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214号室
214号室
ホラー怪談
2025年04月24日
公開日
2,751字
連載中
アパートに引っ越してきたその日から、写真には“白い玉”が写るようになった。 これは、私たち家族が“まだ忘れていない、あの家の話。 誰にも語られることのない、214号室での物語。

第1話 引っ越し

 恐るべきは霞砂港。

 軽んずべからざるはしく 眠月川。


 ——その言葉の意味を、本当の意味で知ったのは、あの部屋に住んだあとだった。


 大学の研究課題を進めていたある日。

 地元でかつて流行した疫病に関する記事がふと目にとまり、私は昔の記憶を手繰り寄せるように思い出していた。


 つい数年前まで、私は海と森に挟まれた町にあるアパートの214号室で暮らしていた。

 今でもはっきりと覚えている。

 そこに住む以前の出来事の数々を。


 あれは、くじ運の悪さに定評のあった父が、信じられない倍率の抽選を勝ち取り、そのアパートの1階、214号室の権利を手にしたときのことだった。


 「母さん、聞いてくれよ。今より広くて、しかも家賃の安いアパートが当たったんだ!」

 「まぁ……本当? あなたがクジで? 明日は雪かしら」

 「お父さん、お父さん、引っ越しするの? 次は大きいお家?」


 まだ、言葉がおぼつかない幼い妹(門音)が無邪気にはしゃぐ横で、私たちは交代で彼女の面倒を見ていた。


 「ごめんな、まだお金はないから次もアパートだ。でも、広さはかなり違うぞ」


 少し申し訳なそうに話す父。

 引っ越しというイベントに、私は単純に心を躍らせていた。


 「じゃあ、鈴。お父さんと一緒に、準備進めていこうね」


 母の声は、いつも通り優しかった。


 「うん! わたし、いっぱいお手伝いする!」


 そして、約1ヶ月後——

 私たちは、あの214号室へと引っ越した。


 ……この話は、その部屋で起こった、ほんのひとつの出来事。

 語られることの少ない、私達家族が忘れたがっているそんなお話。


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