先生が立ち去った後、僕らの班は食材と調理器具を囲んでお互いの顔を見合った。それから真っ先に弥生さんが口を開いた。
「さて、どうしよっか? まずは役割分担を決めないとだよね」
弥生さんの提案を聞いて、僕は考える。まず、料理が得意な人はいるのだろうか? ちなみに僕はというと、料理に関してはからっきしだったりする。
家では母親が料理をしてくれるから、僕が作ることなんてまず無かったりする。僕が出来ることといえば、お米(無洗米)を洗って炊飯をすることと、ピーラーを使っての野菜の皮むきくらいだ。あとは簡単な手伝いをした程度。
つまり、全くと言っていいほど、料理の経験は無いのだ。そもそも、実家暮らしをしている男子高校生に、家事能力なんて期待をしない方がいい。
そうなると、他の三人に期待をしないといけないんだけども……みんなの実力はどんなものなのだろうか。
僕の勝手な推測になるけれども……如月さんと卯月にはあまり期待は出来そうになかったりする。二人ともこういったことには疎そうだし、何より二人がまともに料理が出来るイメージが全く湧かないからだ。
イメージで言えば、如月さんは両手で包丁を持って具材を両断しようとしたりして、卯月はなんか包丁を逆手に持ったり、腰だめに構えたりしている方が似合ってそうに思えた。
となると、頼れる存在となるのは弥生さんただ一人だけということだろう。彼女は何より、実家が中華料理屋を営んでいるからこそ、この分野においてはかなり頼りになりそうだった。
「役割分担って言っても、たかだかカレーを作るだけだろ。そこまでやることも無いだろ」
「でもでも、料理が苦手な人もいるかもしれないし、みんなで役割を決めて、協力して作った方が良いんじゃないかな?」
卯月が頭を掻きながらそう口にして、それに弥生さんが続いた。ちなみに今回、僕らが作るのはカレーである。こういった校外学習での調理では定番中の定番であり、誰もが一度は作って食べたことがあるであろうメジャーなメニューの一つだろう。
具材を切って煮込み、ルーを入れて味付けをすれば完成なので、特に難しいことは無いと思う。しかし、いくら簡単だからと言って、油断していると失敗する可能性も高い。だからこそ、慎重に行う必要があると言える。
「ということで、全員に質問でーす! この中で、料理が出来る人は手を挙げてくださーい!」
弥生さんはそう言って、みんなに挙手をするように促した。僕はもちろん出来ない側の人間なので、手を挙げたりなんかはしない。そして他のみんなの動向を伺うと……そこには衝撃的な光景があった。
「……」
「……」
「……え?」
何と、僕の目の前では如月さんと卯月の二人が、控え目に手を挙げていたのだった。そして頼れる人物だと勝手に思っていた弥生さんは手を挙げていなかったのだ。
予想外の事態に驚きを隠せない僕だったけど、とりあえず何か言わないといけないと思い、慌てて口を開く。
「き、如月さん、卯月も料理出来るんだね」
「……ん」
「まぁ、な」
僕の問い掛けに二人は短く答える。その短い返答だけで、二人の性格が良く表れていると僕は思った。
「え、えっと……弥生さんは、料理は出来ないんですね?」
「あはは、ごめんねー。実はそうなんだ」
申し訳なさそうに笑って、頬をポリポリと掻く仕草を見せる弥生さん。それを見て、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「盛り付けとかー、デザートの果物を切るくらいなら出来るんだけどね」
「い、意外ですね……弥生さんなら、得意と思ったんですけど……」
「あはは、よく言われるよー。でも、どうも苦手でね。けどさー、如月さんと卯月くんが料理が出来るのも意外だよね」
「うっせぇ」
「……」
弥生さんの指摘に対して、卯月は不機嫌そうに、如月さんはどうでもいいとばかりに顔を逸らした。それを見た弥生さんは苦笑しつつ言葉を続ける。
「ま、まぁ、そういうことだからさ! みんなが協力しながら、頑張って美味しいカレーを作りましょー!」
「そ、そうですね!」
弥生さんの言葉に僕はそう言って応じて、如月さんと卯月の二人は特に何も言わずに頷くだけだった。その様子を見て、弥生さんは少し困ったような表情を浮かべた後に、改めて僕たちを見回して口を開いた。
「それじゃあ、役割を分担しようか。料理が出来る如月さんと卯月くんには調理を担当して貰って、あーしと立花くんはお米を炊いたりとか、そっち方面でサポートするってことでいいかな?」
「分かりました」
「おう」
僕と卯月がそれぞれ返事をすると、弥生さんも頷いて言葉を続けた。そして調理担当の二人はまず野菜の仕込みから始めていく。人参やジャガイモといった野菜を軽く水洗いをした後、如月さんはピーラーで、卯月はなんと包丁で綺麗に皮を剥いて切り分けていった。
そんな二人の様子を感心しつつ見ていると、弥生さんが僕の肩をツンツンと突っついてきた。そして僕に向かって声を掛けてくる。
「じゃあ、こっちはこっちで頑張ろうか!」
「あっ、はい。そうですね」
僕はそう言うと、弥生さんと一緒に材料と器具を持って炊事場へと向かった。流石に野外である為、お米を炊く炊飯器なんてものはないから、飯盒を使って炊飯をすることになる。
そしてお米を炊くには火が必要不可欠なんだけれども、それに関しては釜谷先生が準備をしてくれているみたいだ。流石に火を起こすのは大変だからね。あと取り扱いに気を付けないと危険だから、という理由もあるらしい。
そんな訳で、僕らはお米と炊く為の飯盒を洗浄をして、準備を進めていく。そしてお米を炊いている間に食器だとかその他の準備についても進めておくことにした。
とは言っても、炊飯が始まったらご飯が炊けるまでは特に何もすることが無くなるんだけれどね。その間に弥生さんが僕に話し掛けてきた。
「いやー、それにしても、まさかあの二人が料理が出来るとはねー」
「本当ですよね。僕もびっくりしましたよ」
弥生さんの言葉に頷きながら同意する僕。如月さんと卯月の意外な一面を垣間見たような気がする。
けど、卯月はともかく、如月さんは独り暮らしをしていると言っていたから、家事は出来ても不思議ではないのかもしれないけどね。それでもちょっとビックリしてしまったというのが本音だ。
「でも、大丈夫かなー? ちょっと心配なんだよねー」
「え? そうですか? 料理が出来るのなら、任せても問題はないんじゃ……?」
僕が疑問を口にすると、弥生さんは小さく首を横に振って否定した。
「ほら、確か如月さんって辛いの大好きだったじゃん。それでカレーにも辛さを求めてきたらどうしようかなーって思っちゃってさ」
「あ、あぁ……確かにそれはありえますね……」
僕はそれを聞いて納得したように頷いた。実際、如月さんは辛いものが大好きな子だったはずだ。少し前に弥生さんのご両親が経営する中華料理屋で、ヤバい程に辛い麻婆豆腐を涼しい顔で食べていたぐらいだ。
そんな彼女がカレーに辛過ぎる味付けを求める可能性は十分に考えられることだった。もしもそんなことになれば、大変な事態になってしまうだろう。
「で、でも……流石にそうなったとしても、それは卯月が止めてくれるんじゃあ……」
「うーん……まぁ、そうなんだけどさー」
弥生さんは煮え切らない返事を返す。そんな彼女の反応を見て、僕は少しだけ不安になってしまった。
もしかしたら大変なことになるかもしれないという予感が頭を過ぎったからだ。