、姿を現すや否や双方の攻撃の流れ弾によって粉々に砕け、破片が弾丸のごとく周囲に散らばる。山の形すら徐々に変化する激戦が繰り広げられ、そんな戦いが周囲の山々に広がった。


 そんなやり取りを数分こなし、敵が繰り出した攻撃を回避したところで、まなみは上方へ跳躍する。

 体が上昇する途中にふと視線を東に移すと、空はすっかり明るくなっていた。


(綺麗な光景ね。敵がこちらの霊脈拠点を潰したら、多元ホールを作ってもっと多くの敵がこちらの世界にやってくる。こんな生物が大量に……。

 長野県が壊滅するわ。首都圏もただじゃすまない。それだけは絶対に防がないと)


 視線を遠くに向けたことでふもとの街並みが目に入り、一瞬のどかな気持ちを覚えるものの、下から迫る鋭い剣に気づきぎりぎりで体をひねる。

 その動きを利用して敵の体にいくつかの攻撃を仕掛けるが、それらは無難に防御されてしまい、まなみは怪訝な表情を浮かべた。


(おかしいわね)


 違和感を感じながら地面に着地し、しかしながら敵がまだ跳躍の途中だったため、この時間を利用してまなみは砂ぼこりの中から視界の開けた地点へと移動する。

 敵が着地後すぐにまなみの後を追ってきたが、まなみは両手の刀の刃先を敵に向けながら、三つ目入道の額の瞳に意識を向けた。


(私の動きが読まれてる?)


 そして敵の突撃に応戦。再び雪と砂塵が舞いあがり、激しいやりとりが行われる。


(敵の動きも速いけど、小回りが利く分、私の腕の動きの方が速いはず。実際速いし、剣術も私の方が上手(うわて)。

 でも敵はフェイントにも引っかからずに、こっちの攻撃を完璧に防御してる。私の動きの癖を読んでる感じでもないのに、やたらとしっかりと……。

 結果、かすり傷すら与えられない。完全におかしいわよねぇ?)


「何故なの?」


 思考の最後は実際に口に出しつつ、まなみは右手に持った日本刀を横に一振り。先立って左手に握る小太刀のフェイントを事前に張り巡らせていたものの、敵の大きな剣が行方を遮り、やはりまなみの斬撃が胴体まで届くことはない。


(やっぱり……敵の能力の秘密……これかしら?)


 現段階ではあくまで可能性の域を出ない。

 しかし1対1の勝負になることでまなみの意識が目の前の敵に集中し、また、すでに双方が全力を出し合うことでこの戦いにおけるそれぞれの利点・欠点を鮮明化させることで生まれた小さな違和感は、捨てるにはもったいないものである。


(じゃあ、そうね……攻撃方針を変えてみようかしら)


「だいぶ押されてるけど、助けいる?」


 その時、無線を通して望美の声が聞こえてきた。

 しかしながら敗北を意識するにはまだ早く、むしろ攻略の糸口が見え始めたという点では、今がいいところである。

 なのでまなみはその提案を無視しておくことにした。


(敵がこちらの動きを予測できるなら、1発1発の威力を低めて、そのぶん数で勝負すれば……皮膚の表面を削る程度でいいから、手数を増やして表面から削り取っていくイメージ。

 これを続けていけば、そのうち筋肉とか腱を斬れるでしょう)


 大木程もあろうかという胴体や四肢を持つ敵に対し、これまでまなみはそれらの切断を意図した力強い大きな振りをしていた。そしてそのような大振りの攻撃は完璧に防御されてきた。

 それならばとのことで急遽思いついた作戦であるが、まなみは細かい斬撃を増やし、さらにはその攻撃を手首や足首付近へと集中させることにした。


(よしっ! まずは一撃)


 結果、敵の右腕の甲に小さな傷をつけることに成功する。


(先は長いけど……この感じで攻撃し続ければ……先がすんごい長いけど……)


 それを一定の効果と見なしたまなみは同様の攻撃を継続しようと試みる。

 しかし、次の瞬間に敵の起こした不可解な行動により、まなみは追撃の手を緩める。

 こちらの動きの変化を察知した敵は右腕を勢いよく引っ込め、さらには体ごと大きく後ずさった。


(ん? これって……)


 その反応を受け、まなみは不敵な笑みを浮かべる。

 今までまなみが放っていた攻撃。それらの攻撃の種類に今しがた加えた変更。手傷を負わせたタイミングと、これから行おうとしていた攻撃の性質。

 それら全てを総合的に分析し、1つの結論に至った。



「ふふっ! 三つ目の正体、分かったわ!」



「あなた、未来が見えるのね?」





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