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第4話

 カサンドラは、自分の時間が巻き戻ったことを確信していた。


 そして、もうひとつ──いまから半年後、アサルト殿下の誕生を祝う舞踏会で、彼から婚約破棄を告げられることも知った。


(半年後の舞踏会が来る前に、できることをやらなきゃ)


 妹の嘘で、ギロチンになってかけられたくないから、いまから少しでも痩せて婚約破棄のあと軽やかに会場をさる。


 ーーそのためには運動と、食事制限が必要ね。


 ⭐︎


 幸い、両親は妹にしか興味がないので、カサンドラが何をしていても、気に留めない。だから、カサンドラがメイドのように洗濯し、草をむしり、屋敷の騎士に剣を習っても、両親は気付きもしなかった。そう、彼らの世界はすべてら妹のシャリィを中心に回っている。


 なぜなら、体調不良を訴え、カサンドラが王妃教育を休むと伝えるとすぐ。


『シャリィ、新しいドレスと宝飾品だ』


『シャリィ。体調の悪い、カサンドラの代わりに王城へ行きなさい』


『はーい、お母様』


 と、彼らはシャリィを王城へと送る。


(同じ娘なのに……どうして、あの人たちは私にだけ無関心なのかしら。物心ついた頃から、ずっと、こうだった気がする)


 一番の衝撃は、十歳のときだった。


 皇太子の婚約者に選ばれるのは、ピンクゴールドのふわふわした髪に水色の瞳をもつ、可愛らしいシャリィだと誰もが思っていた。


 けれど、年功序列を重んじた国王陛下は、姉であるカサンドラをアサルト殿下の婚約者に選んだ。


 当然、自分が選ばれると信じていたシャリィは、王城から戻るなり泣き叫び、家具を壊し、両親に八つ当たりした。


『なぜ? あたしじゃなくて……あのデブなお姉様なの?』


 そんなシャリィを慰めながら、両親は平然と言い放った。


『シャリィが泣いているわ。カサンドラ、謝りなさい』


『そうだ。すべて、カサンドラのせいだ』


 両親からの、理不尽な言葉だった。

 でも、こんな出来事は一度や二度じゃない。


 アサルト殿下だって、最初は優しかった。

 だが、王妃教育を受けるために城へ向かうカサンドラの馬車に、両親は当然のように妹を同乗させた。


 カサンドラが王妃教育の最中──シャリィは庭園で、アサルト殿下とのんびりお茶を飲み、書庫で本を読む。いつしか、二人っきりで遊ぶようになっていた。


『シャリィ、私は遊びに、王城へ来ているんじゃないのよ!』


 そう文句を言えば、殿下とシャリィが二人して反論する。それでも、カサンドラは殿下を想っていた。


 初めて殿下とお会いした日、カサンドラは一目惚れをした……だから、八年間……厳しい王妃教育に耐えられた。



 ーーううん。それも、明日の舞踏会で終わる。


 昨夜、カサンドラが水を飲もうとキッチンへ向かう途中。食堂で夕食を取る両親と、妹の会話を偶然耳にしてしまった。


「ねぇ、お父様、お母様聞いて」


 食堂にシャリィの声が、誇らしげに響く。


「なんと、明日の舞踏会で、お姉様が婚約破棄されて、あたしがアサルト様の婚約者になるの」


「まぁ、シャリィ、よかったわね」


「シャリィ、アサルト殿下と幸せになるんだよ」


 手を叩き、大声で喜ぶ両親。

 それを食堂の入り口でこっそり聞いた、カサンドラは、ほっと胸を撫で下ろした。


 ──明日になったら、すべて終わる。今世、妹になにもしていないから、ギロチンだって回避できる。


 カサンドラは小さく手を握り、厨房を後にした。


 ⭐︎


 今宵、王城で皇太子の誕生を祝う、舞踏会が開かれている。


 前世のカサンドラはこの舞踏会で婚約破棄を告げられ、さらに妹によって罪を暴かれて、騎士に捕えられる。カサンドラがなにを言っても覆らず、牢獄に入れられ……数ヶ月後、ギロチン台へと送られることになる。


(今回は違う、私はシャリィをいじめていない)


 さぁ、行くわよ。カサンドラはいつものように、誰にもエスコートされず一人で舞踏会の会場へ入った。その瞬間、貴族たちの視線がカサンドラに集中した。


(ふうっ。妹が流した噂のせいで注目は覚悟していたけど……ジロジロと見なくてもいいのに。まぁ、今着ているドレスは新調していないけれど、メイドのシュシュが刺繍を施してくれたし、周りとは見劣りはしていないはず)


 心の中でそう呟きながらも、カサンドラの胸は不安でいっぱいだった。だけど、それを笑顔に隠した。

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