翌日になり、いつもと同じように登校した僕は自分の席に着いてぼんやりとしていた。昨夜はあまり眠れなかったこともあり、眠気が酷いのである。
そんな状態で授業を受けていたせいか、気付けば昼休みになっていたようで、周囲の喧騒が自然と耳に入ってくる。そんな喧騒の中でふと周りを見回してみると、教室内には既に如月さんの姿が無かったことに気付く。どうやらどこかに行ってしまったようだ。
どこに行ったんだろうと、そう思いながら教室内をきょろきょろと見回していると、僕のスマホがブルッと震えたのが分かった。
何の知らせかと思ってスマホを起動させてみると、そこにはメールの通知が入っていたようだった。相手は誰かと思って確認してみると、なんと送り主は如月さんからだった。
それを見た途端、一気に目が覚める感覚に襲われる。何故ならこれが、如月さんから送られてきた初めてのメールだったから。
アドレスは交換をしていないので、電話番号を利用したショートメッセージでそれは送られてきた。
僕は逸る気持ちを抑えながら、急いで内容を確認する。そこには短くこう書かれていた。
【今から屋上に来て】
その文章を目にした瞬間、僕はガタンッと音を立てて椅子から立ち上がる。その音に気付いた何人かの視線がこちらに向けられるのを感じたけど、そんなことは気にしていられなかった。そして僕はすぐさま屋上を目指して駆け出したのだった。
教室を出ると、廊下には昼休みを迎えたことによって人で溢れ返っていた。その中を縫うように走り抜けていく僕の姿は傍から見るとかなり目立っていたに違いないだろうと思う。
だけどそんなことには構っていられないとばかりに廊下を駆け抜けていき、階段を一段飛ばしで駆け上がっていった。それだけ僕の気持ちは高揚していた。
そして遂に辿り着いた最上階にある屋上へと続く扉の前に立つと、呼吸を整えてからドアノブに手を掛けた。そして勢いよく扉を開くと同時に声を上げる。
「き、如月さ……ん……?」
しかし、その声は尻すぼみになってしまい最後まで言い終えることができなかった。なぜなら目の前に広がる光景を前にして唖然としてしまったからだ。
というのも、そこに広がっていたのは人っ子一人いない閑散とした空間だったからだ。昨日のようにフェンスの近くに如月さんはいるかと思ったけども、そこには姿は無いし、見渡してみてもどこにも姿は窺えない。
そこでようやく気付くことができた。僕が呼び出したはずの彼女の姿がどこにもないことに。え、何で?
もしかして、呼び出された場所は屋上じゃなかったのではと思い、僕は確認の為にスマホを取り出してもう一度メールの内容を確認してみることにする。しかし、やはり間違いなくこの場所を指していることが分かった。ということはどういうことだろうか?
考えられる可能性としては二つある。一つ目は単純に如月さんが指定した場所を間違えたということ。もう一つは僕が急ぐあまり、彼女を追い越してここに向かってしまったということだ。
どちらにせよ、今この場に如月さんがいないことだけは間違いない。さて、どうしたものかと途方に暮れていると―――
「ねぇ」
突然背後から声を掛けられてビクッとしてしまう僕。しかも、その声は聞き覚えのある声だった。そう、その声はまさしくたった今考えていた人物の声だったのだから。驚きのあまり勢い良く振り返ると、そこには―――誰も立っていなかった。
「……あれ?」
おかしい。確かに如月さんの声がしたと思ったのに、振り返ってみても誰もいない。一体どういうことだ? 不思議に思って首を傾げていると、再び声が掛かる。
「ねぇ」
その声を聞いて再び振り返るが、やはり声の主と思われる人物は見当たらない。周りには誰もいない。やっぱり変だなと思っていると、再び声が聞こえてくる。
「上」
その声に釣られて頭上を見上げると、屋上よりもさらに突き出た部分、僕が立つ出入り口の横にある梯子を上った先にある給水塔。その傍でちょこんと座る少女の姿が目に飛び込んできた。
それは紛れもなく、探し求めていた如月さんであった。彼女はこちらを見下ろしているけど、その表情は相変わらず無表情である。いや、そんなことよりも……どうしてあんなところに……?
彼女がそこにいる理由は全く分からなかったけど、とにかく僕は慌てて彼女に声を掛けた。
「ご、ごめん! 待たせちゃったかな?」
「別に……それほど待ってないよ」
そう言って静かに答える彼女は全くの無表情。感情が読めないので、本当にそう思っているのか判別がつかないところだ。とはいえ、怒ってはいないようなので一安心といったところか。
それにしても驚いたものだ。まさかあんな場所にいるなんて思いもしなかったから。僕なんて怖くて上れないから、あそこにいこうと思ったことさえない。
「えっと……それで、僕に何の用事なのかな?」
そして僕が改まってそう尋ねてみると、彼女は無言で手招きをする。どうやらここまで来いということらしい。けど、無理です。上れません。
なので僕は両手を挙げた後に首を横に振って無理だということをアピールすると、彼女は小さく溜息を吐いた後でゆっくりと立ち上がった。そして梯子に手を掛けると、彼女はそのままゆっくりとこちらへ降りてきた。
僕はそれをドキドキしながら見守っていたのだが、不意に屋上を強い風が強く吹き抜けていった。それにつられて、降りてきている如月さんのスカートが風にあおられてふわりと舞い上がる。
その瞬間、露になった彼女の白い太腿が視界に飛び込んでくる。そしてさらには、その奥にあるなんとも色鮮やかな赤色までもが見えてしまった。
それを見た瞬間、僕はハッと息を呑んで固まってしまう。咄嗟に顔を逸らそうとしたけど間に合わず、バッチリと見てしまった上に目が釘付けになってしまうのだった。
そんな僕に対して、如月さんは何も気にすることなく淡々と降りて来るのだった。やがて、僕の目の前まで来るとピタリと止まると、彼女はぽつりと呟いた。
「えっち」
「うぐっ!?」
その言葉に思わず変な声が出てしまう僕。だって仕方ないじゃないか。あれは不可抗力なんだから、どうしようもないじゃないか。僕は何も悪くなんかない。
そう言い訳をしたいところだけど、そんなことを言えるはずもないので黙るしかない僕だった。
「あ、あの……さっき見てしまったことは謝ります。ごめんなさい……」
とりあえず謝っておこうと思って頭を下げると、それを見た彼女は少しだけ困ったような表情を浮かべると口を開く。
「別にいいよ。わざとじゃないでしょ」
「そ、そっか……ありがとう」
許してくれたことにほっと胸を撫で下ろす僕だった。これで許さないとか言われていたらどうすればいいか分からなくなるところだったから。でも良かった。許して貰えて本当に良かった。
そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんだ僕は彼女に尋ねることにした。
「ところでさ、なんであんな所にいたの?」
そう尋ねると、彼女は僅かに視線を逸らした後でポツリと呟くように答えた。
「好きだから」
「え?」
「あの場所。私のお気に入りだから」
「そ、そうなんだ」
一瞬何を言われたのか理解出来ずに呆けていたら、彼女の方から答えを教えてくれたのだった。なるほど、そういうことだったのか。
しかし、だからといってあそこに行くのは勘弁して欲しいところだけどね。普通に危ないし、それにまた……いや、これ以上は考えるのは止めておこう。
折角許して貰ったばかりなのに、ここで蒸し返す必要はないからね。