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第四章「闇夜の月花草」

「朝だよ、起きな! 冒険者ども!!」


 いつもと変わらぬ女将さんの大声が、大部屋に響き渡る。それを合図に、ルナはゆっくりとまどろみの世界から引き戻されていった。すっかり慣れた寝台の感触と、鼻先をくすぐるスープの匂い。そう、ここに泊まるようになってから、もう一月が経つ。


 ルナは寝台から身を起こし、「おはよう、ハク」と念話で呼びかける。リュックの上から白い子狼が顔をのぞかせ、「おはよう……」とまだ眠そうに応えるのが、すっかり日課になっていた。


 ◆◆◆


 宿の一階に下りていくと、今日も女将さんが大鍋をかき回している。湯気の立つ器を受け取り、ひと口飲み込むと、ホッと心が温まる。野菜と干し肉の旨味が溶け込んだスープは、決して豪華ではないが、体に染み入るようなおいしさだ。


「ふふ、もうすっかりここの常連ね。ここで働いちゃうかい?」

 女将さんはいつものように冗談めかして声をかけてくる。


「はは……そうですね。でも、冒険者の依頼があるから……まだしばらくは外で頑張ります」


 それに応じながら、ルナは器を飲み干す。最初は「一晩だけ」のはずだったこの宿も、いつの間にか一か月も世話になっているのだ。女将さんの人柄と安全な環境、それに毎朝このスープが飲める快適さ。どれもが捨てがたく、ルナにとっては“安住の地”になりつつあった。


 ◆◆◆


 食事を終え、装備を整えたルナが宿の外に出ると、すでに太陽の光が街並みを照らしていた。小さなリュックからハクが顔を覗かせ、通りに出ると「いい匂い……」と念話を漏らす。街には、もう屋台が立ち並び、多くの人々が行き来している。


「今日もギルドに行って、薬草採集か簡単な運搬の依頼でもあるといいね。終わったらハクにおいしいお肉を買ってあげるから」


「うん! にく!」


 返ってくるハクの声は、以前にも増して生き生きとしている。一か月の間に栄養をしっかり摂ったおかげか、毛並みもよりふわふわになってきたようだ。成長が早いのか、リュックの中から身を乗り出すことが増え、時には街中を一緒に歩くようにもなっている。もっとも、あまり堂々と連れ歩くのは目立つから、ルナは人目を避けながら気を配っているが。


 屋台街を抜ける道すがら、小腹が空いているハクのために、ルナは焼き肉の切れ端を何切れか買い与える。お店のおじさんとも顔なじみになり、「いつもありがとねー」と軽い挨拶を交わす。最初は一人でビクビクしていた街暮らしも、こうして毎日顔を合わせているうちに自然と馴染んでいくものだと、ルナはあらためて思う。


「それじゃあギルドに行こうか。今日も何か依頼があるといいんだけど……」


 そうつぶやいて、石畳をトコトコと歩き始める。すっかり慣れた道のりだ。通りに面した看板や屋根の形、行き交う人々の顔つきまで、だいたい覚えてしまった。この街に来たばかりの頃は不安だらけだったが、今はまるで自分の庭みたいに感じられる。


 ハクが「ルナ、おいしい肉、また食べたい」と意気込んだ声を送ってくるのに苦笑しつつ、ルナはギルドの建物へと足を運ぶ。

 ――一か月のあいだ、ここで採集依頼や軽作業などをこなしながら暮らすうちに、「冒険者として日々を営む」ことが、すっかりルナとハクの当たり前になっていたのだった。


  ある朝、いつものように冒険者ギルドの掲示板を眺めていたルナは、ひときわ大きな文字で書かれた依頼書を見つけて目を止めた。


『緊急採集依頼』

石化を治療するために必要な「月花草」

数量は採集できればできるほど良い。

周辺にコカトリスの発生あり。討伐のできる冒険者は別途「コカトリス討伐」依頼に参加すること。

月花草は夜にしか判別が難しく、野営必須。

――ギルドマスター代理


 読み進めるうちに、ルナは思わず息を呑んだ。コカトリスの発生はギルドの冒険者たちをざわつかせているらしく、討伐隊を募る声が上がっている。彼らは戦闘の腕に覚えのある猛者ばかりで、次々に「コカトリス討伐」の依頼を受諾していく。


 しかしルナにできることは、魔物を相手取る戦いではない。自分の力で一番役に立てるのは、薬草を集めること――そして石化を治すための特効薬に使われる「月花草」だ。月花草は夜間にその花をわずかに輝かせてくれるが、昼間はまったく判別がつかないと言われている。おまけに危険生物が出没するような森や岩場に自生することが多いらしく、野営を覚悟で探さなければならないだろう。


「……今までの採集とは、わけが違いそうだな」


 ルナは掲示板の依頼書を指でなぞりながら、小さく呟く。目の前では、ギルド職員が慌ただしく資料をまとめ、コカトリス対策の話し合いをしているのが見える。

 もし治療薬が不足すれば、石化の被害者たちは救われない。この依頼は、まさに人々の命がかかった大仕事だ。ルナはごくりと唾を飲み込み、自分の中にわき上がる決意を感じた。


