カサンドラは、自分の時間が巻き戻ったことを確信していた。
そして、もうひとつ──いまから半年後、アサルト殿下の誕生を祝う舞踏会で、彼から婚約破棄を告げられることも知った。
(半年後の舞踏会が来る前に、できることをやらなきゃ)
妹の嘘で、ギロチンになってかけられたくないから、いまから少しでも痩せて婚約破棄のあと軽やかに会場をさる。
ーーそのためには運動と、食事制限が必要ね。
⭐︎
幸い、両親は妹にしか興味がないので、カサンドラが何をしていても、気に留めない。だから、カサンドラがメイドのように洗濯し、草をむしり、屋敷の騎士に剣を習っても、両親は気付きもしなかった。そう、彼らの世界はすべてら妹のシャリィを中心に回っている。
なぜなら、体調不良を訴え、カサンドラが王妃教育を休むと伝えるとすぐ。
『シャリィ、新しいドレスと宝飾品だ』
『シャリィ。体調の悪い、カサンドラの代わりに王城へ行きなさい』
『はーい、お母様』
と、彼らはシャリィを王城へと送る。
(同じ娘なのに……どうして、あの人たちは私にだけ無関心なのかしら。物心ついた頃から、ずっと、こうだった気がする)
一番の衝撃は、十歳のときだった。
皇太子の婚約者に選ばれるのは、ピンクゴールドのふわふわした髪に水色の瞳をもつ、可愛らしいシャリィだと誰もが思っていた。
けれど、年功序列を重んじた国王陛下は、姉であるカサンドラをアサルト殿下の婚約者に選んだ。
当然、自分が選ばれると信じていたシャリィは、王城から戻るなり泣き叫び、家具を壊し、両親に八つ当たりした。
『なぜ? あたしじゃなくて……あのデブなお姉様なの?』
そんなシャリィを慰めながら、両親は平然と言い放った。
『シャリィが泣いているわ。カサンドラ、謝りなさい』
『そうだ。すべて、カサンドラのせいだ』
両親からの、理不尽な言葉だった。
でも、こんな出来事は一度や二度じゃない。
アサルト殿下だって、最初は優しかった。
だが、王妃教育を受けるために城へ向かうカサンドラの馬車に、両親は当然のように妹を同乗させた。
カサンドラが王妃教育の最中──シャリィは庭園で、アサルト殿下とのんびりお茶を飲み、書庫で本を読む。いつしか、二人っきりで遊ぶようになっていた。
『シャリィ、私は遊びに、王城へ来ているんじゃないのよ!』
そう文句を言えば、殿下とシャリィが二人して反論する。それでも、カサンドラは殿下を想っていた。
初めて殿下とお会いした日、カサンドラは一目惚れをした……だから、八年間……厳しい王妃教育に耐えられた。
ーーううん。それも、明日の舞踏会で終わる。
昨夜、カサンドラが水を飲もうとキッチンへ向かう途中。食堂で夕食を取る両親と、妹の会話を偶然耳にしてしまった。
「ねぇ、お父様、お母様聞いて」
食堂にシャリィの声が、誇らしげに響く。
「なんと、明日の舞踏会で、お姉様が婚約破棄されて、あたしがアサルト様の婚約者になるの」
「まぁ、シャリィ、よかったわね」
「シャリィ、アサルト殿下と幸せになるんだよ」
手を叩き、大声で喜ぶ両親。
それを食堂の入り口でこっそり聞いた、カサンドラは、ほっと胸を撫で下ろした。
──明日になったら、すべて終わる。今世、妹になにもしていないから、ギロチンだって回避できる。
カサンドラは小さく手を握り、厨房を後にした。
⭐︎
今宵、王城で皇太子の誕生を祝う、舞踏会が開かれている。
前世のカサンドラはこの舞踏会で婚約破棄を告げられ、さらに妹によって罪を暴かれて、騎士に捕えられる。カサンドラがなにを言っても覆らず、牢獄に入れられ……数ヶ月後、ギロチン台へと送られることになる。
(今回は違う、私はシャリィをいじめていない)
さぁ、行くわよ。カサンドラはいつものように、誰にもエスコートされず一人で舞踏会の会場へ入った。その瞬間、貴族たちの視線がカサンドラに集中した。
(ふうっ。妹が流した噂のせいで注目は覚悟していたけど……ジロジロと見なくてもいいのに。まぁ、今着ているドレスは新調していないけれど、メイドのシュシュが刺繍を施してくれたし、周りとは見劣りはしていないはず)
心の中でそう呟きながらも、カサンドラの胸は不安でいっぱいだった。だけど、それを笑顔に隠した。