「如月さんってさ、変わってるよね?」
「そうそう。なんかあたしたちとは違うっていうかさ」
「あっ、わかるわかる。ちょっと近寄りにくいし、話掛けても反応が薄いよね」
「あははっ、そんな感じするするー。やっぱそうだよねー」
クラスメイトの女の子から、何気ない口調で語られるその言葉。それが彼女―――
そしてその言葉は悪口でも何でもなく、ただの事実である。だって、その言葉通り……如月さんは変わった女の子だから。
周りの流行に決して乗らず、空気もあまり読まない。人に懐かず、誰にもなびかず、人付き合いを嫌い、絶対に群れたりはしない。まさに自由気ままで孤高の人だと思う。
そしてそんな事を周りから言われてしまっているけど、如月さんはそれを聞いても、別に何とも思っていない。孤独だとしても、それを完全に受け入れてしまっている。
彼女はいつも一人でいて、一人きりで本を読むか、音楽を聴いていたり、勉強をしている。自分から進んで周りに溶け込む様な真似は、決してする事はない。
そんな人嫌いを公言して
もっと言えば、学内においても一番なのかもしれない。実際、主観的に……じゃなくて、客観的に見ても、彼女が美少女であるというのは、誰もが認めざるを得ないと思う。
如月さんはほとんど無表情で笑顔は見せないけど、それでも十分に過ぎるほどに彼女は整った容姿をしている。
横幅が広く、切れ長の目。鼻筋も通って、薄い唇。スタイルだって悪くないし、肌は白く、肩に掛かる程度に伸びる長い髪は、明るめで目立つ栗色をしている。
人によっては切れ目の印象から、顔が怖いと言われる事があるけど……僕が一番好きだと思うのはその目である。
一見すると冷たい印象を与える、その鋭い目つき。まるで刃物のようなそのクールな瞳に、僕は一目見た時から虜となって心を奪われた。
そして……それを感じているのはきっと、僕だけじゃないはずだ。このクラスにいる男子のほとんどが、彼女に目を奪われて、彼女を目で追っている。
いや、もしかしたら女子ですらも、彼女に惹きつけられているかもしれない。それぐらい、彼女は十分に綺麗で可憐なのだ。
……だからこそ、如月さんはみんなからすると、触れにくい存在に見えてしまう。まるで彼女は、尖ったナイフの様なものである。
決して自分から誰かと関わろうとしない彼女。孤高の存在。そんな彼女を、他のクラスメイト達は遠巻きに眺めるだけだった。
そして僕―――
だけど……そんな如月さんに、僕はずっと片想いをしていた。高校に入学して、彼女と同じクラスになって……彼女とまともに話した事は一度もないけれども、それでも僕は彼女が好きだと思う。僕の人生において、初めて抱いた恋心。いわゆる、初恋というやつだ。
別に、僕と如月さんとの間で、特別な何かがあった訳じゃない。ただ、単純に……僕が彼女に見惚れて、彼女を好きになっただけ。それだけの事なのだ。
だけど、だからといって僕に何が出来る訳でもない。結局、僕はこの1年近く、まともに彼女と話すことが出来ずにいた。
そして時は流れて……僕が進級して高校2年生となり、少し前まで綺麗に花開いていた桜の花が、完全に散った4月の終わり頃。
僕は幸いにも、2年生に進級しても如月さんと同じクラスだった。けど僕は相変わらず、遠くから彼女を眺めるだけの毎日を送っていた。
如月さんに話し掛ける事はおろか、近付く事すら出来ずにいた。そして彼女も進級してからも相変わらず、クラスには馴染まずに孤立していて、誰とも馴れ合おうとしなかった。
そんなある日の昼休み。僕は窓際にある自分の席に座りながら、窓の外に広がる景色を眺めていた。
別に何かが気になって見ていた訳じゃない。何もする事が無かったので、ただ何となくぼーっと、外の景色を眺めてただけ。
そうした無駄な時間を過ごしていた僕だったけど……ふと、誰かが僕の右肩を軽く叩いた。というか、指で突いた様な、そんな感触がした。
「ん?」
ともすれば、気づきそうにない程に弱く叩かれたそれに、僕が気づいて振り返ってみると、そこにはなんと……。
「ねぇ」
僕が片想いをしている彼女が、如月さんが立っていて、僕の事を見つめていたのだ。
「え、えっと……どうかしたの? 如月さん」
思わずドキッとする僕だったけど、それを悟られないようにしながら平静を装って口を開いた。そして、いきなりのことで動揺していた僕に、彼女は一言こう告げたのだ。
「……何を、見てるの?」
