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第4話

 久々に感じる銃の反動。

 懐かしい気もするけど、最近のような気もする不思議な感覚。


「少しは離したけど……」


 加賀谷がちょっかいを出せば、デドリィは大きな魔力に、今まで相手にしていた第三中隊を無視し、加賀谷を追いかけてきた。

 完全に餌扱いだ。だが、傷ついた中隊を逃がすには、これが最善だっただろう。


「とはいえ」


 この場所で、全力で戦うわけにはいかない。


 ここは、復興中の県境。かつて、デドリィの侵攻に遭い、ようやくその残渣を除去し、人が住み始めた場所だ。

 魔力を放出しすぎて、凍土にしていいものでもない。

 前とは違う戦い。丁寧に、周りを見ながら。


 ――あぁ、重いなぁ。


 腕に収まる銃の重さに、音もなくため息をついた。


*****


「選定基準の理由?」


 契約魔導士の部隊の志願者を募集していると聞いて、食いついた魔導士は多い。無論、その試験は厳しいものとなる。

 射撃の腕、体力、気力はもちろんだが、特出して気になったのは、機動力の試験。

 他の技術に比べて、難易度は高く、契約魔導士の部隊に志願した魔導士のほとんどが、この機動力の試験で落ちた。


「それはな」


 夏目准将の答えた言葉に、当時の自分は理解できていなかった。


『アイツ止められる奴が必要だからな』


 あの時は、契約魔導士の足を引っ張らない兵を選んでいるのだと思った。戦闘技術ではなく、機動力で。


 だからこそ、止められるという意味が分からなかった。

 契約魔導士をどうして、止めなければいけない? 共に戦う仲間を、先陣を切る彼らをどうして、止める必要があるのか。

 だが、今、わかった。


 飛び立った、あの小さな弱気だった彼女。

 たった一人で、あの怪物と戦うつもりで、俺たちを巻き込まないように。

 勇ましい、その姿は、自分たちが想像する契約魔導士だ。

 だが、だが、彼女は――


「動ける隊員で隊を再編! 再編後、隊長のフォローに向かう!!」


 自分の事が見えていない。


 動ける隊員とケガを確認していると、ある共通点があった。


*****


 視界を覆うように迫ってくる炎の塊。

 本来なら、相手より低い位置で受けることが良しとされる攻撃。

 なぜなら、デドリィの炎を吐き出す攻撃には、溶岩が含まれ、空気中で冷え固まった溶岩が、別の人間へ降り注ぐからだ。


 だが、加賀谷は、デドリィより上空にいた。

 しかも、防壁魔術を展開せずに、銃を構えた状態で。


「……」


 一度目は、坪田たちが巻き込まれた時。

 二度目は、定石通り、低い位置で避けた時。

 三度目は、今。


 保険に防壁魔術を展開するべきだろうか。

 大丈夫。きっと、必要ない。

 視界が赤一色に染まり、肌が焼けるような熱。


「はぁ……」


 大きく息を吐き出せば、その呼吸は白から赤へ染まった。


 音を立てて空を焼く炎は、銃弾に切り裂かれ、消えた。

 炎が消え、見下ろす先のデドリィに、先程まで存在したはずの腕はなくなっていた。


「やっぱり」


 白い息を吐き出す加賀谷は、黒かったはずの髪は氷のように白く、瞳は青白く輝く姿で、何事もなかったように、平然とその場に立っていた。


 サイズや魔力量からして、モホロビ級のデドリィであることは間違いない。

 だが、モホロビ級の中でも、確実に”弱い”部類だ。

 を持っていない。


 魔力に見合った質量が無く、外殻だけはしっかりしているが、外へ放出するほどの余裕は本来ないのだろう。溶岩しつりょうを放出すれば、自分が保てなくなる。

 通常の魔導士にとって、炎を吐かれるだけでも十分に脅威ではあるが、加賀谷にとって、溶岩の混じっていない炎は、避ける必要すらない攻撃だった。


「単独で、単調」


 それなら、もう一方の腕が届かない位置から、コアを撃ち砕く弾丸を撃ち込めばいいだけ。

 銃を構え、貫通術式を展開する。

 しっかりと、今度はブレない様に。

 射撃は、正直、得意ではない。

