久々に感じる銃の反動。
懐かしい気もするけど、最近のような気もする不思議な感覚。
「少しは離したけど……」
加賀谷がちょっかいを出せば、デドリィは大きな魔力に、今まで相手にしていた第三中隊を無視し、加賀谷を追いかけてきた。
完全に餌扱いだ。だが、傷ついた中隊を逃がすには、これが最善だっただろう。
「とはいえ」
この場所で、全力で戦うわけにはいかない。
ここは、復興中の県境。かつて、デドリィの侵攻に遭い、ようやくその残渣を除去し、人が住み始めた場所だ。
魔力を放出しすぎて、凍土にしていいものでもない。
前とは違う戦い。丁寧に、周りを見ながら。
――あぁ、重いなぁ。
腕に収まる銃の重さに、音もなくため息をついた。
*****
「選定基準の理由?」
契約魔導士の部隊の志願者を募集していると聞いて、食いついた魔導士は多い。無論、その試験は厳しいものとなる。
射撃の腕、体力、気力はもちろんだが、特出して気になったのは、機動力の試験。
他の技術に比べて、難易度は高く、契約魔導士の部隊に志願した魔導士のほとんどが、この機動力の試験で落ちた。
「それはな」
夏目准将の答えた言葉に、当時の自分は理解できていなかった。
『アイツ止められる奴が必要だからな』
あの時は、契約魔導士の足を引っ張らない兵を選んでいるのだと思った。戦闘技術ではなく、機動力で。
だからこそ、止められるという意味が分からなかった。
契約魔導士をどうして、止めなければいけない? 共に戦う仲間を、先陣を切る彼らをどうして、止める必要があるのか。
だが、今、わかった。
飛び立った、あの小さな弱気だった彼女。
たった一人で、あの怪物と戦うつもりで、俺たちを巻き込まないように。
勇ましい、その姿は、自分たちが想像する契約魔導士だ。
だが、だが、彼女は――
「動ける隊員で隊を再編! 再編後、隊長のフォローに向かう!!」
自分の事が見えていない。
動ける隊員とケガを確認していると、ある共通点があった。
*****
視界を覆うように迫ってくる炎の塊。
本来なら、相手より低い位置で受けることが良しとされる攻撃。
なぜなら、デドリィの炎を吐き出す攻撃には、溶岩が含まれ、空気中で冷え固まった溶岩が、別の人間へ降り注ぐからだ。
だが、加賀谷は、デドリィより上空にいた。
しかも、防壁魔術を展開せずに、銃を構えた状態で。
「……」
一度目は、坪田たちが巻き込まれた時。
二度目は、定石通り、低い位置で避けた時。
三度目は、今。
保険に防壁魔術を展開するべきだろうか。
大丈夫。きっと、必要ない。
視界が赤一色に染まり、肌が焼けるような熱。
「はぁ……」
大きく息を吐き出せば、その呼吸は白から赤へ染まった。
音を立てて空を焼く炎は、銃弾に切り裂かれ、消えた。
炎が消え、見下ろす先のデドリィに、先程まで存在したはずの腕はなくなっていた。
「やっぱり」
白い息を吐き出す加賀谷は、黒かったはずの髪は氷のように白く、瞳は青白く輝く姿で、何事もなかったように、平然とその場に立っていた。
サイズや魔力量からして、モホロビ級のデドリィであることは間違いない。
だが、モホロビ級の中でも、確実に”弱い”部類だ。
魔力に見合った質量が無く、外殻だけはしっかりしているが、外へ放出するほどの余裕は本来ないのだろう。
通常の魔導士にとって、炎を吐かれるだけでも十分に脅威ではあるが、加賀谷にとって、溶岩の混じっていない炎は、避ける必要すらない攻撃だった。
「単独で、単調」
それなら、もう一方の腕が届かない位置から、コアを撃ち砕く弾丸を撃ち込めばいいだけ。
銃を構え、貫通術式を展開する。
しっかりと、今度はブレない様に。
射撃は、正直、得意ではない。
訓練を受けていた時は、幼すぎて、筋力とか体格とか、いろいろな問題があった。いくつかは魔術で補完できるが、できないものもある。
