タイナカ・エレクトロニクス社内には、アンドロイドたちの耐久試験や戦闘訓練を行うための特別訓練所が存在する。
無機質な金属の壁と、冷たい床が広がる広大な訓練場は、機械の限界を試すための場所であり、通常のテストでは測り切れない領域まで追い込むために設けられた場所だ。
その日、訓練場には三人の人物が集まっていた。
嶺二、そして彼が開発に関わったアンドロイドである綾子と里保。
嶺二は手に持つタブレットで最終確認を行いながら、これから始まる戦闘訓練の準備を進めていた。
「では、これより戦闘訓練を始める」
嶺二の冷静な声が訓練場に響く。
彼の眼差しは鋭く、アンドロイドたちの動きを記録し分析する準備が整ったことを告げていた。
綾子と里保はそれぞれの戦闘服に身を包み、緊張感漂う空気の中で互いに向き合っている。
ふたりの姿は、姉妹としての絆を感じさせると同時に、対戦相手としての戦闘意欲が燃え上がっていた。
「里保、綾子、存分にやってくれ」
嶺二が指示を出すと、ふたりは互いに視線を交わし、それぞれ戦闘態勢を取った。
「了解しました」
「OK」
短い言葉が交わされ、次の瞬間、ふたりのアンドロイドは一斉に動き出した。
「よろしくお願いします、綾子」
里保が一歩前に出ながら礼儀正しく言葉を投げかける。それに応じるように、綾子は軽く笑みを浮かべた。
「ドンと来なさい」
その軽やかな言葉とは裏腹に、綾子の目は真剣そのものだった。
彼女の闘志が燃え盛り、姉妹であっても一切の手加減はしないという覚悟が宿っている。
まず先手を取ったのは里保だった。
素早くステップを踏みながら、鋭い裏拳を繰り出す。
攻撃の動きは素早く、力強かったが、綾子は冷静にそれを防ぎ、反撃の隙を狙う。
ふたりの動きはあまりにも速く、目で追うのが難しいほどだ。
攻撃、防御、反撃がわずかな時間の中で何度も繰り返される。
アンドロイドならではの正確さと速さがそこにはあり、もし相手が人間なら、既に決定的な一撃が決まっていたに違いない。
しかし、ここでは互いの力が拮抗している。
ふたりの動きは驚くほど均等で、一瞬の油断も許されない。
やがて、均衡が崩れ始めた。
里保が放った一撃が綾子の頬をかすめ、彼女はわずかによろける。
その瞬間を見逃さず、里保は追撃に入った。
強烈な拳を次々と打ち込むが、綾子も即座に体勢を立て直し、反撃に転じる。
「やるわね」
綾子は軽く笑いながらも、その目には油断がない。里保もまた、気を抜くことはない。
「伊達に最新型ではありませんので」
里保の冷静な言葉に、綾子の目がわずかに鋭さを増す。
里保の冷静な返答に、綾子はさらに端へと追い詰められていく。
ふたりの視線が交差し、一瞬の睨み合いが続く。
だがそのわずかな時間で、互いのAIは最も有効な手段を導き出そうとしていた。
先に動いたのは綾子だった。経験に裏打ちされた鋭い直感で反撃を試みるが、里保はその動きを読み切っていた。
綾子の攻撃をかわすと、その腕を掴み、綾子を地面に叩きつける。
そのまま動きを封じるべく、綾子の体を押さえ込んだ。
「(これで決まり――)」
そう思った瞬間、綾子が驚異的な力で里保の拘束を破る。
機械とは思えないその力に、里保は一瞬動きを止めてしまった。
その一瞬が命取りとなり、綾子は立ち上がり、反撃に転じた。
今度は逆に里保が追い詰められていく。
綾子のパンチやキックが嵐のように繰り出され、その速度と精度はまるで予測不能だった。
里保も反撃を試みるが、綾子の経験に裏打ちされた動きがそれを阻む。
「私は戦闘面に特化してるの、パワーならこっちが上よ」
そう言い放ちながら、綾子は里保の腕を無理矢理引きちぎった。
よろめく里保を捻じ伏せ、ついに仰向けの状態に追い込む。
里保は必死に抵抗しようとするが、綾子の圧倒的な力には抗えなかった。
綾子の手が里保の首にかかり、機械の関節が不快な音を立て始める。
「詰めが甘いわ。0.3秒差で私の勝ち」
綾子は冷静に宣告し、フルパワーで里保の首を引き抜いた。
赤いシンセティック・フルードが溢れ出し、床に広がっていく。
完全に動力を失った里保は、その場で静かに沈黙した。
「そこまで」
嶺二の声が響く。
タブレットに戦闘の結果を記録しながら、彼は静かに歩み寄った。
綾子は地面に里保の頭部をそっと置き、立ち上がった。
「実戦経験も無いのにここまでやれるなんて、さすがね。これで経験を積んだら、私負けるわ」
綾子はそう言って鼻をぬぐいながら満足そうに微笑んだ。
その言葉には謙遜のかけらもなく、ただ冷静な事実を述べているに過ぎなかった。
「さすがは私の妹…」
綾子は倒れた里保の頭部を優しく撫で、その仕草はまるで姉が妹を褒めるかのように穏やかだった。
嶺二はその様子を静かに見守り、訓練が単なる技術の向上以上のものであることを感じ取っていた。
里保の成長を見届けた姉と、まだ見ぬ未来を切り開く妹――彼らは新たな一歩を踏み出す準備を整えていた。