え? え? 何この状況? 一体どういうこと? なんで僕は如月さんに呼び出された上に放置されているの? 全くもって意味が分からないんだけど?
……もしかしてこれは、新手のいじめか何かなのだろうか? それとも、昼休みに如月さんの機嫌を損ねてしまったから、その罰だったりするのでは?
いや、違うよね……流石にそんなことあるわけないもんね……うん、無い無い……きっと何かの間違いだ。ははは……はぁ……。
現実逃避しそうになる思考をなんとか抑え込んでみたけれど、状況が変わることはない。相変わらずこの場にいるのは僕一人だけだし、頼みの綱である如月さんもどこかへ行ってしまったわけでだ。
かと言って、僕がここから動くわけにもいかないので、こうして一人寂しく黄昏ることしか出来ないのである。
そうしてしばらくの間何をすることもなく突っ立っていると、ふとドアの開く音が耳に飛び込んできた。如月さんが戻ってきたのだろうか―――そう思った僕だったけど、その予想は大きく外れることになった。
「おっ、いたいた!」
何故なら、僕の耳に入ってきた声は、どう聞いても男性の声だったからである。しかも、聞き覚えのないような声をしているので、間違いなく僕の知らない人物であることが分かる。つまり、少なくともうちのクラスの生徒ではないということだ。
しかし、そうなると誰なんだろう? 僕が耳を澄ましていると、足音は僕の傍から遠くなっていく。それはつまり、屋上の出入り口から離れていっていることを意味することになる。
恐らくだけど、僕がいる位置から反対の方向へ歩いていったのだろうと思う。一体だれが来たのか、僕は恐る恐る出入り口の横の陰から顔を覗かせて、その人物の姿を捉えてみた。すると、そこにいたのは一人の男子生徒だった。
僕がいる位置からは彼の後ろ姿しか見えないけれども、見た感じとしてはチャラそうな雰囲気を漂わせている。茶髪で髪形は今風な感じをしており、制服を着崩していてどことなく軽薄そうな印象を受けた。身長は僕よりも高いようで、スラっとしたモデルのような体格をしていた。
そんな彼が向ける視線の先。そこには如月さんが立っていた。といっても、向き合っている訳じゃない。如月さんは彼を見ておらず、フェンスの傍に立って景色を眺めているようだ。
そして彼はそんな如月さんの姿をじっと見つめていた。あれ……? 何だろう、この感覚。
僕は彼の姿を見て、何故だか心がざわつくのを感じた。それは決して嫌悪感とかそういうものではなく、どちらかと言うと苛立ちに近い感情だ。
僕は自分でもよく分からないモヤモヤとした気持ちを抱えながら、二人の様子を伺っていた。
彼は如月さんのすぐ近くまで歩み寄った後、その場に立ち止まった。それから少しの間だけ沈黙が続いたが、やがて意を決したように言葉を発した。
「ごめん、ごめん。ちょっと遅れちゃったかな」
「……」
彼の言葉に対し、如月さんは何も応じなかった。相も変わらず学校の外に視線を向けていて、彼をまるで見ていない。そうした彼女の態度に彼は苦笑いを浮かべると、頬をポリポリとかきながら話し始めた。
「いやぁ、ごめんごめん。これでも急いで来たんだけどさ、思いのほか準備に手間取っちゃってね」
「……」
「本当はもう少し早く来るつもりだったんだよ? だけどほら、俺にも色々と付き合いもあるしさ。そういうの断れないんだよね~」
「……」
「いやホント、困っちゃうよねぇ~あははっ!」
彼は懸命に如月さんへ声を掛けているが、彼女はそれに対してうんともすんとも言わない。しかし、それでもなお彼は話し掛け続ける。
めげずに話し掛け続けているところを見ると、もしかしたら諦めが悪い性格なのかもしれないと思った。もしくはそうした彼女の態度に何も思っていなくて、ただ単に自分の話に夢中なだけなのかもしれないけれども。