――普通は魔力を大事にするが、お前は一発に相手を殺せるだけの魔力を詰め込めばいい。
強みで弱さを補填できて、強みが余るのだから、それでいいだろうと笑われた。
疑惑は確証に代わり、心配事はなくなった。
貫通術式に、誘導術式、敵のコアに触れた瞬間、コアを凍り付かせ、砕くだけの魔力を込めて。
デドリィはその魔力に、もう一度口の中に炎を発生させた。
炎を吐かれたところで、周辺の空気を冷やせば、炎の熱は加賀谷を焼くことはできない。
強いて上げるなら、炎で視界が失われるくらいだ。だが、静止射撃に、誘導術式だ。コアの位置を確実に撃てるはず。
「――ぇ゛」
炎で視界が失われる直前、デドリィの残った腕が、落ちた腕を掴み、加賀谷に向かって投げた。
視界を埋める炎の向こうに、確実に迫ってきているはずの元腕の溶岩。
油断してた。
いくら契約魔導士とはいえ、魔術は魔術演算装置MPCのスペック頼りだ。
今からでは防壁術式は、間に合わない。
炎から現れた加賀谷は、デドリィに足を向け、銃口を両足の隙間から出すようにしながら、小さくなっていた。
足に何度か溶岩がぶつかった衝撃はあったが、銃弾で砕いたからか、それほど大きな衝撃ではなかった。
戦闘に問題があるケガにはならずに済んだようだ。
「――――!!!!」
デドリィの雄たけびを聞きながら、加賀谷は体制を立て直す。
部隊の、他人を守りながら戦う戦い方。今まで知らなかったし、これから知らないといけない戦い方。
けど、それをしようとして、この有り様では、契約魔導士としてダメだ。
「やっぱり、難しいなぁ」
瞼を閉じてこぼした言葉は、再び開いた時には消え去る。
握りしめた銃に魔力を回す。
加賀谷がデドリィへ接近しようとした、その時だ。
嫌な音が響いた。
「へ……?」
妙に軽くなった靴底が、暴れ馬のように体を反転させて、地面に突っ込もうとする。
自分の魔力とはいえ、突然、思っていた方向とは別の方向へ視界が回転し、すぐに体制が直せずにいれば、視界に映る赤い影。
どうやら、デドリィも、今が隙と思ったらしい。
赤黒く光る腕が、こちらに迫っていた。
迫る腕へ氷を張ろうとした、その瞬間。
「テェーーッッ!!!」
デドリィの腕を叩き落す、銃弾の雨。
加賀谷が見下ろす先にいたのは、新たに編成し直された第二中隊。
「べぶっ……」
そして、加速しながら地面に叩きつけられそうになっていた加賀谷は、空中で抱きとめられた。
「無事ですね。装備の損傷は……辛うじてコードだけ繋がってる状態か」
久保の言葉に釣られるように、足の装置を見れば、足の裏に固定していたはずの留め具が外れ、魔力供給用のコードが剥き出しで繋がっている。
「あー……」
どうやら、先程の溶岩は、運悪く飛行装置を破壊していたらしい。
確認し終えると、久保は素早く逆さまになっていた加賀谷の体を元に戻す。
「隊長。足のサイズは?」
「24です。え゛?」
突然の質問に、抱えられながら驚いて振り返えれば、久保は第一中隊を見渡している。
首を横に振る隊員の中で、声を上げたひとりがいた。
「自分は25cmですので、一番近いかと」
「仕方ない。包帯詰めてなんとかする」
「なにが!? え!? 靴交換するの!?」
「察しが良くて助かります。この状態では、戦えないでしょう」
今、加賀谷に戦線を離脱されるより、隊員がひとり減ってでも戦ってもらう方が、被害は減る。
高度を落とし始めた久保に、加賀谷は慌てて、壊れた方の足に装備を押し当てる。
「大丈夫です! くっついてれば問題ないです!」
慌てて叫ぶ声に、久保も理解できないように眉をひそめたが、氷で接着された靴と確かに軽くなった体重に、そっと手を離す。
先程までの暴走はなく、しっかりと空中に浮遊している。
