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迎えた校外学習の当日。移動中の車内にて



「はい、それじゃあ点呼とるわよー」


 釜谷先生による強制的な班決めが行われてから数日が経過し、今日はいよいよ校外学習の当日を迎えた。学校の校門の前に集合をした僕らは、そんな先生の呼び掛けを聞きながら、全員が体操服と学校指定のジャージを着こんだ上で整列をしている。


 今回の校外学習についてはまずバスでの移動から始まり、一時間以上の移動時間を経て、目的地に到着する予定となっている。その目的地というのは緑が豊かな森林公園である。


 そこで僕たちは決められた班ごとに行動をして、予め決めてある計画通りに一日を過ごすことになっている。その行動予定については、以前に弥生さんと協力をして纏め、作成したプリントに記載されている通りだ。


 僕は鞄の中からプリントを取り出して、何度目か分からない確認を行った。校外学習とは銘打ってはいるけれども、実質的な意味合いで言ってしまえば、これは遠足と大差ない行事と言えるかもしれない。


 詰まるところ、今回の学習において学ぶべきポイントとしては集団行動や協調性、またコミュニケーション能力の向上などが主な内容となる。その為、この行程における僕たちの行動も班別に分かれて行動するという形になっているのだ。


 ……うん、僕が苦手とする部分しかないぞ(白目)。普段であれば先のことを考えてしまって気が重くなるところではあるけれども、今回は少し違った。


「とりあえず、いない子がいるなら返事をしなさーい」


「ちょっと、せんせー! ここにいなかったら、返事が出来ないじゃないですかー!」


「あら、ごめんなさいね。うっかりしていたわ」


 弥生さんがここぞとばかりに指摘をし、釜谷先生はそう言って笑いながら謝罪の言葉を述べると、クラスのほとんどの生徒が吊られてクスクスと笑い出した。


 まぁ、こういった場合のお決まりというか、定番のネタというやつだ。似たようなもので言えば、校長先生による皆さんが静かになるまで~ネタがあったりする。


 そうしたみんなが笑う中で、そうはしない協調性が無いと言うか、我関せずといったスタイルの猛者が複数名……いや、二人ほどいた。


 それは退屈そうに欠伸をしている卯月と、一人だけ空を見上げて何かを考えている如月さんの二人だった。あの二人だけは他の生徒たちと違って、楽しそうに笑ったりもせずに、いつも通りの表情をしていた。


 僕はそんな如月さんを見て、自然と表情を緩めてしまうのを自分でも自覚しながら、彼女のことを見つめていた。正直、彼女がこの校外学習に参加するかどうかは分からなかったけど、それでもこうして参加をしてくれたことは素直に嬉しかった。


「それじゃ、みんな揃ったみたいだし、そろそろ出発するわよ」


 釜谷先生のその言葉を合図に、クラス委員長が号令を掛けて、僕たちは一斉に立ち上がり、移動の為に貸し切ったバスに乗り込んでいく。


 席順は事前に決めてあるので、誰がどこに座るとかそういうので揉めるということは無かった。みんながそれぞれ割り振られた席に腰を下ろすと、先生が運転手さんに声を掛けてバスが発車する。


 ここから目的地までは先程も説明した通り、一時間以上は掛かる。それまでの間に何かあるかと言えば、何もすることはない。ただ淡々と移動をするだけの時間になる。


 しかし、そうした時間をただ無言で過ごすということは、若い少年少女たちにとっては非常に苦痛なことでもある。そして、そういう状況下においては、必然的に誰かが話を振ったりして、会話が始まることになる。


 だからこそ、バスの車内は学校を出発してから数分も経たないうちに、大盛り上がりの様相を見せていた。主に盛り上がっているのは男子たちなのだが、女子たちも負けじと話に花を咲かせたりしている様子だった。


 そんな中でも特に目立っていたのは、やはりと言うべきか、弥生さんを中心とした席周りだった。


「ていうかさー、あーし、向こうについてから超楽しみなんですけどー!」


「うんうん! あたし、めっちゃテンション上がってきたわー!」


「だよねーっ!? あ、でもさ、それって当たり前じゃない? だって、これから行くとこって、めちゃくちゃ広い自然公園でしょ? 事前に調べたけど、マジ面白げな場所だったよー」


