バスから降り、班ごとに分かれて行動を始めてから少しして、僕らは先導する釜谷先生の後ろを、クラスの中では最後尾の位置取りで歩いている。
森林公園ということもあり、道はしっかりと歩けるように整備されているので、変に疲れたり歩きづらかったりすることは無かった。
そして他のみんなが談笑しながら歩き、固まって行動する中で、ポツンと孤立するように僕らの班だけ離れて歩いていた。
理由はまぁ……色々とあったりするのだけれども、大きな理由として挙げるならば、如月さんと卯月の存在が原因だとも言える。あの二人がいるだけで、どうしても周りから人が遠ざかってしまっている。
如月さんはまずクラス内では人嫌いで有名だし、変わっているということで友達もいない。言い寄ってくる男子は以前にはいたけど、今は偽装彼氏役の僕がいることで、完全に諦めてしまったようだ。
卯月については言わずもがな、その風貌と人を威圧するような鋭い眼光、彼の人を突き放すような素っ気ない態度によって、クラスでの評判はかなり悪いみたいだ。
本人はあまり気にしていないみたいだけど、それでも周りの評価を気にするようなタイプだったら、今頃ストレスとか凄そうだなぁと思う。
そんな二人がいるからこそ、僕らの班にはクラス一のムードメーカーである弥生さんがいるにも関わらず、この有様である。何なら他の班にいる弥生さんと仲が良い面々は、何度か話し掛けようとする機会を伺っているのだけれども、伺うばかりでちっともこっちに歩み寄って来ない。
つまり、如月さんと卯月の二人が高度な人よけとして機能をしているということだ。そして僕という如月さん専用の鳥よけも加わることで、効果はさらに倍に。
何ということだ。この班、あまりにも完璧過ぎるじゃないか。……マイナスな方向性に。まさに負のトライスクワッドと言えるだろう(多分違う)。
そんなことを考えながら、僕は先を歩く如月さんの後ろ姿を見つめる。彼女はいつも通り無表情で真っ直ぐ前を向いて歩いていて、周りを一切気にしていなかった。そんな彼女を見ていると、不思議と安心感を覚えてしまう。
こうした普段と違う状況なら、誰でも浮ついてしまうのが普通だと思う。現に他のクラスのみんなはいつも以上にはしゃいでいる。しかし、そんな中でも如月さんは全く変わらない。自分を見失っていない証拠なのだろう。
そうした在り方が如月さんらしくて、とても格好良いと思ってしまう自分がいた。そう思いつつ僕が見つめていると、その視線に気が付いたのか彼女が振り返ってくる。
「……なに?」
「えっ!? あ、いや……」
突然のことに動揺してしまい、慌てて誤魔化しつつ目を逸らす僕。それを見た如月さんは怪訝そうな表情をしている。
「……?」
「え、そ、その……き、如月さん、つ、疲れたりとか、してない、かな?」
慌てながらもなんとか言葉を紡ぎ出す僕。それに対して、如月さんはいつもの調子で返事をする。
「……どうして?」
「ほ、ほら……この間、少し体調を崩していたから……病み上がりで大丈夫かなって、思って……」
「別に大丈夫」
「そ、そっか……それなら、良かったよ」
「ん」
短く返事をしながら頷く彼女を見て、誤魔化し切れたかと安堵していると、今度は彼女が僕に質問してくる。
「そういう蓮くんは、大丈夫なの?」
「え? 僕?」
「うん」
「え、えっと……何で?」
「この間の山登り、すぐに疲れてたから」
「あ、あぁー、あれは、その……」
確かにあの山登りでは、僕は早々にバテてしまっていた。如月さんに良いところを見せようと見栄を張ってしまい、序盤で体力を使い果たしてしまったのだ。
その後、如月さんには情けない姿を晒してしまったこともあり、恥ずかしくて忘れたかった出来事でもある。
「い、いやぁ、あれはその、ちょっと張り切り過ぎちゃって……」
「そうなんだ」
「う、うん……だから、その、今日は大丈夫だよ」
「そう」
僕の返事に対して、如月さんは淡泊な反応を見せる。すると、如月さんは少し首を傾げながら、僕を見て言った。
「また、背負った方がいい?」
「えぇっ!?」
如月さんの言葉に、僕は以前と同じように驚いてしまい、大声で反応をしてしまった。まさか、再び彼女から言われるだなんて思わなかったから。というか、あの時は背負って貰って無いよぉ!?
「……冗談」
如月さんはそう言って、僕から顔を逸らす。どうやら今回も前回と同様に、本気じゃなくて如月さんジョークだったようだ。そのことにホッとしたような残念なような複雑な気持ちを抱きつつも、僕は苦笑いしながら言う。
「か、勘弁して下さい……」
「ん」
それだけ言うと、如月さんは前に向き直ってしまった。本当に彼女の考えることだけは良く分からなかったりする。するすると掴みどころが無く、それでいて気まぐれで自由奔放。まるで猫のようだと思った。
「……お前、如月にそんなことさせてたのか?」
「えー立花くん、如月さんにおんぶして貰ったんだぁ~。へぇ~」
そして僕と如月さんが会話していた内容を聞いた卯月と弥生さんの二人は、それぞれ違った反応を見せた。弥生さんは意外そうに驚いた表情を浮かべており、一方、卯月は軽蔑したような眼差しを向けてきていた。その視線を受けて、僕は慌てて弁明する。
「し、してないよ! あれはただ、如月さんが冗談で言ったことで、何もして貰ってないから!」
「本当かよ?」
「本当だよ!」
訝しげな表情で聞いてくる卯月に、僕は必死に反論した。すると彼は大きく溜め息を吐いてから、やれやれといった様子で首を横に振る。
「まぁ、いいけどよ。あんまり変なことすんなよ」
「しないってば……」
卯月にそう言われて僕はそう口にするけど、しないというよりも出来ないと言った方が正しい。僕にそんな如月さんに変なことをする勇気なんてありません。そんなことを思いながら、僕らは先に進んで行くのだった。
そしてしばらく歩いた先で、僕らは予定していた場所に辿り着く。そこはキャンプ場のような場所で、近くには川もあり炊事場もあったりする。時期になれば、水遊びやバーベキューなどが楽しめそうな場所だった。
今回、ここで昼食を食べることになっているが、それは弁当といった既に出来上がっているもの食べるという訳じゃない。今から行われるのは、班ごとでの調理実習だ。班員全員でどうにか協力をして、これから自分たちが口にする昼食を作り上げるのである。
とは言っても、食材自体は自給自足みたいな無理難題のサバイバル仕様じゃなくて、事前に使えるものが用意されているので、後はそれを如何に美味しく作るかが重要になる。もし失敗でもすれば、自分たちが食べることになるのだから当然だ。
「それじゃあ、あんたたち。くれぐれも怪我だけはしないようにね。分からないことがあれば、すぐに報告をすること。いいわね?」
釜谷先生がクラス全員に向けてそう言うと、生徒たちから元気の良い返事が返ってくる。それを聞いて満足そうに笑みを浮かべると、先生はその場を後にしたのだった。