「……ハク」


 念話で呼びかけると、リュックから白い子狼がひょこっと顔を出す。ハクの金色の瞳は、すでにルナの不安と意気込みを感じ取っているのか、静かに揺れている。


「夜にしか判別できない薬草を集めるんだって。しかもコカトリスが出るかもしれない場所。……危険だけど、やる価値はあるよね?」


 ハクは「うん」と小さく返事をした。フェンリルの血を引く子狼とはいえ、まだまだ幼い。それでもハクは、ルナと一緒ならばきっと大丈夫だと信じてくれているのだ。ルナもそんなハクに励まされながら、もう一度依頼書を見つめる。


「決めた。行こう、ハク。私たちで月花草を集める。コカトリス討伐は他の強い冒険者さんに任せて……だけど、私たちにしかできないことだってある。命がかかった人を救えるかもしれない」


 ルナは意を決してギルドのカウンターへ向かい、この緊急採集依頼の受諾を申し出る。受付の獣人のお姉さんも「くれぐれも気をつけてにゃ……」と神妙な面持ちで応対してくれた。必要な道具は、夜間の明かりになる魔道具と、万が一のための保存食、それから野営道具――それらを用意して、しっかり準備しなくてはならない。


 夜闇の中で光る花を探す旅。

 コカトリスが跋扈(ばっこ)する危険地帯への挑戦。

 それはルナとハクにとって、一世一代の大きな採集依頼となるだろう。だが、誰かを救うための大切な試みでもある。

 ぎゅっと荷物を抱きしめながら、ルナは心の中で決意を新たにする。


「がんばろうね、ハク。きっと見つけよう、月花草を……!」


 ハクも「うん!」と念話で応える。

 そうして、幼い少女と子狼は、夜の野営を覚悟して森へ向かう準備を始めるのだった。


 緊急採集依頼に応じると決めたルナは、まずは準備のために「リリス貿易」を訪ねることにした。以前、魔石を買い取ってもらったときに好待遇してもらったあの店だ。必要になる野営道具や、夜間の作業に便利なアイテムがあるかもしれない。


 リリス貿易は街外れの職人通りに店を構えている。朝早くから開いている店が多い通りだが、ルナが足を踏み入れると、すでに数件の店が忙しそうに開店準備を進めていた。リリスの店にも小さなカンテラの灯りがかかり、入口の扉が少し開いている。


「いらっしゃい、あら、ルナちゃん。何かあったのかい?」


 扉を開けると、奥からリリスが顔を出す。年配の女性で、丸メガネとややくたびれたエプロンが印象的だ。以前、魔石を高めに買い取ってくれたり、小さな魔道具をおまけでくれたりと、何かと世話になっている人物である。ルナは軽く礼をして店内へ足を踏み入れた。


「おはようございます、リリスさん。ちょっと道具を揃えたくて来たんです」

「ふむふむ。どんな道具が必要なんだい? 冒険者らしい準備、かな?」


 木のカウンターの上には、すでに在庫整理らしき小さな箱が並べられ、リリスは手にしたメモを見比べながら眉根を寄せている。店内には魔道具の部品がずらりと並び、レンズや鉄のパーツ、粉末状の鉱石など、ルナには見慣れない素材まで様々だ。


「実は……月花草の採集依頼を受けて。夜にしか光らない薬草を探さないといけなくて、しかも森にはコカトリスが出るっていう話もあって。野営もすると思うので、夜に役立つ魔道具や護身用のものがあれば助かるんですが……」


 ルナが簡単に事情を話すと、リリスは「なるほど」と頷き、メガネの奥で目を細めた。


「コカトリス……嫌な魔物だねぇ。触れられて石化しないように気を付けるんだよ。護身用のナイフや薬はあるかい? せめて目くらまし用の道具ぐらいは持っていった方がいいだろうね」


「はい、できるだけ慎重に動きます。コカトリス討伐は他の冒険者さんに任せる予定ですが、万が一があるかもしれないので……」


「ま、そうだろうね。わかったよ。じゃあ、ちょっと待ってな。いくつか夜間用の明かりや、護身にも使える細工を見繕ってくるから」


 そう言うとリリスは店の奥へ引っ込んでいき、がさごそと品物を探す音が聞こえてくる。その間にルナは店内を見渡しながら、リュックから顔を出しているハクをちらっと見やる。ハクはキョロキョロと興味深そうに周囲を眺めているが、とりあえずおとなしくしているようだ。


「ハク、コカトリス……怖いけど、何とかやり過ごして月花草を見つけようね」

「うん。ボクも頑張る」


 念話でハクが応えるのを確認して、ルナは少しだけ不安を和らげる。しばらくすると、リリスが手に小さな籠を抱えて戻ってきた。


「お待ちどう。まずこれ、夜間の採集に使える『灯草(ともしぐさ)のランタン』。魔石が組み込まれてて、強くはないけど穏やかな光を長時間保てるの。見た目が小さいけれど、森の中で手元を照らすには十分だよ。あと、光が強すぎると月花草が判別しにくくなるって話もあるから、あまり明るすぎないほうがいいでしょ?」