 訓練を受けていた時は、幼すぎて、筋力とか体格とか、いろいろな問題があった。いくつかは魔術で補完できるが、できないものもある。


――普通は魔力を大事にするが、お前は一発に相手を殺せるだけの魔力を詰め込めばいい。


 強みで弱さを補填できて、強みが余るのだから、それでいいだろうと笑われた。


 疑惑は確証に代わり、心配事はなくなった。

 貫通術式に、誘導術式、敵のコアに触れた瞬間、コアを凍り付かせ、砕くだけの魔力を込めて。


 デドリィはその魔力に、もう一度口の中に炎を発生させた。

 炎を吐かれたところで、周辺の空気を冷やせば、炎の熱は加賀谷を焼くことはできない。

 強いて上げるなら、炎で視界が失われるくらいだ。だが、静止射撃に、誘導術式だ。コアの位置を確実に撃てるはず。


「――ぇ゛」


 炎で視界が失われる直前、デドリィの残った腕が、落ちた腕を掴み、加賀谷に向かって投げた。


 視界を埋める炎の向こうに、確実に迫ってきているはずの元腕の溶岩。

 油断してた。

 いくら契約魔導士とはいえ、魔術は魔術演算装置MPCのスペック頼りだ。

 今からでは防壁術式は、間に合わない。



 炎から現れた加賀谷は、デドリィに足を向け、銃口を両足の隙間から出すようにしながら、小さくなっていた。

 足に何度か溶岩がぶつかった衝撃はあったが、銃弾で砕いたからか、それほど大きな衝撃ではなかった。

 戦闘に問題があるケガにはならずに済んだようだ。


「――――!!!!」


 デドリィの雄たけびを聞きながら、加賀谷は体制を立て直す。


 部隊の、他人を守りながら戦う戦い方。今まで知らなかったし、これから知らないといけない戦い方。

 けど、それをしようとして、この有り様では、契約魔導士としてダメだ。


「やっぱり、難しいなぁ」


 瞼を閉じてこぼした言葉は、再び開いた時には消え去る。

 握りしめた銃に魔力を回す。のは終わり。倒そう。


 加賀谷がデドリィへ接近しようとした、その時だ。

 嫌な音が響いた。


「へ……?」


 妙に軽くなった靴底が、暴れ馬のように体を反転させて、地面に突っ込もうとする。


 自分の魔力とはいえ、突然、思っていた方向とは別の方向へ視界が回転し、すぐに体制が直せずにいれば、視界に映る赤い影。

 どうやら、デドリィも、今が隙と思ったらしい。

 赤黒く光る腕が、こちらに迫っていた。

 迫る腕へ氷を張ろうとした、その瞬間。


「テェーーッッ!!!」


 デドリィの腕を叩き落す、銃弾の雨。

 加賀谷が見下ろす先にいたのは、新たに編成し直された第二中隊。


「べぶっ……」


 そして、加速しながら地面に叩きつけられそうになっていた加賀谷は、空中で抱きとめられた。


「無事ですね。装備の損傷は……辛うじてコードだけ繋がってる状態か」


 久保の言葉に釣られるように、足の装置を見れば、足の裏に固定していたはずの留め具が外れ、魔力供給用のコードが剥き出しで繋がっている。


「あー……」


 どうやら、先程の溶岩は、運悪く飛行装置を破壊していたらしい。

 確認し終えると、久保は素早く逆さまになっていた加賀谷の体を元に戻す。


「隊長。足のサイズは?」

「24です。え゛?」


 突然の質問に、抱えられながら驚いて振り返えれば、久保は第一中隊を見渡している。

 首を横に振る隊員の中で、声を上げたひとりがいた。


「自分は25cmですので、一番近いかと」

「仕方ない。包帯詰めてなんとかする」

「なにが!? え!? 靴交換するの!?」

「察しが良くて助かります。この状態では、戦えないでしょう」


 今、加賀谷に戦線を離脱されるより、隊員がひとり減ってでも戦ってもらう方が、被害は減る。

 高度を落とし始めた久保に、加賀谷は慌てて、壊れた方の足に装備を押し当てる。


「大丈夫です! くっついてれば問題ないです!」


 慌てて叫ぶ声に、久保も理解できないように眉をひそめたが、氷で接着された靴と確かに軽くなった体重に、そっと手を離す。

 先程までの暴走はなく、しっかりと空中に浮遊している。

