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05

 甘いジュースに、スナック菓子のような揚げた小麦のお菓子。

 先程まで、現在ステージの上にいる男が使っていた椅子の座り心地は良く、ゆったりと足伸ばして、ステージを鑑賞できた。


 だが、重要なステージはといえば、濁音ばかりのユーモアの欠片もない叫び。もちろん、拍手はない。


「…………」


 つまらないな。


――――パチ


――――パチパチ


 突然、足元から聞こえてきた乾いた拍手の音に、目をやれば、先程まで行儀よく座っていた品の良い男が、床で手を叩いていた。

 男だけではない。ディスプレイスーツが、何かをするたびに、応えるように拍手が沸き上がる。


「セルフレスポンス? 寒くない?」

「演者に厳しいゲストだな……だったら、手拍子のひとつ、合いの手ひとつしてみたらどうだ?」


 大して美しくともなんともない、むしろマイナスの体に赤ワインを注ぐディスプレイスーツは、その手を一度止めて振り返ると、椅子の背もたれの上を歩きながら、私の前で足を止めた。


「体験型エンターテイメントで、触れず触らずで☆5レビューはできねェぜ?」


 そう言って、仰々しくこちらを誘うように手を差し出してくる。


「どうぞ。お手を。お嬢さん」


 甘いジュースを吸い上げるストローが、中身が無くなったことを知らせるため、音を鳴らす。


「…………」


 吸いつくしてしまった物へ執着したって意味はない。

 新しく注ぐしかないのだから。


「初心者なの。ガイドはある?」

「音声、リモートなんでもありさ」


 笑うディスプレイスーツの手を取り、ステージへ上がれば、赤く染まった男はひどく酒臭かった。


「た、助けてくれ……!!


 私と目があった男は、突然掴みかかってきたが、その手はディスプレイスーツに遮られる。


「おさわり厳禁だぜ。それは、もっと遅い時間のショーだ」

「頼む……!! 警察を……!!」


 必死に伸ばされた手と言葉。


「自首でもするんですか?」


 問いかけてみれば、揺れていた手が止まる。


 いくら気が付いていなかったとはいえ、死んでいたか、死にかけている人間をタクシーに乗せて、病院ではなく、最寄り駅へひとりで帰したのだ。

 それも、酒をムリヤリ飲ませた上で。


 法的には情状酌量の余地がついたところで、会社は厳しい判断を下しただろう。最近はハラスメント行為に厳しいし。


「違う!! アレは……俺は悪くない!! アイツが勝手に羽目を外しただけだ!!」

「…………」


 簡単に私の事と結びつく当たり、少しは気負っているということか。


 本来無関係の子供が、少し関連するワードを口にしただけで、それを叫んでしまう時点で、大分残念な人だ。

 リストラされたのも、私の一件はただの体のいい理由きっかけで、燻ぶるものは多かったのだろう。


 渡されたビール瓶を思いっきり振ると、上司に受けて蓋を取る。


「やめ……ッ! やめ、ろ……!!」


 勢いよく飛び出すビールを浴びながら、必死に抵抗しようとするのは、少しだけ滑稽だったが、すぐにビールの勢いは弱くなっていく。


「ふざけるなッ!! ぶっ殺してやる……ッ!!」


 唾なのか酒なのかわからない物を飛ばしながら叫ぶ上司に、気が付けば、その瓶を振り下ろしていた。


「――――」


 少しだけ、自分でも驚いた。


 腕の痺れと手の平の熱さ。

 それから、ひどく冷めきっている心に。


「…………意外」


 上司を、人を殴ったからではない。

 これは、思った通りにならなかったことへの悲しみだ。


「瓶って、割れないのね」


 映画では、簡単に割れていたというのに。

 これでは、ミステリーでよくある、決定的な破片を探すなんてこともできないではないか。


「甘い酒は好みじゃないんだ」

「そう」


 ディスプレイスーツに、ヒビも入っていないビール瓶を放る。


「お次のご注文は?」

「スクリュードライバー」

「――――すぐに」


 ディスプレイに映る顔は、それはもう嬉しそうに歪んでいた。

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