人体を構成していた小片が、巨木の枝に釘でピン留めされていた。
まるでモズの速贄だ。
オレ、土御門一博はとがり気味の顎に手をやった。
人の骸という実感は無かった。
バラバラに飛び散った轢死体に似ているが、人為的に散らされている点が、暗い欲望を持った行為者の意図を感じさせた。
高い枝にも『作品が展示』されている。
枝にキラリと煌めくものが見え、体の芯がザワザワした。
町田市郊外にある永福寺は、廃されたまま年月を重ね、濃い緑に呑み込まれていた。
所轄の町田中央警察署や機捜(機動捜査隊)だけでなく、本庁(警視庁)一課の係長や管理官、本部鑑識も臨場し、黄色いテープが張り巡らされた結界内で、忙しげに動き回っている。
ご神木のスダジイは、樹齢数百年といわれ、無秩序に肥大した幹がグロテスクにくねっている。
ビッシリ生えた苔の上には、蔓植物が絡み付いていた。
二十四歳の誕生日プレゼントがコレか。
苦笑しながらも、この場に、警視庁捜査第一課特命捜査対策室所属の刑事として臨場していることが、いろいろな意味で、このオレにふさわしい気がした。
日向潤管理官のスラリとした姿が視界に入った。
身長が一八八センチあるため、大勢の中でも一際目立っている。
T大法学部出身で三十歳の日向は、超エリートである警察キャリアの中でも特に有望視され、一~二年のうちに警視正に昇進すると噂されていた。
一陣の風が吹き渡って、枝を葉を揺らす。
ズザザザ
蔓植物が絡みついた枝のこすれあう音が異様に大きく響いてくる。
唾を飲み込み、首に手をやった。
指に触れる喉仏の大きさは、オヤジの土御門忠刻ゆずりだ。
血が洗い流され、それぞれ特有の色を見せている。
骨付きブツ切り肉や内臓を思わせる、その一つひとつが、かつて何の器官を形作っていたか想像もつかなかった。
「ひどいもんだ。俺もこんなロク(死体)は初めてだな」
背後で野太い男の声がした。
くたびれたビジネススーツの男が、若い制服警察官と話をしている。
地元、町田中央署の刑事らしかった。
「佐古田主任のような、百戦錬磨のベテラン刑事さんでも初めてですか」
佐古田と呼ばれた刑事は、二年に一度、支給されるスーツを着回しているらしい。
上着が日焼けで退色し、ズボンの折り目は名残も無く、生地は擦れて薄くなっていた。
「今回は考えられない大事件です。本職も、及ばずながら全力で捜査の一翼を担わせていただく所存です」
青い顔をした制服警察官が、うわずった口調でまくしたてた。
「お前は刑事志望だったな。俺はコレが天職だと思って人生のすべてを懸けている。出世は望まず、一生涯、現役のデカを貫くつもりだ。お前も頑張れよ。相談があればいつでも乗るからな」
佐古田は若い警察官の背中をバンと叩いた。
「ハ、ハイ」
生真面目そうな警察官が、殊勝な素振りで答える。
「とはいえ、刑事の志願者は多いからな。俺だって刑事になるまで六年掛かった。並大抵の道程じゃない」
オレの視線に気付いた佐古田は、チラリとこちらを見て、すぐに目をそらした。
喉仏が一度大きく上下する。
五十過ぎに見える佐古田は、ガッシリした体躯で、胴体に太い首がめり込んでいる。
真面目で融通が利かない、いかにも警察官のイメージを体現したような男だった。
「本庁のスカシた奴らには負けん。地域に根を張って頑張っている、本物のデカの底力を見せてやる」
佐古田巡査部長が聞こえよがしに声を張った。
一陣の風が吹き渡ってきて樹々が身震いする。
ホルモンのような臭いが鼻先をかすめた。
肝臓は甘い香りがするなど、臓器によって臭いが違うという。
捜査中の場合、現場と書いて、『げんじょう』と呼ぶんだな。
〝脅迫〟されて警察官になるまで知らなかったが……との思いが、あの日の悔しさとともに頭をかすめた。
「さてと……ジックリ見せていただくか。この俺さまの目でな」
聞こえよがしにつぶやきながら、佐古田が黄色いテープをくぐっていく。
瓦が崩れ、軒先が垂れ下がった山門と、苔むした石段との組み合わせは、オレのような廃墟マニアの目から見れば、恰好の撮影ポイントだった。
オレは『社会の闇と対峙するのが使命だ』って単細胞とは違う。
好きでここにいるわけじゃない。
心の内でブツクサ言いながら、再び、現場に目を戻した。
日向が、スダジイのうねった枝を凝視している。
冴えない黒縁のメガネ越しにチラリと視線を向けてきたので、大げさに目をそらしてやった。