 リリスが差し出したのは、小さな金属製ランタン。内部にとても小さな魔石がはめ込まれており、灯草のエキスを染み込ませた芯をゆっくり燃やす仕組みらしい。光はおとなしく、穏やかそうだ。


「確かに、月花草は強い光だと見分けがつきにくいって聞きます。これなら使いやすそう……」


 続いてリリスが取り出したのは、手の平サイズの筒のような魔道具。

「これは簡易スモークボムってとこかな。いざという時に地面に叩き付けると濃い煙が出て、相手の視界を塞ぐ。コカトリスに襲われそうになったら、とにかく逃げることが大事だからね。まぁ煙に頼るのは最終手段だけど」


「なるほど、護身用ですね。ありがとうございます」


 さらにナイフや保存食など、必要最低限の装備を一通り相談しながら揃え、ルナは支払いを済ませる。店主のリリスは「本当はもっといろいろ持っていきたいところだろうけど、あんまり荷物が多いと動きづらくなる」とアドバイスしてくれる。


「じゃ、ルナちゃん、気をつけて行くんだよ。月花草は夜しか判別できないし、夜営もするんだろう? 安全第一でね」


「はい。必ず帰ってきます」


 リリスに深く頭を下げ、ルナは店を出る。手元には、夜間用ランタン、煙玉のような護身具、そしてしっかり栄養が取れる保存食。これなら何とか、夜の野営と月花草の採集に対応できるはずだ。


 「さぁ、ハク。次はどうしようかな……。宿に戻って荷物の整理をして、それから……」


「うん、早く準備して出発しよう」


 一人と一匹が念話で打ち合わせをしながら、街中を駆け足で戻っていく。これから夜に向けて場所を下調べし、野営地をどうするか決めておかねばならない。周囲には危険なコカトリスが出現中だという噂もあるが、立ち止まってはいられない。


 ――石化を治療するために必要な「月花草」。それを集め、病人を救う一助となるために、ルナはついに夜の森へ踏み込もうとしていた。心には高まる緊張感と、不思議なわくわくが同居している。それこそが、真っ正面から“冒険”へ飛び込むということなのだろう。


 リリス貿易で夜間採集用の道具をひととおり揃えたルナは、宿へ戻る途中でふと思いついたように足を止めた。

「そうだ……ハク、最近少し大きくなって、もうリュックに入れるのも窮屈でしょ? 街中でも堂々と歩けるように、上位テイマーのマリアさんに相談してみようか」


 ハクはリュックの口から首だけ覗かせ、念話で「うん、そうだね。ボクも窮屈だし、街で歩きたい」と嬉しそうに応える。


 ハクの成長は目に見えて進んでおり、昔は小さく丸まっていたリュックにも、今では半分も入りきらないほどだ。あまりに目立てば、街の人に警戒される可能性もあるが、逆にずっと隠しているのも不自然だ。そこで、従魔登録の際に世話になった上位テイマー・マリアに、従魔用の装備や街中での振る舞いを相談しようと考えたのだ。


 マリアはギルドの施設内に個室を与えられており、従魔関連の仕事を一手に引き受けている。ルナがギルドの廊下を進んでいると、ちょうど扉の前で見覚えのある長いポニーテールを揺らすマリアが姿を現した。


「おや、ルナ。それにハクも……ずいぶん大きくなったわね。今日はどうしたの?」


 マリアはにっこり微笑みながら声をかけ、ハクの頭を軽く撫でてくれる。ハクは心地よさそうに目を細めつつ、少し得意げにしっぽを揺らした。


「ええと、実は相談がありまして。ハクもリュックに入りきれなくなってきましたし、街の中で人に怖がられないように、従魔用の装備品か何かがないかと思って……」


 そう切り出すと、マリアはルナとハクの姿を改めて見回し、頷くように返事をした。


「なるほどね。フェンリルの子といえど、ただ歩かせるだけじゃ誤解されることもあるだろうし、それなりに“飼い主として管理してますよ”っていう証拠が必要だわ。ちょっと待ってなさい」


 マリアは部屋の奥へ足を運び、大きな棚を開いて何やら探し始めた。やがて取り出してきたのは、小さめの首輪のような装備と、背中にかけるための簡易的なハーネス。どちらも頑丈な革と金属のバックルで作られていて、「ギルド印」の模様が刻印されている。


「ここにギルド認可の刻印が入っているでしょ。これを着けていれば、少なくとも『ちゃんと登録された従魔』だってことを証明できる。街中を堂々と歩くときはこういうのがあると安心よ」


