「……ウ、グッ」
激しい頭痛が、カサンドラを襲う。
(や、やだ……やめて……怖い……もう私に、何も見せないでぇ――!)
記憶が、後悔が、過去が、彼女の中で荒れ狂い。庭園の片隅、風の通らぬ茂みの陰でカサンドラはドレスの裾を汚し、かたかたと震えていた。
「愛していたアサルト様を取られたくなくて、嫉妬に狂い、なんて酷いことを……あんな、最後がきてもおかしくないわ」
前のカサンドラも、今宵の舞踏会で婚約者であるアサルト殿下と妹シャリィが愛を語り、唇を重ねる場面を偶然も目にしてしまった。前と、今宵のカサンドラとの違いは、そのときカサンドラは「あなたが、私のアサルト様に何をしているの?」妹への激しい嫉妬心が芽生えだ。
それからだ、彼女が妹にひどい仕打ちを始めたのは。
『カサンドラ、やめなさい!』
『うるさい! あなた達も、アサルト様とシャリィのことを知っていたのでしょう! なんて酷い人たちなの……!』
両親の制止も耳に入らず、怒りと嫉妬に囚われたカサンドラは、毎日のように妹を責め立てた。
妹と顔を合わせれば恨み言を吐き、舞踏会ではワインをかけてドレスを汚し、わざと足を引っかけ階段から落とした。それだけでは気が収まらず、皇太子からシャリィへと贈られたドレスは切り刻み、宝飾品まで壊した。
『シャリィ! そのドレスは、私がアサルト様から貰うはずだったのよ! なんで……あなたが着ているの?』
『……ごめんなさい、カサンドラお姉様』
どれだけ罵っても、シャリィは静かに頭を下げ、ただ謝るだけだった。だがその裏で、彼女はカサンドラの暴言の数々を、涙ながらアサルト様に伝えていたのだろう。
『カサンドラ嬢、シャリィ嬢をいじめるのはやめなさい。この前、泣いていたよ』
と、お茶の日に言われた。
『まぁ、シャリィが泣いていた? なぜ、そのことを知っていらっしゃるの? まさか、私の知らないところで、シャリィと会っていらっしゃったのですか?』
『……いやっ、たまたま会ったんだ』
『アサルト様は嘘つきですわね。婚約者でもない、シャリィがここに来ていた、のですね』
――許せない、シャリィ!
そんな日々が続き、カサンドラはとうとう心を壊した。
『あぁ、なぜ……なぜなの? アサルト様は私を見てくれない、愛してくださらないの? シャリィを見ないで……やめて、嫌よ……私が一番、貴方を愛しているのに……』
どんな手を尽くしても、二人は離れず、ますます仲が深くなった。邪魔なシャリィを消さないと、心が崩壊したカサンドラは、ついにシャリィに毒を盛ろうとした。
(あ、愛が、重すぎ……私も、アサルト殿下のことは愛しているけど……心を壊してまで愛すのも、死ぬのもいやだわ)
はっ。数時間? 数分? の間に、いろんな出来事をカサンドラは垣間見た。彼女の脳裏に、過去の記憶と事実が押し寄せて、思考の整理は追いつかない。
ただ、わかったのはアサルト様とシャリィは、心から愛し合っている。そして、あの日、ギロチンに掛けられる前に願ったカサンドラの願いを。なぜか? 大聖女マリアンヌ様が聞き、叶えてくれた。
(どうして……叶えてくれたの? あんなに酷いことをしたのに……あまりにも私が不憫すぎたのかしら?)
噴水の中央。澄んだ水音の向こうに、大聖女マリアンヌの銅像が立っている。いつもは王城を見守っているが、今、その瞳はカサンドラを見つめていた。
(……え?)
まるで、その眼差しは、カサンドラに語りかけてくるようだ。
「可哀想なカサンドラ。嫉妬に駆られ、愛する人を失い、心を壊した。あの日に見た、あなたの後悔。その後悔を知った後で、あなたがどう行動するのか見たくなりましたので、あなたの願いを叶えました。だけど、手を貸すのはここまで……」
――あぁ、マリアンヌ様。前の記憶を見せたのは、マリアンヌ様のなですね。それを見た後の、私の行動をあなたは見たいと言った。前と同じく嫉妬で心を壊すか。ちがう道に進むか。
そんなの決まっている。
あんな怖い思いをしたくないし、二人の姿も見たくないので、アサルト皇太子殿下とは婚約破棄してここから逃げる。
私、カサンドラは大聖女マリアンヌ様から与えられた、二度目の人生に感謝した。