一瞬、意味が分からなかった。いや、言葉の意味自体は理解出来たけど、どうして彼女からそんな事を聞かれるのかが理解が出来なかった。
……だからだろうか。つい反射的に聞き返してしまったんだ。
「……え?」
「何を見てるの?」
だけど、如月さんは全く動じる事なく、再び同じ内容を僕に向かって問い掛けてきたのである。どうやら、さっきの質問に対する答えを、僕に求めているみたいだ。
僕は少し迷ったものの……彼女に対し、正直に答える事にした。ここで変に嘘をついても仕方ないと思ったから。
「え、あ……うん。その……特に、何も見てないよ」
「……そう。そうなんだ」
僕が正直に答えると、彼女は興味深そうに首を傾げる。それからしばらく考え込むような仕草を見せた後、今度はこんな事を言ってきた。
「どうして、窓の外を見てたの?」
「……えっ?」
まさかそんな事まで聞いてくるとは思わなかったので、僕は思わず驚いてしまう。そして如月さんはそんな僕を不思議そうな目で見てくるのだ。
「えっと、それは……」
何と答えればいいのか分からず口ごもる僕に、彼女が更に問い掛けてくる。
「どうしてなの? 教えてくれる?」
じっと僕を見つめる如月さんの切れ長な瞳。その視線の強さに気圧されてしまう。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。寧ろ、彼女の瞳に見つめられているとドキドキしてくるくらいだ。
「えっと、その……すみません。ちょっと、ボーっとしてただけで……」
そんな如月さんに対して、僕はそう返すので精一杯だった。そうしたプレッシャーを彼女から感じつつも、僕は彼女の目から視線を逸らす事が出来ないまま、何とか声を絞り出す様にして答えるだった。
「そう」
そして僕からの返答に、如月さんは納得したのかしていないのか分からない曖昧な返事をする。そのまま僕の事をじっと見つめてくるせいで、余計に緊張してしまう。
それもあって、言葉が上手く出てこない。……いや、それは元々だから、あまり関係ないかもしれない。
そもそも女の子と話す事は、陰キャな僕にとってハードルが高い事なのに、それが意中の……片想いをしている女の子相手なら尚更だ。ましてや、相手はクラスで一番の美少女なんだから、余計に緊張して当然だと言えるだろう。
しかし、当の如月さんはそれ以上何かを言うわけでもなく、無言で僕の顔を見つめているだけだ。その表情からは何を考えているのか読み取る事は出来ない。どうしたものかと思っていると……不意に彼女が口を開いてこう言った。
「そっか」
そして如月さんはそう言うと、すぐに踵を返して教室から出て行ってしまった。僕は呆然としたまま、彼女の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。……えっと、今のは一体、何だったのだろう……?
心の中で呟きながら、先程の出来事を思い返す。もしかして、僕は如月さんにからかわれていたのだろうか。
それとも、単に彼女がしてみせた気まぐれだったのか。あるいは他に意味があったのか……考えれば考えるほど、良く分からなくなる。
いや、それよりも今はもっと気になる事がある。さっきの会話の中で、気になった部分があったから。
『何を見ているの?』
彼女は確かにそう言った。けど、僕は本当に窓の外の景色を見る以外に何もしていなかったのだから。それなのに、何故そんな事を聞いてきたのだろう。
まさか、彼女には他の何かが見えていたのだろうか。えーっと、例えば……そう、幽霊だとか。……いやいや、そんな訳ないか。馬鹿馬鹿しい考えを頭から振り払うと、再び僕は視線を外の景色へと向けたのだった。
―――これが僕と如月さんがまともに話した、初めての会話だった。話の中身については置いておくとして、少なくとも僕にとっては大きな一歩を踏み出せた瞬間だったのだと思う。
そんな事があってからも僕は変わらず、如月さんに想いを寄せ続けていた。だけど中々、彼女に話し掛ける事が出来ずにいる。だって……もし、勇気を出して如月さんに話し掛けたとしても、無視されるんじゃないかと不安だったから。
それに何より、勇気が出なかったというのが大きかった。元々、内向的な性格である上に、臆病な僕にはそれがどうしても出来なかったから。
そうやって悩んでいるうちに、ただただ時間だけが過ぎていく。そしてそれから数日後の放課後。僕はまたも彼女から声を掛けられるのだった。