22時。
早速パソコンを立ち上げる。
まあ、やるしかないよな。やらされてる感はフルスロットルだが、もう逃げ場もねえ。
ワードの白紙がまぶしい。
うわ、これがワード……。エクセルと違ってセルも関数もない。こわい。
ただの白い紙。小学生の絵日記か。
「うわ、エクセルじゃない……! きもい!」
思わず声に出た。
このエクセルの劣化版め。お前にSUM関数、使えんのかよ?
俺はな、数式で人生を管理してんだぞ。VLOOKUPと付き合ってんだぞ。
……いや、ちょっと待て。
ワードにむかついてる時点で、俺がもう“ズレてる”のでは?
白紙と向き合う覚悟もないやつに、小説なんか書けんのか?
「とりあえず、どんな恋愛小説がいいのか考えてみるか……」
言った瞬間、自分で気まずくなった。
“恋愛小説”って口に出すだけで、口の中が甘ったるい。いちごジャムくらい甘い。
俺は恋愛経験ゼロ。
キス? してない。手つなぎ? 小学二年の席替えジャンケンが最後だ。
コクハク? 何それ。日本語?
でも、気になる人はいる。
社内でお弁当を丁寧に食べてたあの子とか──
……って、やめろや。リアルな記憶で筆が止まるやつ一番ダメ。
しかもその子、先週寿退社したんだった。既にエピローグ。
そして俺は、日向坂のファンだ。こさかな推し。
こさかなの透明感で、心が浄化された夜は数知れず。
そのたびに俺の恋愛偏差値は、脳内で勝手に上がってる。今たぶん72。
でも、その知識が小説に活きるか? それはまた別の話だ。
“恋愛偏差値72(ただし理論のみ)”のやつが書く恋愛小説──地雷の予感しかしない。
「よし、まずは設定から考えよう」
社会人だから、やっぱり社内恋愛が書きやすい。書けるはずだ。
だって、社内しか知らないからな、人生。
舞台は中小企業。
大手はダメ。大手は、もう入社式から恋愛始まってるから。
「研修のときに意気投合して〜」とか、ふざけんな。俺はずっとPDFと戦ってるんだぞ。大企業氏ね。
登場人物──先輩と後輩。
王道中の王道。でもそれが良い。
先輩(男)は無口でぶっきらぼう。だけど実は、周囲のことちゃんと見てて、後輩(女)をさりげなくフォローしてる。
最初は「あの人、なんか怖い……」って思ってた後輩が、ふとした瞬間に優しさを感じて──惹かれていく。
はい、名作〜〜!! 世界名作劇場。
もう表紙は淡いブルーで、光が差してるやつで頼むわ。芥川賞ください。
……って思ったけど、冷静に考えてこれ、見たことある。
見たことどころか、全人類が一度は書いてる。
Kindleの海に100万冊沈んでる系のやつ。
うんやめよう。