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薔薇園と魔物と魔法人形

 言うなれば、囚われの魔物だ。

 姫じゃねぇ。魔物だ。

 人からは小鬼なんて呼ばれたりもする。

 ナリも小せぇが、魔力も小せぇ、小物系の魔物だ。

 元々は、人の多いでっかい街の場末の酒場なんかで、イイ感じに噂話をかく乱したり拡散したり、人様の大事なものを無断拝借したり、酒や食い物を勝手にいただいたりする程度の可愛い悪戯を生業にしていた小魔物だったんだがな。

 うっかり掴まって巻き込まれて置き去りにされて逃げられなくて、このザマよ。


 以来、呪いの森の最奥の間で、呪いと共に暮らし始めて結構長い。


 食い物はねぇが魔力だけは豊富だからよ、魔物のオレが暮らす分には何の問題もねぇんだがよ。

 退屈なのは、いただけねぇ。

 娯楽といったら百年に一度開催される血の宴のみ。

 逃げ出したいのは、やまやまなんだけどよ。

 相手は腐っても精霊の呪い。

 小物な魔物のオレの叶う相手じゃあ、ねぇんだよな。

 そんなわけで、只今、絶賛囚われ中だ。


 さて、さて。


 そんなオレの数少ない……つーか、一つしかない娯楽が、騒々しくもご登場だ。


 ここ、茨の森の最奥の間に、な。

 つーても、本当にここが最奥なのかは知らねぇ。

 だが、ここが呪いの爆心地なのは、間違いねぇ。

 だから、ここが最奥の間ってことにしとこうぜ?

 で、分厚い茨で閉ざされたその場所に、今。

 今開花最初のお客人、百年ぶりのお客人が訪れようとしている。


 絡み合う濃緑の茨の向こうに人影がチラホラ垣間見え、聞き苦しいだみ怒声が響き渡る。

 人影が近づくにつれて、茨の層は薄くなっていった。

 そうして、ついに。

 最奥の間との境界線でもあった茨の壁が、シュルシュルと解けていく。

 絡み合ったまま眠っていた濃緑のヘビが仲良く目覚めて一斉に逃げ出したかのように、茨の壁が解けていく。

 そうして、ガラの悪そうな男が姿を現した。

 男が最奥の間に足を踏み入れると、棘の生えたヘビたちは、またどこからともなく寄り集まり絡み合って眠りにつく。


 お客人を迎える時は、いつもこうだ。

 茨がガッと一気にその身を開いて、茨の外から最奥の間への一本道が出来上がるってワケじゃねぇ。

 お気に召したお客人の前でだけ、恥じらうように少しずつその身を開いて、中へ中へと取り込んでいく。

 お客人に合わせて奥が開き、お客人に合わせて入り口が閉まっていく。

 余計な不純物は途中で弾かれちまうんだろう。

 最奥に招かれるのは、いつも一度にお一人様までだ。

 余計なものはいらねーが、狙った獲物は絶対に逃さねぇ仕様になってるってワケだ。


 さて、今期最初のお客人は、風体からして野盗の類みてーだな。

 髪は、ざんばら。ガタイはいいが、脳みそはスカスカしてそうだ。今ひとつ体に合っていない皮鎧は傷だらけで、元気よく振り回している半月刀も刃こぼれがヒデェ。

 野盗は、すでに血まみれだった。

 茨の方だってせっかく取り込んだ得物を逃す気なんざ、さらさらねぇんだからよ。

 招かれるままに静々と足を進めてりゃ、無傷で登場出来たはずなんだが、誰かに先を越されてお宝を奪われたくない一心で、ゆっくり解けていく最中の茨に突進でもしたんだろうな。


「おお! 姫さん! 本当にいたんだな! なあ! 秘宝とやらは、どこにあるんだ?

おれにくれたら、あんたのこともここから連れ出して、そうだ! おれが新しい王になって、姫さんを王妃にしてやるよ! だからさ、秘宝の在処を教えてくれよ! な?」


 唾を飛ばしながら、野盗はだみ声でまくし立てた。

 血走っている目は、完全にイッちまってやがる。

 まあ、よくあることだ。

 呪いの魔力にアてられて、ラリッちまってやがるんだ。

 血まみれになりながらも無謀な突進を繰り返したのは、ラリッて欲望が剥き出しになっちまったせいでもある。

イッちまってるせいで、痛みも感じてねぇんだろう。

 そんなイカれちまってる野盗の目には、お姫様が見えるらしい。


 ああ、言っておくが、ここにはお姫様なんていねぇ。

 いるわけがねぇ。

 言ったろ?

 茨の呪いは森に在ったすべてを吞み込んだってな。


 薔薇と魔物と魔法人形。

 ここに在るのは、それだけだ。


 普段は黒灰、今は濃緑の茨に囲まれた半円型の最奥の間。

 地面には白灰の砂が敷き詰められている。

 白灰は、茨の向こうにまで続いていた。

 おそらくは、茨の森の終わりまで。

 でもって、呪いの森の最奥の間の、そのド真ん中。

 そこには、白薔薇の園があった。

 実際には民家の花壇くらいの大きさで、園ってほどじゃあねーがよ。

 呪いの森の白薔薇の花壇じゃ、風情がねーからな。

 ここは、白薔薇の園ってことにしとこーぜ?


 でもって、白薔薇の園の傍らには、一体の魔法人形が突っ立っている。

 銀色の長い髪を後ろで一まとめにした美しい魔法人形。

 ちなみに若い男型だ。

 着ているのは古めかしい意匠の従者服だが、仕立ては上等。

 オレより古参のコイツは、すでに何百年もここにいるはずなんだが、汚れ一つ綻び一つ見当たらないのは、コイツがまだ稼働しているからなんだろう。

 よく知らねーけど、そういう類の魔法がかけられているんだろうよ。便利なこった。

 気が向けば話し相手になってくれることもあるんだがよ、基本はだんまりで置物になってやがる。


 で、この麗しの魔法人形の左肩の上がオレの特等席だった。

 偶然なのか必然なのかは知らねーが、魔法人形は真ん中に在る薔薇園を挟んで、お客人を迎える入り口と向かい合う位置に立っている。

 お客人が現れるのは、いつも決まって魔法人形の正面当たる茨壁なんだよな。

 お客人は、みんな真っすぐ薔薇園に向かって行き、最後の時を迎える。

 だから、肩乗り小魔物のオレには、ここが一番の特等席ってワケだ。


 お姫様に呼びかけているつもりの野盗が見ているのは、この魔法人形だった。

 まー、確かに面は綺麗だが、服装からして、どこからどう見ても男従者なんだがな。

 欲にまみれた願望も相まって、イッちまってる野盗の目には、コイツが絶世の美姫に見えてるみてーだな?

 野盗は、ご婦人方なら眉を潜めそうな下卑た欲望が滲むギラついた眼差を無遠慮に浴びせかけてくるが、人形の方は涼しい顔をしていた。

 人間がどんな感情を向けてこようが、人形には関係ねーからな。

 おまけに血まみれ野盗は脅威でも何でもねぇ。

 哀れな獲物にすぎねぇしな。


 さぁーて、いよいよだな。

 何度も繰り返された見慣れた光景とはいえ、ここじゃ、期間限定の貴重な娯楽だからな。

 せいぜい、派手に命を散らして、オレを楽しませてくれよ?


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