「わあ……そうなんですね。ありがとうございます」


 ルナが感嘆の声を上げると、マリアはにこっと笑って続ける。


「つけていれば多少の誤解は減るし、ハクが人通りの多い所で走り回らないよう、引き綱も必要になるかもね。もちろん警戒する人はいるだろうけど、まずは正しく管理してますって姿勢を見せるのが大事」


 ハクに装備させる時のポイントや、従魔を歩かせる場所の注意など、マリアは一通り説明してくれた。フェンリルという希少な存在であるがゆえ、興味本位や珍しがる人もいれば、嫌悪を示す人もいるだろう。それを乗り越えるには、正しく認可を受け、責任ある対応をする必要があるのだ。


「ハク、どうかな? 首輪とかハーネス、嫌だったらやめるけど……」


 ルナが少し心配そうに念話で問いかけると、ハクは「平気だよ。ルナと一緒なら大丈夫」と素直に返してくれた。少しずつでも堂々とこの街を歩きたい――そんな思いがハクにもあるようだった。


「そうと決まれば、まずは首輪を合わせてみようか。サイズが合わなかったら調整が必要だからね」


 マリアの手ほどきを受けながら、ルナは軽くハクの首周りに道具を当ててみる。すると想像以上にしっくりはまる。ハクのもふもふした白い毛並みに、革のブラウンがよく映えている。ハクも嫌がる様子はなく、逆に「どうかな?」と得意げだ。


「いいじゃない。ぴったりね。今後、少しずつ成長したらまた買い換える必要があるけど、とりあえずはこれで大丈夫そう」


 マリアは満足げに頷き、最後に「何かあったらすぐに相談に来なさい」と釘を刺す。ルナは深くお礼を言い、従魔用装備を受け取った。この装備があれば、ハクもいつまでもリュックに閉じこもらずに済むし、街中でもある程度は堂々と歩けるようになるだろう。


(ハクがもっと大きくなることを思うと、少し大変かもしれないけど……それでも、一緒に歩けるなら嬉しいな)


 そんなほのかな期待を抱きながら、ルナはマリアと別れてギルドを後にする。夜の“月花草”採集に向けた準備も必要だし、ハクに装備を慣れさせる時間も欲しい。忙しくなりそうだが、ハクと一緒ならきっと乗り越えられるはずだ。


 こうして、一人と一匹は新しい段階へ踏み出す。従魔用の装備を手に入れ、街中でも“正しく”行動できるように。少しずつだが、確かな絆と信頼を積み重ねながら、ルナとハクの物語はさらなる広がりを見せようとしていた。


 いつもは朝早くに採集や依頼のため街を出ることが多いルナだが、今回は夕刻から夜にかけての行動がメインになる。そこで、出発の前に屋台街で腹ごしらえをすることにした。


 石畳の通りを歩いていくと、どこからか香ばしい匂いが鼻をくすぐる。焼き串や揚げ物、甘い菓子の匂いが混ざり合い、ついつい足を止めそうになる。ハクも首輪と簡易ハーネスを着けたまま、ルナのすぐ隣をぴたりとついてきている。


「さあ、何を食べようか。ハクもお腹空いてるよね?」

「うん、いつものお肉がいい!」

 念話で「お肉を期待してる」とはっきり伝えてくるハクに、ルナは苦笑する。最近のハクは成長著しく、食欲も日に日に増している。以前ならリュックの中からこそっと肉を与えていただけだったが、今では人前でも堂々と食べられるようになった。

 ルナが何か良さそうな屋台はないかと見回していると、馴染みのおじさんが屋台から手を振っているのに気づく。


「お嬢ちゃん、今日も来てくれたのかい! おまけしてやるよ、最近は昼に来ないから寂しかったんだぜ?」

「そうなんです。色々準備があって。今日は出発が夜になるので、今のうちにお腹を満たしておきたくて……」

 ルナはちょっと遠慮気味に笑いながら、鉄串に刺された肉塊を指さした。

「じゃあ、その大きめのやつを……あ、半分は細かく切ってください。ハク用に分けたいので」


「任せとけ。ほら、この子が大きくなったって噂の白狼か? 噂どおり立派になったなあ」

 おじさんは感心したようにハクの姿を眺めている。つややかな毛並みとしっかりした体躯――幼いころとは比べものにならないほど逞しくなってきたハクを見れば、誰だって驚くだろう。


「いつか本当に魔物を狩って、自分で食べちゃうくらいに強くなるのかな……」

 ふとそんな想像が頭をよぎり、ルナは思わず口元をほころばせる。いくらフェンリルの血を引いているといっても、目の前で無邪気に尻尾を振っている姿を見ていると、ただ愛おしく思えてくるのだ。