しかしまぁ、それにしても不思議な光景だなぁと思う。というのも、さっきから見ている限りだと、どう見ても如月さんが相手にしていないようにしか思えないからだ。それなのに彼は一方的に話し続けていて、何だか滑稽というかなんというか……とにかく変な人だなという印象を受けるのだった。
「それでさ! 俺的にはもっとこう――」
「……ねぇ」
「ん?」
如月さんは依然として彼に背を向けたままだったが、ついに痺れを切らしたのか短く言葉を紡いだ。その声色からは若干の苛立ちのようなものを感じることが出来たけど、果たしてそれが彼に伝わったかどうかは微妙なところだ。
「……うるさい」
「あーごめん、ごめん! ついついテンション上がっちゃったみたいでさぁ!」
「だから、うるさい」
「……」
「私、静かにしてって言ったはずなんだけど」
「……はい、すみません」
ようやく反応してくれたことに喜んだのか、調子に乗ってさらに喋り続けようとしたところを見事に撃沈する彼。さっきまでとは打って変わってすっかり萎縮してしまっているようだ。その姿はさながら飼い主に叱られた子犬のようで、見ていて可哀想になってきた。
「……それで?」
「え?」
「それで?」
「えっと……それで、と言うと……?」
「用件は何って聞いてる」
先程より少し語気が強まった口調でそう問いかける彼女に対して、目の前の男子生徒は明らかに狼狽えているようだった。心なしか顔色も悪くなってきているような気がする。……彼の顔は見えないから、気のせいかもしれないけれども。
しかし、そんな様子にもお構いなしといった様子で彼女は淡々と言葉を続ける。
「わざわざ呼び出しておいて、用が無いなんてことはないでしょう?」
その言葉を聞いた途端、彼はハッとしたような表情を浮かべた後に慌てて口を開いた。
「そ、そうだった! 実は君に話したいことがあってさ……!」
「……何?」
先程までとは違い、明らかに不機嫌そうな声音になった如月さん。そしてここで初めて彼女は振り向いて、彼に視線を送っていた。その様子はまるで氷のように冷たく、鋭い眼光を放っているように見えた。それを受けてか、彼もまた緊張しているのか身体を強張らせているようだ。
そんな彼の様子を知ってか知らずか、如月さんは更に言葉を続けた。
「さっさと話して」
その言葉に彼はビクリと身体を震わせたが、すぐに深呼吸をしてからゆっくりと口を開く。どうやら覚悟を決めたらしい。
「……その、なんだ。まずはいきなり呼びつけて悪かったと思ってる」
そう言って頭を下げる彼だったが、対する如月さんは相変わらず無表情のまま冷たい眼差しを向けているだけだった。
「それで、その……今日、君を呼び出した理由なんだけど―――」
そこまで言って一旦口を閉ざしてしまう彼だが、その視線はずっと彼女に注がれたままだ。その表情には不安の色が浮かんでいるようにも見える。
けど、彼は意を決すると再び口を開いて続きの言葉を吐き出した。
「あ、あのさ……! 俺と付き合ってくれないかな!?」
その瞬間、屋上全体が静寂に包まれた気がした。僕も薄々はそんな雰囲気は感じていたけれども、こうして誰かが告白するところを目撃するのは生まれて初めての経験だったこともあり、思わず息を呑んでしまったほどだ。それくらい衝撃的な出来事だったと言えるだろう。
……というよりも、これ。何で僕はこんなところを見せられているんだろう? 如月さん、この為に僕を呼び出したりしたのだろうか? いやでも、いくらなんでもそれは無いよね? 僕、別にそんな趣味嗜好は無いよ?
僕はそんな事を考えつつ、固唾を呑んで彼らの様子を見守った。一方、目の前で突然愛の告白を受けた張本人である如月さんはと言えば――何故か全く動じていなかった。それどころか冷めた目で相手を見つめているくらいだ。
いや、もう……本当何なんだろうね、この状況。僕としてはこのまま立ち去っても全く問題ないのだけれども、如月さんからは呼ぶまでここから動かないでって言われているから、そうすることも出来ないわけで。つまり僕に逃げ場はないということである。