「わー、お父さん広いね! 部屋が3つもあるよ!」
たしか、あのときの私は新しい家に心からはしゃいでいた。
「そうだろう、そうだろう! あとで鈴と門音の部屋も作らないとな!」
「お父さん、まだ二人とも小さいんですから、寝るときはみんな一緒ですよ?それより……ここ、少しじめっとしてません?」
「そうか? まぁ、あとで除湿機でも買ってくるか」
父と母がそんな会話をしていたのを覚えている。
私たちが引っ越した先は、ピンク色の外壁が目印のアパートだった。
そのすぐ前には大きな公園、そして公園の脇には水道施設と、その先に深い森が広がっていた。
「さーて、引っ越し記念に家族写真でも撮るか!」
「わーい! いっぱい撮ろう!」
父の提案に、私は元気いっぱいに応えた。
「はい、お父さん。このカメラでいいですか?」
「お、さすがお母さん。頼む前に準備してくれるなんて、さすが俺の嫁!」
「おだてても何も出ませんよ?」
「お父さん、お母さん、門音も写真撮りたいって!」
まだ門音は上手に話せなかったが、にこにこと嬉しそうな顔をしていた。
「よーし、じゃあ撮るぞ! はい、チーズ!」
——パシャ。
シャッター音が、静かに部屋に響いた。
この頃はまだ、カメラもネットにはつながっておらず、写真はカメラ屋さんで現像してもらう時代だった。
数日後。私が門音と遊んでいると、父と母の話し声が耳に入ってきた。
「母さん、これ見てくれ」
父が数枚の写真を母に手渡していた。
「これが、どうかしましたか?」
そのとき、父の表情が少し険しくなっていたのを覚えている。
「写真の隅に……白い、丸いものが3つぐらい写ってないか?」
そんな父の言葉に、母はくすりと笑った。
「ふふっ、お父さん。まさか、お化けでも怖がってるんですか? これは光の加減ですよ」
「そうか……考えすぎだよな。悪い、悪い!」
そう言って、父はいつもの明るい表情を取り戻した。
——たぶん、ここから始まっていったのだと思う。