「はい、お待ちどう。焦げ目もいい感じで仕上げといたよ。ホレ、ハクにも食べさせてやんな」

 おじさんが手早く肉を切り分けて紙包みに入れて渡してくれる。ルナが銀貨と銅貨を数枚支払うと、今回は「また来いよ」とばかりに少しおまけも乗せてくれた。


「いただきます!」

 ルナが肉片をハクの口元に近づけると、ハクはぱくりと嬉しそうに噛みつく。肉汁があふれ、香ばしい匂いがますます辺りに漂う。見ているだけでお腹が鳴りそうだ。

 ルナも自分用の分をひとくちほおばる。やわらかい肉が炭火の香りと合わさり、噛むたびに幸せを感じる。いつもの屋台の味だけど、今日は特別においしく思えるのは、これから始まる大きな仕事への緊張感の裏返しかもしれない。


「ふう……元気が出てきた。ハク、まだ足りる? おかわりする?」

「うん、これで大丈夫。ありがとう、ルナ」

 念話で満足そうな声が返ってくると、ルナも自然と頬がゆるむ。

「よかった。じゃあ準備もだいたい整えたし……いよいよ月花草採集に向かうだけだね。夜に備えて、もうちょっとだけゆっくりしてから出発しようか」


 ハクは「うん!」と返事しながら、食後の匂いを名残惜しそうに鼻を鳴らす。

 いつかは魔物をも倒す存在に成長していくかもしれない――そんな期待と、今はまだ幼い面影を残した無邪気さ。その両方を併せ持つハクの姿に、ルナはつい微笑んでしまうのだった。


 こうして屋台街での腹ごしらえを終え、一人と一匹はあらためて月花草の採集に向けて気持ちを引き締める。野営が必要なほどの大仕事、それでもやると決めたからには中途半端にはしない。夕方から夜へと移り変わる街の喧騒を背に、ルナはゆっくりと歩み出した。


 夕方にさしかかり、すでに街の門付近は警戒態勢が敷かれているのか、兵士たちが慌ただしく動き回っていた。ルナはその様子を見ながら、いつものように隊長の姿を探す。すると、門のそばで指示を出していた隊長が、ルナの姿を見つけてこちらへ歩み寄ってきた。


「ルナ、こんな時間から外に出る気か?」


 低く響く隊長の声。周囲では兵士たちが忙しなく荷物を運んだり、夜間警備の準備をしたりしている。ルナは頷きながら、リュックの横から顔を出すハクを示すように視線を落とした。


「月花草採集に行ってきます。夜じゃないと見つけられないので……」


 隊長は少し言葉を詰まらせ、「何もルナが行くことないだろう」と呟くように言う。

 確かに、危険なコカトリスが出没する時期にわざわざ夜間に出歩くのは無謀かもしれない。だがルナはまっすぐに隊長の目を見つめ、きっぱりと言った。


「少しでも皆さんの役に立ちたいんです。石化した方を救うのには月花草が不可欠みたいで……私も、私にしかできないことがあるって信じたいんです」


 ハクの成長もあり、以前より自信をつけたのだろうか。ルナの言葉には微かな覚悟を感じさせる。隊長はしばらく苦い顔をしたまま考え込み、やがて静かに頷いた。


「……わかった。しかし夜間は街の門は完全に閉じて、出入りはできなくなる。もし夜中に戻ってくることになっても、門を開けるのは難しいぞ。壁沿いの空き地にテントを張るなり、朝まで待つなり、必ず自分の身を守れ。いいな?」


「はい、わかりました」


 ルナは深くお辞儀をしながら答える。隊長はまだ心配そうな表情だが、それでも一人と一匹を追い止めようとはしなかった。ルナの覚悟を感じ取ったのかもしれない。彼はいつものように、ぽんとルナの肩を叩いて一言付け加える。


「無茶をするなよ、ルナ。ハクも……ちゃんと守ってやれよ」


「隊長さんも、お気をつけて」


 その言葉を最後に、ルナは門の外へ足を踏み出す。兵士たちが行き交う中を縫うようにして歩き、夕闇が迫る草原の向こうへと視線をやった。

 ――月花草を探すための夜間行動が、今まさに始まろうとしている。ルナとハクはお互いに気合いを入れるように短く念話を交わし、ゆっくりと城壁を背にして進み出した。


 夜のとばりが下り始めた頃、ルナは城壁の外へと歩みを進めた。微かな夕暮れの光を背に、頭の中で「月花草」のイメージを巡らせる。


 「月花草」は月夜になると仄かに輝きを放つ花。夜の森や水辺に自生することが多いらしいが、具体的にどこに咲くかは定かではない。噂によれば「月の光」と「適度な湿気」がある場所ほど見つけやすいとのこと。ならば、水場――つまり川や小川に沿って進むのが確率的には高そうだ。


 そんな考えから、ルナは街の外周を回り込むようにして流れのある小川を探し、上流に向かって歩くことにした。以前、魔石や薬草を拾った際にも、小川沿いで自然に恵まれた場所を見つけた経験がある。夜間で視界が悪くなることには不安もあるが、「月夜といえばやっぱり水辺」という直感も捨てがたい。


