それから数分後。僕らは炊事場の横に併設されている休憩スペースに移動した。
そこで僕と如月さん、卯月と弥生さんの四人で同じ机を囲むようにして座っている。
そしてテーブルの上には、先程作ったカレーを炊き上がったご飯の上にかけたカレーライスがそれぞれ置かれている。
しかし、それは到底カレーライスと呼べないような代物であった。いや、これも全て、僕のせいなのだけど……。
まず見た目からしてヤバいのに、匂いまでもが殺人的だった。それでいて大量の粉末が入ったことで、ルーはドロドロのとろみを帯びていて、米粒にしっかりと絡みつくようになっている。そして色合いといえば、赤黒く、食欲がわきそうに無い色をしている。
最早、これは食べ物ではなく凶器と言っても過言ではないだろう。そんなものが、僕の目の前に鎮座している。しかも、大盛でだ。こうした事態を防げたというのに、やらかした罰ということで沢山盛られたのだった。
そして僕がチラリと横を見てみれば、隣に座る如月さんの目の前にも、同じように劇物が置かれている。これも大盛でだ。
まぁ、如月さんは普通に食べられる辛さなのだろうけど、大盛にされたのはそもそもの戦犯であることから、卯月によって強制的にそう盛られたのだった。
彼女はそんな劇物の山をジーっと静かに見つめていて、食べ始めるのを今か今かと待ちわびているようだった。
それから僕は視線を横にいる如月さんから、正面にへと向けた。僕らの向かいには卯月と弥生さんの二人が座っていて、片や卯月は機嫌が悪そうに、片や弥生さんは苦笑いをしながらこちらを見ていた。
そして二人の目の前にも、僕らと同じ劇物が―――いや、そんなものは置かれてはいなくて、僕らのカレーとはまた違ったカレーが置かれていた。
「やー、でも凄いね。あのカレーをこんな風にしちゃうなんてさー」
目の前に置かれたカレーに対して、弥生さんは恐る恐るスプーンでルーの中身を探りながら、そう呟く。
スプーンを動かして中から出てくるのは、ジャガイモや人参といった野菜類が入っているのは当然として、その他にリンゴやバナナといった果物の類いがルーの中に入っているのが見えた。
色合いもどこか赤黒いのではなく、若干ではあるけれども薄まって白みがかったものに、マイルドになったように感じる。
「ねぇねぇ。これって、何を加えてあるの?」
「とりあえず、果物系の食材と蜂蜜、それと牛乳だ。これで何とか、激辛からは脱したと思う」
「なるほどねー」
「甘いカレーが食べたい奴向けに、そういった食材が準備されてて助かった。これが無かったら、もうお手上げ状態だったぜ……」
そう、あれから卯月は僕と如月さんの分を取り分けた後に、再度カレーを作り直したのだった。激辛になってしまったカレーに水を足し、そこへ甘くなる食材の果物や蜂蜜、そして辛さを落ち着かせる為に牛乳も加えた。
その結果、カレーは大分まろやかなものになり、普通に食べられそうな感じに変わった。この短時間でそこまでやってのけたのだから、卯月は本当に料理が出来る人なんだなと思った。
ちなみにだけど、僕はそのカレーを食べさせてくれる権利はやっぱりというか無いらしい。僕は責任を持って、この劇物を処理するしか道は残されていなかった。
「ただ、これだけやっても、激辛をマイルドにさせただけに過ぎないけどな」
「こ、これでもまだ辛さが残っているんだ……」
「全く、とんでもないものを作ってくれたよな」
「……ごめんなさい」
不機嫌極まりない卯月の言葉に、僕はしゅんとなって謝罪する。如月さんの為とは言え、卯月や弥生さんに迷惑を掛けてしまったことは事実なのだから。
「弥生さんも、すみませんでした。任せてといったのに、こんな結果になってしまって……」
「あ、あはは……いいよ別に。気にしないで。それにしても、如月さんって本当に辛いものが好きなんだね」
弥生さんが如月さんに向けてそう言うと、彼女は何も言わずにこくりと頷いた。そしてそんな彼女の反応を見た卯月がチッと軽く舌打ちをする。
「そもそもあんなことをしなくても、後から辛さを加えれば良かったんだよ。なのに、最初からぶち込みやがって……ったく」
