「人は七つの罪を乗り越えし時、神に至る。
“傲慢”が現れし時、試練は最終となる」
俺が手に持ったカビっぽい古文書にはそう記されていた。七つの大罪。単語自体は知っているが、試練とはなんだ? それに「神に至る」という言葉も気になる。
おまけに、古めかしく怪しげな光を放っている指輪までセット。特撮でヒーローが変身のために使いそうな代物だ。あいにく、その方面には興味がないが。
……どうやら、ご先祖様は今で言う厨二病だったらしい。それも重度の。
「晴人、いつまで蔵にいるの?」
冷たく薄暗い蔵の外から里帆の声が聞こえる。
「今、出るよ。こんな埃っぽいところ、これ以上いたくないからね」
あくまで金欠だからお宝がないか探していただけだ。こんなところに長居は無用。幽霊が出そうでゾッとする。
「それで、何か見つかったの?」
「いいや、まったく。分かったのは、ご先祖様は頭が悪いってことだけさ」
服についた埃をパンパンとはたく。こうなれば、地道に稼ぐしかあるまい。
「でも、急にお金が必要だなんて、どういうこと?」
「それは、えーと」
里帆の誕生日プレゼントのためとは言えない。「奨学金を少しでも返すためさ」と誤魔化してみる。少しばかり心が痛むが仕方あるまい。
里帆が、じーっと見つめてくる。まるで、真意を見抜こうとするように。顔に出やすい俺のことだ。バレてしまったかもしれない。
「まあ、いいわ。それで、これは何なの?」
「ああ、古文書と指輪か。いや、古文書には『神に至る』だとか書いてあって気になったからな。それで、こっちは古文書の上に丁寧に置いてあった。きっと、セットなんだろうさ」
この指輪、俺の指にぴったりだ。趣味には合わないが、はめてみるのも悪くはない。
「晴人、それはめるの? なんだか、嫌な予感がするんだけど……」
「心配しすぎだよ。まさか、呪われるとでも思ってる?」
「そんな非科学的なものは信じないわ。でも、女の勘がダメだって告げてるの」
勘も非科学的なものの部類に入る気がする。だが、否定すれば間違いなくビンタが飛んでくる。付き合って二年でそれは学習済みだ。
指輪をはめた途端、頭がスッキリとした。なんだか、寝起きの時の冴え渡った感じに近い。この指輪が原因か? それに、体の表面に黒色のオーラのようなものが出ている……気がする。
「晴人、どうかしたの?」
「いや、なんでも」
指輪を外そうとするが、なかなか抜けない。
「くそ! 一生取れないなんてことは勘弁だぞ」
指輪の表面で滑った右手が蔵の入り口にぶつかる。
痛い……はずだった。だが、目の前にあるのは、ひびが入った漆喰の壁だった。嘘だろ。
「大丈夫!?」
「ああ、問題ない」
腕に問題ないが、古びた蔵にとっては致命的かもしれない。そんなことはどうでもいい。
慎重に引き抜くと、今度はあっさりと指から外れた。
「……? なあ、里帆。この指輪は俺へのプレゼントか?」
里帆は怪訝な表情をしている。どうやら、違うようだ。
「何言ってるの? 晴人が蔵から持ち出したじゃん」
俺が蔵から持ってきた……? そんな記憶ないぞ。だが、里帆が嘘をつくとは思えない。きっと、そうなんだろう。
「ああ、そうだった」
適当に話を合わせながら、指輪と古文書を懐にしまいこむ。
あとから圭に見せてみるか。あいつの家は、骨董屋だ。これがどんなものかヒントがもらえるかもしれない。警察官の圭のことだ、すぐに会えるとは思えないが。
「一度、家の中に戻ろう。春とはいえ、最近は暑いからな」
せっかく家に来てもらったんだ。映画鑑賞でデートも悪くはない。
「それで、どんな映画にする? ホラー? アニメ?」
「ホラー一択だな」
里帆の好みはホラーだ。ここは合わせるべきだろう。それに、外は暑かった。ホラーでひんやりとするのも悪くない。
「じゃあ、決まりね!」
里帆がテレビをつける。
「……ですね」
「ここ最近は都内のスーパーやコンビニから食料が消失しています。これは、何を意味するんでしょうか。丸本さん」
ニュースで最近の異常事態の話を取り上げている。食料の買い占めの理由は分かりきっている。この前、大きな地震があったからに違いない。
「それにしても、おかしいわよね。地震が起きたからって、スーパーで買い占めをしても意味ないわ。非常食じゃなきゃ」
「里帆の言う通りだな。まあ、こういう時は誰しも冷静な判断ができないんだろうさ」
だが、一つひっかかる。地震の前から買い占めの兆候があった。それも若い女性を中心に。ダイエットが流行っている今、真逆をいくのは不思議ではある。
「さあ、映画鑑賞といこうぜ。ニュースの異常事態より、恐ろしいものが見られるからな」
そう言いつつも、嫌な予感がする。そう、目に見えない恐ろしいものが近づきつつあるような、そんな予感が。