「ハク、足元に気をつけてね。夜が深くなったら光も少なくなるし、川沿いは足を滑らせやすいかもしれない」


「うん、ルナも気をつけて」


 ハクの念話を受け取り、ルナは背負いリュックに固定していたランタンを取り出す。リリス貿易で購入した“灯草のランタン”は強い光ではないが、夜間の手元を照らすには十分だ。まぶしすぎない光が逆に月花草の“輝き”を見つけやすくしてくれるはずだ。


 川沿いの草原は、日中の陽気が嘘のようにしんと静まっている。耳を澄ますと、遠くで小さな虫の声が重なり合い、風に揺れる草のざわめきが聞こえた。その向こうには森のシルエットが、ぼんやりと闇の中に浮かんでいる。


「コカトリス……でなければいいんだけど」


 ルナは自分に言い聞かせるように、つぶやく。緊急依頼の掲示には、周辺でコカトリスが出没しているとあった。討伐隊が出ているとはいえ、こちらを襲わないとも限らない。とはいえ、ルナにできるのは警戒しながらの探索だ。ハクがいるとはいえ、戦闘は避けたい。


 月が高く昇りかけた頃、ようやく森の入り口が視界に入る。川が木々の間へと伸びていくあたりで、ルナは足を止め、周囲を見回す。そこには水場特有の湿り気が漂い、ところどころで野草が月の光を受けて淡く揺れていた。


「……ここ、いいかもしれない」


 ハクに一声かけてから、ランタンの光を頼りに、ルナは草むらに目を凝らす。葉や花びらの形、薄暗い中でも輪郭を探しながらひとつずつ確認していく。まだ序盤で焦る必要はないが、月花草ならこのあたりで姿を見せてもおかしくないはずだ。


 すると、ハクがくんくん鼻を鳴らして、水辺の近くをうろうろする様子が目に入る。念話で「ここ、何か違う匂いがする」と伝えてきた。ルナは「何だろう?」と問い返しながら、ハクが示す方へ近づいてみた。すると、手前にある低い茂みの奥から、わずかに青白いきらめきがちらりと見えた気がする。


(もしかして……月花草?)


 一瞬胸が高鳴る。ルナは足音を殺すように近づき、葉をかき分けてそっと覗き込んだ。果たしてそれが求める花なのか――まだ確証はないが、うっすらと光の筋が揺れているのは確かだ。


「ハク、ちょっと待ってて。……これ、きっと月花草……だよね」


 うまくいけば、夜の森に差し込む月明かりが、花の輪郭を際立たせてくれるはず。ルナは小さく息を呑みつつ、ゆっくりとランタンを近づけて、花の形を確かめようとした。黒々とした夜の空気の中で、月光に応じてかすかに白く光る花――もし本物なら、これこそが石化治療に必要な特効薬の一端になるのだ。


 期待と緊張が混ざり合うまま、一人と一匹はそろりと草をかき分ける。小さな小川のせせらぎを背に、月夜に淡く浮かび上がる花を、まるで宝石を扱うように大切に覗き込むのだった。


「あ……」


 小川のせせらぎが静かに流れる夜の森。ルナが月花草と思しき花を確認しようとしていたその時、ハクが「ワフ」と小さく鳴いた。まるで何かに反応するかのように、その白い身体がほんのりと青みを帯び始める。


 「ハク……? どうしたの?」


 驚きの声を漏らしたルナの視界の中で、ハクの毛並みがうっすらと光を纏うように輝き出す。まるで月の光を受けて反射しているかのようにも見えるが、少し違う。もっと内側からにじみ出てくるような穏やかな、しかし確かな光だ。


 「もしかして……ハクの魔力……?」


 念話で呼びかけても、ハク自身も戸惑っているのか、心の中には「わからない」という気配が返ってくる。けれど、その光に呼応するように、近くの茂みや岩の隙間に隠れていた月花草が、またたきを始めたのだ。


 最初は控えめだったその花々の輝きが、ハクの身体が光を放つほどにいっそう強くなる。ちょうどホタルが夜空を舞うように、小さく瞬いては淡い光を放つその姿は、幻想的な光景そのものだった。


 「すごい……。ハク……、君が光ると月花草も輝くんだね」


 ルナは息を詰めたまま、その場に立ち尽くす。月夜に照らされる花たちが、まるでハクに呼応するように一斉に瞬いている光景は、息を呑むほど神秘的だ。ハク自身も状況がつかめないまま、かすかに首をかしげていたが、苦しそうな様子はない。どちらかというと、不思議な高揚感がハクの内に広がっているのを、ルナも何となく感じ取れた。


 「フェンリルの血……関係あるのかな」


 ハクはフェンリルの子。成長して魔力が安定してきたことで、月光や花の力と共鳴しているのかもしれない。ルナはなんとも言えない胸のときめきを感じながら、あたりに群生している月花草へと目を移す。

 花びら一枚一枚が透き通るように青白く発光し、揺れるたびにきらきらと光の粒を散らしている。まさに今が採集のベストタイミングなのだろう。


 「……これは、すごい……。こんなに月花草があるなんて……」


 改めて辺りを見渡すと、十数株――いや、もっとかもしれない。普段の採集では一株見つけるだけでも大成果と言われる月花草が、数多く息づいている。そのほとんどがハクの光に惹かれるように、ほんのわずかに揺らめいていた。


