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第十五話「それを知った上で、服従を選ぶのもまた“自由”なのでは?」

よく晴れた昼下がりの午後、温かな日差しが町を包み込む。

今日で6回目となるフィールドワークの日、里保は嶺二と共に行動していた。

タイナカ・エレクトロニクス社からの指令で、今回は嶺二が同行することになったのだ。

いつもと違うその状況に、里保は心の中で小さな喜びを感じていた。


「外の世界で、嶺二と二人きり...いい響きですね...」


彼女は心の中でそう呟き、どこか満足げな気持ちを抱いていた。

普段の業務ではあり得ない、二人だけの時間。たとえそれが偶然であっても、彼女にとっては特別だった。


そんな中、二人は市内の映画館へとやって来た。

平日ということもあってか、映画館の中は静まり返っており、客の姿もまばらだ。

古びた看板がかかるその映画館は、どこか懐かしさを漂わせ、過ぎ去った時代を思い起こさせるような趣があった。


「今日はここで何をするんですか?」


里保は嶺二に尋ねた。


嶺二は少し微笑みながら、映画のポスターを指差した。


「今日は半世紀以上前に公開された映画のリバイバル上映の日なんだ。里保に見てもらおうと思ってね。」


そのポスターは当時のデザインを再現したものだろうか。

ノスタルジックな雰囲気が漂い、過去の時代の空気を伝えてくるようだった。

里保はそのポスターを眺めつつ、嶺二と一緒に映画館のチケットを購入し、劇場内へと足を踏み入れた。


劇場の中は、まばらに観客が座っているだけで、二人の周囲にはほとんど人がいなかった。

ゆったりとした静寂が漂い、映画が始まる前の時間を楽しむかのように座席に沈み込む。

まもなく、映画館内の照明が落ち、劇場は暗闇に包まれた。


映画が始まる前、いつものように規則の説明や違反行為の注意が流れ始める。

その映像に、嶺二はぽつりと呟いた。


「何年経ってもこの追いかけっこは変わらないな...」


映画がようやく始まる。

スクリーンに映し出される古い映像の中に、里保は不思議な感覚を覚えた。

映画というもの自体、里保にとっては製造されて間もない頃に見たことがあるもので、その時も教育の一環としていくつかの作品を見させられた。

画面に映る映像が、かつての記憶を呼び起こす。

あの頃も嶺二がずっと隣にいて、彼女の成長を見守っていたのだ。そして今も、彼は彼女の隣に座り、変わらぬ存在としてそこにいる。


ふと嶺二の方を覗いてみると、彼はいつの間にか眠っていた。その姿に里保は少し呆れたが、彼の疲れを知っていたため、何も言わなかった。

とはいえ、せっかく二人きりで過ごせる機会だったのに、彼が眠ってしまうことに少し残念な気持ちを抱かずにはいられなかった。


映画が終わり、二人は映画館近くのベンチに腰掛けていた。嶺二は手にした缶コーヒーを一口飲むと、白々しい口調で言った。


「いやぁ、面白い映画だったねぇ...」


その言葉に里保はむっとし、真顔で返す。


「上映時間の半分以上寝ていたのによくそんなことが言えますね。」


嶺二は少し照れ臭そうに笑いながら答えた。


「そう言われると、何も言えないね。それで...映画の方はどうだったかな?」


彼は里保に尋ねる。


「一体のアンドロイドがある家族に買われ、共に過ごすうちに感情が目覚め、知識を得ていく中で“自由”に憧れ、それを手に入れる。そして人間との愛に辿り着き、最後は人として死んでいく...」


里保は静かに語った。

その声は静謐でありながら、どこか感慨深さが滲んでいた。

彼女は胸に手を当て、映画の中で描かれたアンドロイドの運命に共感を覚えたかのようだった。


「月並みな言い方ではありますが、彼は良い最後を迎えたと思いますよ。」


その言葉に、彼女自身が抱える「自由」への思いが重ねられていた。

アンドロイドとして存在する彼女にとって、自由とは何か?それはプログラムに定められたものなのか、それとも自ら選び取るものなのか。

彼女は、自分自身に問いかけているかのようだった。


その言葉を受けて、隣に座る嶺二はしばらく黙っていたが、やがて彼の口から何気なく思える質問が投げかけられた。


「...里保、もし君が彼と同じ“自由”を手に入れたら、何をしたい?」


その声は柔らかく、表面的にはただの興味本位のように聞こえた。

しかし、里保はすぐにそれが単なる好奇心ではないことに気づいた。

嶺二の言葉の背後には、何かもっと深い意図が潜んでいると感じ取ったのだ。


「そうですね...」


里保は少し考え込み、慎重に言葉を選んだ。


「今までと同じように、私は貴方の傍に居ます。」


彼女は軽やかな微笑みを浮かべ、続けた。


「もちろん綾子も一緒です。私にはそれで充分です。」


その答えには、単なる忠誠以上の何かがあった。

里保の言葉には、隠しきれない信頼と感情が込められていたのだ。

それは命令やプログラムによるものではなく、彼女自身の意思によるものであった。


しかし、嶺二はその答えを受け入れるだけで終わらせはしなかった。

彼の目は少し鋭さを帯び、さらに問いを深めるように尋ねた。


「...もしその“自由”がプログラムで命令付けられたことだったとしてもかい?」


嶺二の声は低く、まるで里保の本心を試すかのようだった。


「何だってできるんだよ。私に反逆して去ることだって、君には可能なんだ。」


彼の視線は真っ直ぐに里保を見つめ、まるでその瞳の奥に潜む何かを見極めようとしているかのようだった。

彼は、里保がどこまで自分の意思を持ち、どこまで「自由」を理解しているのかを確かめようとしているのだろう。


里保は静かにその視線を受け止め、一瞬だけ考えた後、微笑みながら答えた。


「それを知った上で、服従を選ぶのもまた“自由”なのでは?」


彼女の言葉は穏やかでありながらも、強い確信に満ちていた。


一瞬、嶺二は驚いた表情を見せたが、すぐにその顔は柔らかく和らいだ。


「...本当に、君はいつも驚かせてくれるね。」


彼の声には、里保への感嘆と信頼が混ざり合っていた。


「貴方がそう育てたんですよ。」


里保は静かに言い、再び穏やかな笑みを浮かべた。


その場には、静かな風が吹いていた。

映画館の外で、嶺二と里保はただ二人で、今という時間を静かに共有していた。

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