甘いジュースに、スナック菓子のような揚げた小麦のお菓子。
先程まで、現在ステージの上にいる男が使っていた椅子の座り心地は良く、ゆったりと足伸ばして、ステージを鑑賞できた。
だが、重要なステージはといえば、濁音ばかりのユーモアの欠片もない叫び。もちろん、拍手はない。
「…………」
つまらないな。
――――パチ
――――パチパチ
突然、足元から聞こえてきた乾いた拍手の音に、目をやれば、先程まで行儀よく座っていた品の良い男が、床で手を叩いていた。
男だけではない。ディスプレイスーツが、何かをするたびに、応えるように拍手が沸き上がる。
「セルフレスポンス? 寒くない?」
「演者に厳しいゲストだな……だったら、手拍子のひとつ、合いの手ひとつしてみたらどうだ?」
大して美しくともなんともない、むしろマイナスの体に赤ワインを注ぐディスプレイスーツは、その手を一度止めて振り返ると、椅子の背もたれの上を歩きながら、私の前で足を止めた。
「体験型エンターテイメントで、触れず触らずで☆5レビューはできねェぜ?」
そう言って、仰々しくこちらを誘うように手を差し出してくる。
「どうぞ。お手を。お嬢さん」
甘いジュースを吸い上げるストローが、中身が無くなったことを知らせるため、音を鳴らす。
「…………」
吸いつくしてしまった物へ執着したって意味はない。
新しく注ぐしかないのだから。
「初心者なの。ガイドはある?」
「音声、リモートなんでもありさ」
笑うディスプレイスーツの手を取り、ステージへ上がれば、赤く染まった男はひどく酒臭かった。
「た、助けてくれ……!!
私と目があった男は、突然掴みかかってきたが、その手はディスプレイスーツに遮られる。
「おさわり厳禁だぜ。それは、もっと遅い時間のショーだ」
「頼む……!! 警察を……!!」
必死に伸ばされた手と言葉。
「自首でもするんですか?」
問いかけてみれば、揺れていた手が止まる。
いくら気が付いていなかったとはいえ、死んでいたか、死にかけている人間をタクシーに乗せて、病院ではなく、最寄り駅へひとりで帰したのだ。
それも、酒をムリヤリ飲ませた上で。
法的には情状酌量の余地がついたところで、会社は厳しい判断を下しただろう。最近はハラスメント行為に厳しいし。
「違う!! アレは……俺は悪くない!! アイツが勝手に羽目を外しただけだ!!」
「…………」
簡単に私の事と結びつく当たり、少しは気負っているということか。
本来無関係の子供が、少し関連するワードを口にしただけで、それを叫んでしまう時点で、大分残念な人だ。
リストラされたのも、私の一件はただの体のいい
渡されたビール瓶を思いっきり振ると、上司に受けて蓋を取る。
「やめ……ッ! やめ、ろ……!!」
勢いよく飛び出すビールを浴びながら、必死に抵抗しようとするのは、少しだけ滑稽だったが、すぐにビールの勢いは弱くなっていく。
「ふざけるなッ!! ぶっ殺してやる……ッ!!」
唾なのか酒なのかわからない物を飛ばしながら叫ぶ上司に、気が付けば、その瓶を振り下ろしていた。
「――――」
少しだけ、自分でも驚いた。
腕の痺れと手の平の熱さ。
それから、ひどく冷めきっている心に。
「…………意外」
上司を、人を殴ったからではない。
これは、思った通りにならなかったことへの悲しみだ。
「瓶って、割れないのね」
映画では、簡単に割れていたというのに。
これでは、ミステリーでよくある、決定的な破片を探すなんてこともできないではないか。
「甘い酒は好みじゃないんだ」
「そう」
ディスプレイスーツに、ヒビも入っていないビール瓶を放る。
「お次のご注文は?」
「スクリュードライバー」
「――――すぐに」
ディスプレイに映る顔は、それはもう嬉しそうに歪んでいた。