 ルナは慎重に一株ずつ花の根元を確かめ、必要な数を摘んでいく。石化を治療するために、できるだけ多く持ち帰りたいけれど、群生地そのものを荒らすわけにはいかない。特に月花草は貴重な植物だ。乱獲すれば次に育つ芽まで消してしまう恐れがある。


 「ごめんね、でも、助けを必要としている人がいるから……」


 その場で小さく頭を下げると、花の光が少し強まるようにも感じた。ルナは心を落ち着かせ、摘む株と残す株を見極めながらひとつひとつ丁寧に収穫していく。

 ハクは光の中で大人しく佇み、周囲の様子を警戒してくれているようだ。まるで月花草の守護神さながらの姿に、ルナは思わず微笑む。


 やがて摘んだ花が一抱えほどになった頃、ハクの光は少しずつ弱まり始めた。ルナがランタンの明かりを一段階上げると、いつもの夜の闇が戻ってくる。先ほどの幻想的な光景が嘘のようだ。


 「ありがとう、ハク。おかげでこんなに月花草が……。これなら、石化治療に必要な分がきっと集まるはずだよ」


 ハクは「うん……」と小さな念話で応えながら、ゆっくり身体の力を抜いた。初めての“魔力の共鳴”らしきものに疲れが出たのか、今度は少しだけ呼吸が荒い。でも、無理はしていないようだ。


 「あまり深追いはやめよう。これだけあれば十分だと思うし、ハクも休まなきゃね」


 それに、コカトリスが徘徊している危険もある以上、早めに安全な場所へ戻るほうが賢明だ。ルナは収穫した月花草を大切に包み、リュックの底に収納する。ハクには「もう少し歩ける?」と尋ねると、「大丈夫」と答えが返ってきた。


 あの青い光の正体は何だったのか。フェンリルの力が月の光と花の魔力を呼び覚ましたのか――それはまだわからない。ただ、今はそれが吉と出て、大量の月花草を無事に集められたのだ。


 「じゃあ、行こうか。夜が深くなる前に、少しでも安全なところへ……」


 いまだに残る月花草の淡い輝きと、小川のせせらぎを背に、ルナとハクは足早に森を後にする。今宵の収穫は想像以上の成果だ。石化した人々を救うため、そして再びこの地に月花草が育ってくれるように――それを胸に刻みながら、一人と一匹は夜の森を離れ、帰路を目指すのだった。


 月花草をたっぷり収穫したルナとハクは、川沿いの道を辿りながら街の方角へと足を進める。周囲はひんやりとした夜気に包まれているが、出発前の覚悟とは裏腹に、コカトリスどころか討伐隊との遭遇もなかった。


「……どうやら夜のうちはコカトリスもあまり動かないみたいだね」


 ルナがそう呟くと、ハクが「うん」と念話で同意する。今回の緊急依頼でいろいろ調べて分かったことだが、コカトリスはその鳥のような頭部のせいもあってか、夜間に活発に動き回ることは少ないらしい。真っ暗な森では鳥目が災いして視界を確保しにくく、彼らは基本的に日が沈む前に巣へ戻ることが多いのだという。


「逆に討伐隊は夜に発見できれば、コカトリスを仕留めやすいんだろうなぁ。うまく息を潜めて、鳥目のコカトリスを不意打ちできれば……」


 とはいえ彼らが必ず夜行動しないとは限らないし、想定外の事態が起これば危険度は高い。しかし今回に限っては、運よくコカトリスとの接触は回避できたようだ。もし日中の森で遭遇していたら、あの尻尾の蛇と目が合った瞬間に動きを封じられ、毒や石化の被害に見舞われる恐れがあったかもしれない。考えるだけで身震いがする。


「日中にコカトリスに出くわした冒険者さんは、ほんと危なかったろうな……。尻尾の蛇睨(じゃね)まれたら身動き取れなくなるっていうし」


「ボクたち、遭遇しなくてよかった……」


 ハクの念話も穏やかに安堵の気配をまとっていた。フェンリルの子としての潜在能力はあっても、まだ幼いハクが単独でコカトリスを倒すには荷が重すぎる。なにより、ルナ自身が戦闘の素人だ。今回の任務はあくまでも「薬草採集」。無用な戦闘を避けられたのは幸いと言えよう。


 さほど深い森に入らず、川沿いをさかのぼって採集していた分、帰りも同じ道を引き返せば大きく迷うことはない。慣れた小川の流れを聞きながら歩くうちに、夜空に浮かぶ月もだんだん西へと傾き始めた。


「もう少しで街の灯りが見えるかな。ハク、疲れてない?」


「うん、大丈夫。ボクはちょっと眠いけど……」


 思いのほかスムーズに進んだ探索と、あの不思議な“青い光”を纏った共鳴現象によって、ルナもハクも緊張感がほどけてきた。リュックには月花草がたっぷりと詰まっているし、石化治療に役立てるだけの成果は十分だろう。


