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03

「テ、メ……なにしやがる……」

「それはこっちのセリフよ。ポリゴンショックは禁止だって知らないの?」

「あの電気鼠と一緒にするんじゃねェ……」


 檻のこちら側と向こう側で、お互い頭を抱えるように蹲り、恨み言を零し合う。

 ようやく回復してきたはずの頭痛と吐き気に、小さな地震が起きているような揺れ。

 それから、とても腹立たしい感覚。


 どこか覚えがある。

 デジャブというやつだろうか。


『若いんだからもっと飲めるだろう?』

『ほらほら、せっかくなんだから飲みなさいよ。お酒も最近高くなっただろう?』

『安い酒を飲むから、酔うんだよ。良いお酒は悪酔いしないから』


―――― いや、ある。


 意味の分からない理論で、酔って羽目を外した上司が無礼講だとかいいながら、ひたすら酒を注いできて、飲み干さないとその場だけではなく、翌日の職場まで引きずられる。

 タイムカードを切っているから、パワハラ許されるよね大会場。


「…………?」


 しかし、その先の記憶がない。


 酔っても、記憶が無くならないタイプだったはずだが、あまりに嫌な記憶過ぎて忘れたのだろうか。


「そりゃお前、その後、死んだからだろ」


 ディスプレイを撫でながら、顔を上げたディスプレイスーツが、呆れた声で私の疑問への答えを教えてくれた。


 死んだ。

 あの宴会会場で。

 それはよくあるアレだ。


 ” 急性アルコール中毒 ”


 ニュースでよく見ていたけど、実際に自分がなった上に、それで死んでしまったことを知ってしまうと、妙な恥ずかしさがある。


「その後の事、教えてやろうか?」


 床に胡坐をかいて、膝に肘をつくディスプレイスーツは、小話でも話すかのように言葉を続けた。


「お前の上司様は、酔い潰れたお前にコートを掛けて、座敷の隅に寝かせておいてやったのさ。そんで、宴会が終わっても起きねぇお前に、タクシーに乗せてやったってわけだ。おっやさしぃぃなァ?」


 で、タクシーの運転手が、あまりに起きない私に違和感を感じて、起こしたところ冷たくなっていることに気が付いたと。


「本当に優しすぎて、穴という穴からビールを注いでやりたいわ」

「ハッハーーッ!! そりゃいい!! そいつを願いにしろよ!」


 本当に、それを願いにしてもいいかもしれない。


「嬢ちゃんの願いっていうなら、悪行だって仕方ねェもんなァ?」


 悪魔らしくイヤらしく嗤う様は、本当によく似合う。


 というか、ディスプレイスーツにとっては、そっちの方が目的なのだろう。


「…………ねぇ、それを私の見えるところでやってって言ったらできるの?」


 報告だけ聞いたって、何も面白くないし、すっきりもしない。

 仕返しは、目の前でしてほしい。


「できねェな」


 意外な答えだった。


「ここは、嬢ちゃんたちがいた世界じゃない。さすがに、人間そのものは持ってこれねェよ。だから、嬢ちゃんだって、魂だけ寄越されたんだし」

「違う世界?」


 知らない情報が多すぎるが、確かに檻といい、妙に揺れる荷台の様子といい、オークションといい、言われてみれば現代とは思えない。

 どうやら、世界が違ったらしい。


 生まれ変わりに加えて、異世界とまできたか。


「…………魂なら持ってくれる?」

「そりゃ可能だ」

「じゃあ、それでいいや」


 私と同じなら、魂だけ持ってきても、適当なクソ上司に似ている人間の器に詰め込めば、ほぼ上司の完成である。

 ほぼ上司に、思いつく嫌がらせをしまくれば、少しはこの心のもやもやが晴れるだろう。


「なにを騒いでるんだ!! お前は大切な商品なんだ! 大人しくしてろ!!」


 薄暗い部屋に開けて入ってきた、ディスプレイスーツよりも質の悪そうなスーツを着た男は、檻の前に座るディスプレイスーツを見て、体を震わせた。


「――――!! ――!!」

「ミーティング中だ。ミュートしてな」


 男は顔を青くして、何か叫んでいるが、声は聞こえない。

 ディスプレイスーツの仕業だろう。


「さっきの願いなら、お互いウィンウィンだと思わない?」

「サイッコーの契約だと思うぜ?」


 きっと、私は今、このディスプレイに映る顔と同じ顔をしているのだろう。


「それじゃあ、まずはフライングした観客に退出願うとするか」


 立ち上がったディスプレイスーツは、逃げようとして何かに捕まっているスーツ男に向かって歩き出す。


「待って」


 その足が床につく前に、それを止めれば、不思議そうに腰に手をやりながら、少しだけ画面がこちらに傾く。


「確認だけど、その人を殺そうとしてる?」

「ご明察。フラゲ野郎なら、死だってフラゲしたいだろう?」

「少し待ってほしい」


 そう口にすれば、ディスプレイスーツは首を傾げながら、呆れたように顔だけをこちらに向ける。


「!!」


 嬉しそうに目を丸くしたスーツ男のことは無視して、こちらに半分体を向けたディスプレイスーツに言葉を続ける。


「オークション会場ってことは、そこにはお金があるんでしょ?」


 それも、たんまりと。


 これからどう動くにしろ、金があって困ることはない。


「――――」


 スーツ男が真っ青な顔とは、対照的に青く発光しているディスプレイスーツ。


「イエス。マイ マスター」


 そのディスプレイに映る口元は、それはもう限界とばかりに歪めて笑っていた。


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