「テ、メ……なにしやがる……」
「それはこっちのセリフよ。ポリゴンショックは禁止だって知らないの?」
「あの電気鼠と一緒にするんじゃねェ……」
檻のこちら側と向こう側で、お互い頭を抱えるように蹲り、恨み言を零し合う。
ようやく回復してきたはずの頭痛と吐き気に、小さな地震が起きているような揺れ。
それから、とても腹立たしい感覚。
どこか覚えがある。
デジャブというやつだろうか。
『若いんだからもっと飲めるだろう?』
『ほらほら、せっかくなんだから飲みなさいよ。お酒も最近高くなっただろう?』
『安い酒を飲むから、酔うんだよ。良いお酒は悪酔いしないから』
―――― いや、ある。
意味の分からない理論で、酔って羽目を外した上司が無礼講だとかいいながら、ひたすら酒を注いできて、飲み干さないとその場だけではなく、翌日の職場まで引きずられる。
タイムカードを切っているから、パワハラ許されるよね大会場。
「…………?」
しかし、その先の記憶がない。
酔っても、記憶が無くならないタイプだったはずだが、あまりに嫌な記憶過ぎて忘れたのだろうか。
「そりゃお前、その後、死んだからだろ」
ディスプレイを撫でながら、顔を上げたディスプレイスーツが、呆れた声で私の疑問への答えを教えてくれた。
死んだ。
あの宴会会場で。
それはよくあるアレだ。
” 急性アルコール中毒 ”
ニュースでよく見ていたけど、実際に自分がなった上に、それで死んでしまったことを知ってしまうと、妙な恥ずかしさがある。
「その後の事、教えてやろうか?」
床に胡坐をかいて、膝に肘をつくディスプレイスーツは、小話でも話すかのように言葉を続けた。
「お前の上司様は、酔い潰れたお前にコートを掛けて、座敷の隅に寝かせておいてやったのさ。そんで、宴会が終わっても起きねぇお前に、タクシーに乗せてやったってわけだ。おっやさしぃぃなァ?」
で、タクシーの運転手が、あまりに起きない私に違和感を感じて、起こしたところ冷たくなっていることに気が付いたと。
「本当に優しすぎて、穴という穴からビールを注いでやりたいわ」
「ハッハーーッ!! そりゃいい!! そいつを願いにしろよ!」
本当に、それを願いにしてもいいかもしれない。
「嬢ちゃんの願いっていうなら、悪行だって仕方ねェもんなァ?」
悪魔らしくイヤらしく嗤う様は、本当によく似合う。
というか、ディスプレイスーツにとっては、そっちの方が目的なのだろう。
「…………ねぇ、それを私の見えるところでやってって言ったらできるの?」
報告だけ聞いたって、何も面白くないし、すっきりもしない。
仕返しは、目の前でしてほしい。
「できねェな」
意外な答えだった。
「ここは、嬢ちゃんたちがいた世界じゃない。さすがに、人間そのものは持ってこれねェよ。だから、嬢ちゃんだって、魂だけ寄越されたんだし」
「違う世界?」
知らない情報が多すぎるが、確かに檻といい、妙に揺れる荷台の様子といい、オークションといい、言われてみれば現代とは思えない。
どうやら、世界が違ったらしい。
生まれ変わりに加えて、異世界とまできたか。
「…………魂なら持ってくれる?」
「そりゃ可能だ」
「じゃあ、それでいいや」
私と同じなら、魂だけ持ってきても、適当なクソ上司に似ている人間の器に詰め込めば、ほぼ上司の完成である。
ほぼ上司に、思いつく嫌がらせをしまくれば、少しはこの心のもやもやが晴れるだろう。
「なにを騒いでるんだ!! お前は大切な商品なんだ! 大人しくしてろ!!」
薄暗い部屋に開けて入ってきた、ディスプレイスーツよりも質の悪そうなスーツを着た男は、檻の前に座るディスプレイスーツを見て、体を震わせた。
「――――!! ――!!」
「ミーティング中だ。ミュートしてな」
男は顔を青くして、何か叫んでいるが、声は聞こえない。
ディスプレイスーツの仕業だろう。
「さっきの願いなら、お互いウィンウィンだと思わない?」
「サイッコーの契約だと思うぜ?」
きっと、私は今、このディスプレイに映る顔と同じ顔をしているのだろう。
「それじゃあ、まずはフライングした観客に退出願うとするか」
立ち上がったディスプレイスーツは、逃げようとして何かに捕まっているスーツ男に向かって歩き出す。
「待って」
その足が床につく前に、それを止めれば、不思議そうに腰に手をやりながら、少しだけ画面がこちらに傾く。
「確認だけど、その人を殺そうとしてる?」
「ご明察。フラゲ野郎なら、死だってフラゲしたいだろう?」
「少し待ってほしい」
そう口にすれば、ディスプレイスーツは首を傾げながら、呆れたように顔だけをこちらに向ける。
「!!」
嬉しそうに目を丸くしたスーツ男のことは無視して、こちらに半分体を向けたディスプレイスーツに言葉を続ける。
「オークション会場ってことは、そこにはお金があるんでしょ?」
それも、たんまりと。
これからどう動くにしろ、金があって困ることはない。
「――――」
スーツ男が真っ青な顔とは、対照的に青く発光しているディスプレイスーツ。
「イエス。マイ マスター」
そのディスプレイに映る口元は、それはもう限界とばかりに歪めて笑っていた。