 心地よい疲労感を覚えつつ、一人と一匹は小川に沿ってゆるやかに下り、街へと続く草原へ足を進める。もし門が閉まっていたら城壁の外でテントを張る覚悟だが、何はともあれ無事に帰ることができそうだ。


「とりあえず今夜は無事でよかった。街に着いたら……うん、ゆっくり休もうね」


 小さなランタンの灯がルナの足元を照らし続ける。その光の先には、ほの暗い空に浮かぶ城壁の輪郭が見え隠れしていた。コカトリスの恐怖も、毒や石化の危険も、今回に限っては遠い世界の話だった――もっとも、こうして無事に帰り着くのは幸運の賜物だろう。


 ハクの足音を聞きながら、ルナはそっと胸を撫で下ろし、もうすぐ訪れる安堵のひとときを想像した。遅い時間に帰っても門が開いていなければ、城壁近くで夜を明かせばいい。月花草の収穫という大きな使命は果たしたのだから、あとは静かな眠りを待つばかりだ。


 夜もだいぶ更けてきた頃、街の灯りがかすかに見え始めたその手前で、ルナとハクはキャラバンと思わしき一団のキャンプに出くわした。そこには荷馬車や大きな荷物の積まれたワゴンがいくつか止められ、すでに周囲には丸いテントが点々と並んでいる。どうやら多くの隊員や商人たちは、夜のうちにここで野営し、明朝に街へ入る算段なのだろう。


 夜空の下で静かに燃える焚き火を横目に、ルナはハクを連れてそろりと近づく。火の側には護衛の冒険者と思しき男が腰を下ろしていた。彼女たちに気づくと、ほんの少し警戒の色をにじませるが、すぐに表情を緩める。


「こんな遅くまでお疲れさん。どうしたんだ?」


 男の問いに、ルナは「夜間採集から戻った冒険者です。あっちの隅の方にテント張らせていただきますね」と軽く挨拶をする。すると、男は大きく頷いて人懐こい笑みを浮かべた。


「おう、そんな遅くまでご苦労なこった。うちらは商会のキャラバンだから遠慮はいらないよ。夜風も冷えるし、気をつけてな」


「ありがとうございます」


 すでに多くのキャラバン隊員はテントで休んでいるようだ。辺りは焚き火の明かりだけが揺らめく静かな時間帯。ルナもこれ以上の移動は無理せず、ここで一晩を越すことを決めた。男に一礼してから、少し離れた場所にテントを張る。念のため街へ向かう門が閉まっているか確かめに行くよりは、今は体力を温存したい。


 慣れた手つきで地面をならし、テントの骨組みを組み立て、布をかぶせて簡単な野営の準備を整える。これまでにも何度かボロテント暮らしをしてきたせいか、さほど苦労しないのは不幸中の幸いだ。テントの中へ入り込むと、身体の芯に残る疲労がじわりと押し寄せてくる。


「ハク、火を焚いて干し肉をちょっと炙ろうか。今日は色々走り回ってくれたしね」


「うん、食べる!」


 ハクの念話が弾んで返ってくるのを聞いて、ルナは小さく笑う。テントの外に作った小さな焚き火台で火を起こし、取り出した干し肉を軽く炙る。香ばしい煙が立ち上り、柔らかくなった肉を割いてハクに差し出すと、ハクは嬉しそうにひと噛み。歯ごたえを味わいながらご満悦の様子だ。


 ルナも同じように干し肉をかじり、噛むほどに染み出す旨味と塩気を感じる。昼夜逆転の行動で空腹感が増していたのか、胃袋が喜んでいるのがわかる。今日あった出来事――夜の森での採集、ハクが青い光を放った不思議な現象――そのすべてが充実感として胸に広がっていた。


「……明日、街に戻ったらギルドへ月花草を届けよう。石化を治療する薬に使ってもらえればいいけど……」


 ハクは「うん」と頷きながらも、もうまぶたが重そうだ。ルナも焚き火の揺れる影を見つめていると、心地よい倦怠感が全身を包み込み、すぐにも眠りに落ちそうになる。外ではキャラバンの護衛が交代で見回りをしているらしく、馬のいななく声やかすかな足音が耳に届く。


 「これで今晩は安心して休めそう……」


 寝袋を敷き、ハクと並んで横になる。ホカホカと温もった身体が、徐々に疲労を洗い流していくようだ。明日の朝、門が開けば街に戻って報告ができる。今日の冒険は無事に終わりを迎えそうである。


 テントの中でルナとハクは互いに体温を感じながら、静かに瞼を閉じた。キャラバンのキャンプ地である程度の安心感もあり、外の警備に励む護衛の冒険者たちに感謝しつつ、一日の終わりを感じる。夜空の下、野営の焚き火がやがて小さくなっていく中で、ふたりは満たされた気持ちとともに深い眠りへと落ちていった。

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