本人も、ね? と伺うように小首をかしげていて、久保は眉を顰める。
「壊れたら、作戦に支障が」
「出しません。絶対に」
意見を言うタイプでも、ましてや否定や拒否をすることもせず、困ったように笑うだけだったというのに、今ははっきりと拒否した。
なにより、目が、テコでも動かないと語っていた。
「……わかりました」
意外にも頑固者の加賀谷に、渋々了承する。
「隊長。このモホロビ級は、質量が少ない個体です。おそらく、本体、両腕の形成で限界。魔力の貯蔵は多いですが、熱量からして、核は口の最深部。
まだ群れではなく単体です。群れへ合流する前に、倒す必要があります」
通信で坪田の分析が届く。
加賀谷よりも交戦時間は少なかったはずだが、的確にかつ正確な分析だった。
「腕の届かない距離であれば、脅威は炎のみ。範囲は広いですが、炎を吐いている間、奴は動きません。
ですから、一部隊が注意を引き、その間にもう一部隊が、奴のコアを叩くのが良いと思われます」
「なら、私が注意を引きます」
普通の魔導士は、防壁術式を発動している状態で炎に焼かれても傷を負う。無傷で対処できるのは、加賀谷くらいだ。
とても簡単なリスクの問題。
坪田も頷く。モホロビ級の外壁は貫通術式で貫けるだろう。
だが、あの炎を完全に防げるかと言われれば、不意打ちではない今ですら、完全に防げるかは怪しい。
「では、隊長。お願いします」
「はい」
作戦は決まった。
加賀谷たちが動こうとした時だ。
降りてこない加賀谷たちに、デドリィはまた口の中に炎を貯め始めた。
それと同時に、一回り小さくなる左腕。数人がそれに気が付き、加賀谷は真っ先に急降下し、左腕を切断した。
だが、予想に反し、大きな瞳は加賀谷ではなく、空を睨んでいた。
加賀谷は銃口をその目に向かって構えると、すぐさま引き金を引いた。
目玉の上部が弾け飛ぶ。
その断面は黒く、絶え間なく湯気を上げている。
そして、すぐに黒い断面の一部が、赤く色づき始めた。
デドリィ内で最も熱を持つ、コアだ。
「貫通術式用意!!」
それを見逃す隊員は、ここにはいない。
「目標、モホロビ級デドリィ コア!」
坪田の号令を共に、部隊全員が、銃をコアに向ける。
「撃てェェェエエッッッ!!!」
*****
土埃が晴れると、抉れた目で動かなくなったモホロビ級のデドリィ。
「目標沈黙。魔力消失も確認」
坪田の言葉に、歓喜の声を上げた隊員たち。加賀谷も安心したように、息を吐き出した。
「お前たち、ザコはまだ片付いていないぞ。気を抜くな。これより、掃討戦に移行します。隊長、よろしいですね?」
「え、あ、はい」
話を振られると思っていなかった加賀谷は、反射的に頷いてしまったが、内容そのものは特に間違っていることでもない。
「でしたら、私も手伝いま、す……?」
ここでわざわざ断る理由も、帰れと言われる理由もないだろう。むしろ、このまま強敵倒したから、ザコに興味ないと去るのもどうかと思う。
そう思い、提案したのだが、言い終わる前、妙な音が聞こえた。足元から。
とてつもない嫌な予感に、足を見れば凍りついたままの靴。
壊れていない。
だが、浮力が消えた。
「うわぁぁぁ!? ダメだったァ!!」
魔力のコードが切れた。
いくら精霊と契約したところで、空は飛べない。
契約している精霊次第では飛べるのもいるが、少なくとも加賀谷は飛べない。
「隊長!?」
坪田の慌てた声とすぐあとに感じた衝撃。
本日二度目の、久保の腕の中だった。
「す、すみません!!」
「パズーの気分ですね」
「すみ、すみま、すみません」
「落ち着いてください。しっかり掴んで。地上に降ります。坪田大尉。隊長の脚部装置が損傷。第一部隊は装備交換後、合流します」
先程とは打って変わり、動揺しながら謝っている加賀谷に、久保は小さく眉をひそめながら、地上へ降りた。