 本人も、ね? と伺うように小首をかしげていて、久保は眉を顰める。


「壊れたら、作戦に支障が」

「出しません。絶対に」


 意見を言うタイプでも、ましてや否定や拒否をすることもせず、困ったように笑うだけだったというのに、今ははっきりと拒否した。

 なにより、目が、テコでも動かないと語っていた。


「……わかりました」


 意外にも頑固者の加賀谷に、渋々了承する。


「隊長。このモホロビ級は、質量が少ない個体です。おそらく、本体、両腕の形成で限界。魔力の貯蔵は多いですが、熱量からして、核は口の最深部。

 まだ群れではなく単体です。群れへ合流する前に、倒す必要があります」


 通信で坪田の分析が届く。

 加賀谷よりも交戦時間は少なかったはずだが、的確にかつ正確な分析だった。


「腕の届かない距離であれば、脅威は炎のみ。範囲は広いですが、炎を吐いている間、奴は動きません。

 ですから、一部隊が注意を引き、その間にもう一部隊が、奴のコアを叩くのが良いと思われます」

「なら、私が注意を引きます」


 普通の魔導士は、防壁術式を発動している状態で炎に焼かれても傷を負う。無傷で対処できるのは、加賀谷くらいだ。

 とても簡単なリスクの問題。

 坪田も頷く。モホロビ級の外壁は貫通術式で貫けるだろう。

 だが、あの炎を完全に防げるかと言われれば、不意打ちではない今ですら、完全に防げるかは怪しい。


「では、隊長。お願いします」

「はい」


 作戦は決まった。

 加賀谷たちが動こうとした時だ。


 降りてこない加賀谷たちに、デドリィはまた口の中に炎を貯め始めた。

 それと同時に、一回り小さくなる左腕。数人がそれに気が付き、加賀谷は真っ先に急降下し、左腕を切断した。

 だが、予想に反し、大きな瞳は加賀谷ではなく、空を睨んでいた。

 加賀谷は銃口をその目に向かって構えると、すぐさま引き金を引いた。


 目玉の上部が弾け飛ぶ。

 その断面は黒く、絶え間なく湯気を上げている。

 そして、すぐに黒い断面の一部が、赤く色づき始めた。

 デドリィ内で最も熱を持つ、コアだ。


「貫通術式用意!!」


 それを見逃す隊員は、ここにはいない。


「目標、モホロビ級デドリィ コア!」


 坪田の号令を共に、部隊全員が、銃をコアに向ける。


「撃てェェェエエッッッ!!!」


*****


 土埃が晴れると、抉れた目で動かなくなったモホロビ級のデドリィ。


「目標沈黙。魔力消失も確認」


 坪田の言葉に、歓喜の声を上げた隊員たち。加賀谷も安心したように、息を吐き出した。


「お前たち、ザコはまだ片付いていないぞ。気を抜くな。これより、掃討戦に移行します。隊長、よろしいですね?」

「え、あ、はい」


 話を振られると思っていなかった加賀谷は、反射的に頷いてしまったが、内容そのものは特に間違っていることでもない。


「でしたら、私も手伝いま、す……?」


 ここでわざわざ断る理由も、帰れと言われる理由もないだろう。むしろ、このまま強敵倒したから、ザコに興味ないと去るのもどうかと思う。

 そう思い、提案したのだが、言い終わる前、妙な音が聞こえた。足元から。


 とてつもない嫌な予感に、足を見れば凍りついたままの靴。

 壊れていない。

 だが、浮力が消えた。


「うわぁぁぁ!? ダメだったァ!!」


 魔力のコードが切れた。

 いくら精霊と契約したところで、空は飛べない。

 契約している精霊次第では飛べるのもいるが、少なくとも加賀谷は飛べない。


「隊長!?」


 坪田の慌てた声とすぐあとに感じた衝撃。

 本日二度目の、久保の腕の中だった。


「す、すみません!!」

「パズーの気分ですね」

「すみ、すみま、すみません」

「落ち着いてください。しっかり掴んで。地上に降ります。坪田大尉。隊長の脚部装置が損傷。第一部隊は装備交換後、合流します」


 先程とは打って変わり、動揺しながら謝っている加賀谷に、久保は小さく眉をひそめながら、地上へ降りた。

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