「ご、ごめんなさい……」
「お前もこいつを甘やかすな。だからこうなるんだよ」
「うぐっ……」
ぐうの音も出ないとはまさにこういうことなんだろうなぁ……。確かに僕も悪いところがあった訳だし……。僕は素直に謝った。
すると弥生さんがフォローするようにこんなことを言ってくれる。
「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ、卯月くん。蓮くんも反省してるみたいだしさ」
「はぁ……分かったよ。もういいから、さっさと食おうぜ」
卯月は大きな溜め息を吐きながらそう言ってきたので、僕らは大人しく目の前のカレーを食べ始めることにした。
僕はスプーンで目の前にある劇物へ、ゆっくりと手を伸ばしていく。そして意を決して、それを掬って口の中へと運んでいく。
「っ!?」
僕はその味を舌で感じた瞬間、驚きのあまり目を見開いてしまった。思わず吹き出してしまいそうになるのを抑えて、僕は頑張って咀嚼をする。
これはもう、暴力だ。一口食べただけで口の中に激痛が走るような辛さが襲ってくるのだ。僕は必死に堪えながらも、それでも何とか口に入れた分を飲み込んだ。
たった一口食べただけだというのに、もう汗が噴き出してきてしまっている。これが、激辛カレーの力なのか……。
「か、辛いなんて、もんじゃない……」
「た、立花くん、大丈夫……?」
「だ、大丈夫じゃない、です……これは、その、あれです……」
「えっ?」
「激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム……」
「はぁ?」
僕が発した単語に対して、卯月が怪訝そうな顔をしながら聞き返してくる。この言葉の意味が分かるのは、如月さんと弥生さんの二人だけだろう。
以前に弥生さんの実家である中華料理屋の弥生軒にて食べた麻婆豆腐。そこで如月さんが選んだ辛さである、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームと同じくらいの辛さがこのカレーからはしていた。
あの麻婆豆腐を一口だけではあるけど、食べた僕には十分に分かってしまう。これはかなりの強敵だ。しかし、作ってしまった以上は。これを完食しないといけない訳で、つまりはこの劇物と向き合わなければならないということだ。
そう思うと気が遠くなりそうだったけれど、ここで諦める訳にはいかないので、僕は再び覚悟を決めてスプーンを手に取り、劇物に立ち向かっていったのだった。
正面を見てみれば、卯月と如月さんもカレーを口に運んでいる。しかし、僕の食べているものよりかは辛さは抑えられている為か、二人はそこまで苦戦はしていない。しかし、やっぱり辛いことには変わりはないみたいで―――
「う、うぅ……バナナが辛いよぉ……お水ぅ~……」
弥生さんは涙目になりながらも、コップに入った水をごくごくと飲んでいて、少しでも辛さを和らげようとしているみたいだった。そして隣にいる卯月に至っては普通に食べ進めていた。
「う、卯月はそれ、辛くないの……?」
「辛いっての。ただ、あれだ。慣れだよ、慣れ」
「慣れ……?」
「昔からこんな味付けが好きな奴といたから、慣れちまったんだよ」
卯月はそれだけ言うと、後は黙々と食べ進めていく。彼が誰のことを言っているのかは分からなかったけど、おそらくは如月さんみたいな人が彼の身近にもいたんだろうと思った。
そして肝心の如月さんといえば、彼女は無言のまま、手を止めることなく劇物カレーを食べていた。汗も掻いている様子はなく、表情も一切変わらないまま、ただ淡々とカレーを口に運び続けている。
こんなに激辛だけども彼女は一切動じない、流石の貫禄であった。まぁ、全ての元凶ではあるんだけれども。
他のクラスのみんなは各自で盛り上がりつつ、楽しそうに昼食を食べている中、僕らの班は完全にお通夜状態である。こんなことになってしまって、本当に申し訳なく思ってしまう。僕はそんなことを思いつつ、ゆっくりであるけれども、食べ進めていくのだった。