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無口で偏屈な彼女の考えることは、僕には分かりにくい。



 如月さんとの偽装の恋人契約を結んだ翌日の昼休みのことだった。


 いつものように一人で昼食をとっていた僕はふと教室内を見渡してみる。


 すると、そこにはいつも通り一人で読書をしている少女の姿があった。言うまでもなく如月さんである。


 彼女は周りの同級生が発する喧騒を気にすることなく、というかイヤホンをつけて完全に自分の世界に入っているようだった。


 その姿を見ていると、本当に人と関わることを嫌っているんだなということが伝わってくる。まるで周りから孤立することを望んでいるかのようだ。


 そんな光景を目にした僕は複雑な心境だった。というのも昨日彼女に言われた言葉がずっと頭に残っていたからである。


『私の彼氏役になって欲しい』


 改めて考えてみると、とんでもない要求だと思う。こんな関係を本当に続けられるのだろうかと思ってしまうほどだ。


『鳥よけ』


 それと同じくして、その前に言われた言葉についても思い出していた。彼氏役という言葉にはまだ花があったが、あれは何と言うか酷い言われようだと思う。


 如月さんの認識として、僕らのことをどう思っているのだろうか。僕が鳥よけなら、周りの告白してくる男子たちに関しては完全に害鳥扱いになるんじゃないだろうか。いやきっとそうに違いない。


 ただ、そう考えるとどっちの方がマシなのか分からない。彼らを害鳥とするなら、まだ生物ではある。けど、僕は鳥よけ。無機物だ。人間ですらない。


 頼ってくれているはずの相手に対してそんな評価をするあたり、やっぱり彼女はどこかズレているんだと思う。


 それともそれだけ僕のことを信頼してくれているということなんだろうか? いや、掃除機や洗濯機とかと同じで、便利だから使うみたいな感覚なのかもしれない。そう思うと何だか悲しくなってくるなぁ……。


 けど、ふと疑問に思うのが、この関係性を如月さんはいつまで続けるつもりでいるのかだ。


 例えば一区切りで今年の夏休みが終わるまでだとか、一年契約で来年の春までだったり、それとも遥か先の卒業までという可能性だってあるかもしれない。


 もちろん如月さんが望んでいるのは、僕以外の男子から告白を回避すること。なので、彼女がうんざりすると考えず、この人となら付き合ってもいいと望まない限りは、この関係が続くことは確かだと思う。


 だけど、そもそも如月さんが誰かと付き合おうと考えることはあるのか。そんな予定はあるのだろうか。


 昨日の反応を見る限りでは、如月さんにとって恋愛とは邪魔であり、自分の時間を無駄に消費するだけの障害にしかならないものだと思っているみたいだし、そうならない可能性の方が高い。


 だけど、仮にそうだとしても、如月さんがいつか誰かのことを好きになる日が来るかもしれないわけで、そうなった時、僕がいつまでも彼女の傍にいられるとは限らないのだ。その時には如月さんが望んだ相手が彼女の隣にいるのだから。


 そう考えると、如月さんに片思いしていた僕からすれば、このまま彼女が誰も好きになってくれない方が、今の関係を保ったままでいられるので、好都合ともいえる。けどそれは同時に、僕にチャンスが巡ってくることもないということでもあるのだ。


「でもなぁ……」


 それでもやっぱり、好きな人とは偽装とかじゃなくて、本当の意味の恋人同士になりたいと思うのは間違ってるのかな……?


 そんなことを僕が心の中で思いつつ、ぼんやりと如月さんを眺めている時だった。不意に彼女と目が合った。


 ドキッとして固まる僕をよそに、彼女は耳に付けていたイヤホンを外し、読んでいた本を机の上に置く。無表情のまま立ち上がると、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 そして僕の席の傍に立つと、彼女は無表情のままこう言った。


「どうしたの?」


 その言葉を聞いた瞬間、我に返った僕は慌てて返事をする。


「え!? あ、いや、何でもないよっ!」


 まさか君のことを考えてましたなんて言えるはずもなく、咄嗟に誤魔化してしまう僕だったが、そんな僕を余所に彼女は不思議そうに首を傾げた後、さらに距離を詰めてくる。


 そして至近距離から僕のことを見つめながら尋ねてきた。


「……私の顔に何かついてる?」


「へ? いや、何もついてないよっ!?」


「そう」


 彼女はそれだけ言うと、何事もなかったかのように自分の席に戻っていく。


 そんな彼女を見送った後で、僕は大きな溜め息を吐いた。


「はぁ……」


 いや、心臓に悪いよ。あんな綺麗な顔で見つめられたら、ドキドキして仕方がないじゃないか。


 それに彼女との距離が近かったせいで、良い匂いが漂ってくるし。そのせいで余計に意識してしまうというか……とにかく落ち着こう、うん。


 気持ちを落ち着ける為に深呼吸をした僕は、何とか平静を保つことに成功する。


 そうしてようやく平常運転に戻ったところで、再びイヤホンを付けて本を読み始めた彼女の姿を眺めた。


 そんな僕の様子に気付くこともなく、彼女は黙々と本を読んでいる。その姿はやはり綺麗だと思った。思わず見惚れてしまいそうになるくらいに。


 そんなことを考えていた僕だったけど、そこでふと思い出すことがあった。僕はある物をポケットから取り出し、それを机の上に置いた。


 それは鍵だ。僕の家のものではなく、昨日に如月さんから渡されたもの。彼女の言葉が正しければ、これは彼女が住む家の合鍵ということになるのだろう。


「これ、どうすればいいんだろう……」


 それを眺めつつ、僕は頭を抱える。この鍵の扱いについて、僕は一日が経っても結論を出せずにいた。


 彼女から手渡しをされたのだから、使っても問題は無いはずだとは思うのだけど、問題はその使い方である。


 これを渡してきたということはつまり、自分の家に来ても良いという意味なのだろう。しかし、だからと言ってその言葉通り素直に受け取ってしまっていいものなのかとも思うのだ。


 何しろ相手はあの如月さんだ。もしかしたら何かの罠だったり、試されていたりするんじゃないか? 僕が立派に彼女が望む鳥よけとして機能するかどうかのテストとして。


 そんな不安に駆られて仕方ないのだ。もしそうだとしたら、迂闊なことをすれば取り返しがつかないことになるかもしれない。だから安易に行動に移すわけにはいかないのである。


 そもそもの話、この鍵を僕に渡してきた理由って何だろう? 偽装の恋人を演じるだけであるなら、これを渡す必要なんてないよね?


 それとも僕が知らないだけで、昨今の高校生カップルは合鍵を渡す文化でもあったりするのだろううか。


 ……いや、絶対に無いでしょ。あったら普通にドン引きだよ。謎過ぎるよ、そんな文化は。


 でも、だとしたらどうして如月さんはこれを僕に預けたんだろうか。


 考えれば考えるほど、その理由について分からなくなってくる。


「うーん……」


 結局、いくら考えても答えは出なかった。仕方ないので、放課後にでも直接聞いてみることにしよう。


 そう思って、とりあえず今は深く考えないことにした僕なのだった。






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