「そうそう! 絶対に楽しいじゃん!?」


「あーもうっ! 早く行きたいなー!!」


「ね、ね。着くまで退屈だしさー、トランプでもやらね? ウチ、持ってきちゃったんだよね」


「おー、いいじゃん! いいじゃん! やろやろー! あーし、めっちゃババ抜き得意だからねー!」


 そんな感じで、彼女たちははしゃぎながらカードゲームを始めた。彼女たちは楽しげに会話をしており、時折笑い声も聞こえてくる程であった。その光景はまるで仲のいい友達同士の集まりのようで、とても微笑ましい光景だと思えた。


 けど、そんな弥生さんを見て、僕は思ってしまう。彼女が語った数日前の言葉を思い出してしまう。


『多分、楽しくなんて難しいかなー』


 あれだけ楽しそうにしているのに、彼女は何故かそう言っていた。ということは、今の彼女の姿は嘘で塗り固められたものなのだろうか。


 でも、とてもそんな風には思えない。むしろ、今の方が自然体のようにさえ思えるくらいだ。そんな姿を見て、僕はますます彼女のことが分からなくなった。


 そして僕は弥生さんから視線を移して、今度は窓際の席で外を見つめている如月さんに視線を向けた。彼女は相変わらずみんなの輪の中に入らず、興味を持つこともしない。徹底的に周りを無視しているかのようだった。


 時折、誰かが話の合間で如月さんに話し掛けようとするのだが、それを聞こうともしない。というよりも、彼女はイヤホンを耳に付けており、周りの声を聞こえないようにしていたのだ。


 そんな如月さんの姿勢や様子に、次第に声を掛ける者は減っていき、今では誰も彼女に声を掛けようとはしない。まるで腫れ物を扱うかのように、誰もが彼女に対して距離を置くようになっていた。


 いじめとかそんなものでは無く、如月さん自身が選んだ孤立。彼女が行きたくないと言っていたのは、こうした空間に一緒にいたくなかったからなのかもしれない。そう考えると、一緒の班になりたいと、一緒に行きたいと誘った僕としては罪悪感を感じずにはいられなかった。


「……はぁ」


 そう思うと、溜め息が自然と出てしまった。どうにかしてあげたいけど、僕にはそれをどうすることも出来ない。せめて話し相手にでも……なんて思っても、彼女はそれを望まないだろう。


 なら、ここは話し掛けない方が良いのだろうと僕は思った。そして視線を如月さんから外して、車内の天井を見上げた。そうしてただボーっとしていると、不意に隣から声を掛けられる。


「しけたツラしてんな」


「え?」


 その声に反応するように顔を向けると、そこには僕の隣、窓側の席に座っている卯月の姿があった。彼は頬杖をつきながらこちらを見ており、その視線からは呆れの色が見て取れた。


「混ざりたいなら、混ざってこいよ。見てるだけじゃ、輪に入れねえぞ」


「いや、別にそう言う訳じゃ……」


 卯月の言葉に思わず反論しようとした瞬間、彼は続けて言った。


「そうじゃないなら、如月にでも話し掛けてこいよ。あいつもちょうど、一人でいるからよ」


「……」


「彼氏だったら、それくらい出来るだろ? あいつのこと、気遣ってやれよ」


「……いや、いいよ」


「……何でだよ」


「だって、僕が話し掛けたら迷惑だと思う。多分、今は一人でいたいと……思う」


 自分で言っていて悲しくなってくるが、これが紛れもない事実だと思う。だから、余計なお節介を焼く必要は無いと思うし、何より、それが彼女にとって良いこととは思えない。


 僕はそう思って答えたのだけれど、それに対して卯月は不機嫌そうな表情を浮かべながら、こう言った。


「そうかよ」


 その一言だけ言うと、それ以上は何も言うことなく、卯月は再び窓の外へと顔を向けて黙り込む。そんな彼の態度に、僕もこれ以上何かを言うことはしなかった。


 結局、そのまま会話が再開されることはなく、僕たちを乗せたバスはそのまま目的地に向かって走り続けていくのだった。



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