今宵はデュオン国の王都にある王城で、夏の訪れを感謝する、舞踏会が開催されていた。
「フウッ~、飲みすぎてしまったわ」
私、公爵令嬢カサンドラ・マドレーヌは婚約者のエスコートがなく、不貞腐れてワインを一本空けてしまった。さすがに飲みすぎたと感じて、夜風に当たりに、バルコニーから夜の庭園へと繰り出した。
「まぁ星空が綺麗ぇ~ 夜のバラも見応えがあるわぁ~」
カサンドラの頭上に眩い星空が見え、その下ではランタンの灯りに照らされた、バラ達が夜風にゆらめいている。
見事な庭園に目を奪われ、風に当たらながら酔いを覚ましていたカサンドラは、庭園の中央にある噴水までやってくると、石造の噴水に腰を下ろした。
この噴水中央の台座には、大昔この国を護ったと逸話が残る大聖女マリアンヌの銅像が杖を持ち、王城を見守るように設置されている。
噴水の側は気持ちよく、カサンドラはしばらくここで涼もうと決めた。そのカサンドラのいる近くの茂みからボソボソ言葉を交わす、男女の声が聞こえてきた。
いつものカサンドラなら気に留めないのだけど、ほろ酔いのいまは好奇心で『どこぞの貴族の逢瀬かしら?』と、茂みをかき分けそっと覗いた。
「ねぇアサ様。あんな、ふくよかなお姉様よりも、あたしの方が可愛いでしょう?」
「あぁ、とでも可愛い。僕だけのシャリィ」
(えっ⁉︎ アサルト様と妹のシャリィ?)
酔いが覚めるというのは、こういう事だと分かるほど、カサンドラは驚きで目を見開いた。
このバラ園の隅に隠れるようにして、カサンドラの婚約者の皇太子アサルト・デュオンと。妹のシャリィ・マドレーヌが愛をささやき、抱き合っていたのだ。
(どうして、二人が?)
この時、カサンドラの耳にザーッと耳鳴りが鳴り……目の前に広がる噴水、バラ園がカサンドラの瞳から消え。周りのバラ園も、夕焼けの空に景色も見知った景色に変わる。
(くっ……え? ここって、王都の中央通りだわ)
その通りでは、大勢の騎士と民衆たちに罵声を浴びせられ、石を投げられている。痩せこけ煤けた体と、艶のない長い黒髪の女が、騎士達に囲まれて歩いていた。
その女性の手足には罪人の証……木製の手枷と、足枷が付けられている。突然の事態に、呆然と見つめていたカサンドラの前で、女性の足が止まり、女性の視線がこちらを向いた……
ーーえ、嘘⁉︎
カサンドラは、その女を見て驚きを隠せない。頬が痩せこけ煤けているけど……黒髪と水色の瞳と、左目の下のほくろは紛れもなく……自分。
しばらく、カサンドラを見つめていた女は騎士に背を押され、再び罵声のなか歩き始める。
『その見た目で、皇太子妃を殺そうとしたんだとよ』
『魔女、カサンドラめ!』
『実の妹に毒を飲ませようとするなんて、太々しい女だ!』
『魔女』
『魔女め!』
皇太子妃?
妹に毒?
「……(クッ)」
激しい胸の痛みではなく、激しい頭痛がカサンドラを襲った。その痛みが引いて瞳を開けると……カサンドラは元いた、大聖女マリアンヌの噴水の場所に戻ってきていた。
今、垣間見たものにカサンドラは言葉を失い、冷や汗はダラダラと頬を流れ落ちた。