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合法ショタにしか見えない呪いをかけられた俺、変態聖女様から逃げ切れる気がしない
合法ショタにしか見えない呪いをかけられた俺、変態聖女様から逃げ切れる気がしない
さわじり
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年04月18日
公開日
1.1万字
連載中
 20歳の社畜青年ユウトは、ブラック企業での過労がたたり異世界に転移してしまう。だが目覚めた先で彼は、「見た目だけ10歳の少年」という不可解な呪いをかけられていた。  さらにそこへ現れたのは、美人聖女クラリス。彼女はユウトを「神の器」と崇め、出会って即「これは祈りです」と称して明らかにアウトな接触を開始。  ユウトは彼女の過剰すぎる信仰と歪んだ愛から逃げるべく、異世界逃亡生活をスタートする。しかしそのショタ姿には、女性限定で強烈な信仰心を引き起こす危険な副作用があり――。 「変態聖職者から逃げなきゃ、俺の尊厳が終わる!!」  平穏を願った青年の、地獄の逃走劇が今、始まる。

第1話 ショタの呪い

 目を覚ました時、俺は草原に寝転んでいた。


「……へ?」


 どこまでも青い空。春のような風。見知らぬ鳥のさえずり。

 さっきまでいたフロアはどこだ? 上司の顔も、社畜仲間の阿鼻叫喚もない。


「ははっ、ついに俺、倒れて死んだのか……?」


 力が入らない体を起こしながら、思わず苦笑した。

 でも次の瞬間、胸がざわつく。

 ――いや、待てよ? ここはどこだ? なにこの草原。日本じゃなくない?

 服装にも違和感があった。着ているのは地味なシャツでもスーツでもなく、なんか中世っぽいシャツとズボン。


 それに、体が……やけに軽い? そして手が、やけに小さい。

 恐る恐る地面に這いつくばって、水たまりのようなものを覗き込む。

 そこには――見たことのない、見た目十歳くらいの少年の顔が映っていた。


「……え?」


 あまりに見慣れない顔に、思わず声が出た。

 だけどその少年も、まったく同じ動きで口を開く。


「……え?」

「うそだろ」

「マジで!?」

「おい、誰だよお前!!」


 少年の顔が、必死に水面に向かって叫ぶ。

 違う。これは違う。

 どう見ても十歳前後、くりっとした目に整った顔立ち――完全に合法ショタ。


「ちょ、待て待て待て! この声、俺じゃん!?」


 声変わり前のような高い声が、耳を刺す。

 だが、ここまでくると認めるしかなかった。

 異世界転移して、中身はそのまま、呪いで少年の姿になったのだ。


「いや、ちょっと! 神様!? お願いだから設定戻して!? 俺は成人男性! 酒もタバコも嗜む社会の犠牲者なんですよ!?」


 悲鳴を上げて天を仰ぐ。だが、神は答えなかった。

 そして――。


「――見つけました。神の器様……」


 背後から聞こえた声に、体が凍りついた。

 振り向くと、そこには一人の美女が立っていた。

 絹のような白髪に、透き通る青の瞳。白と金を基調にした聖衣を纏い、うっとりとした表情でこちらを見つめている。


「えっ、誰……?」

「はぁぁ……その小さく神聖なお姿……まさしく、神の啓示通り……!!」

「いや説明して!? なにそのテンション!?」


 美女はふわりと歩み寄ると、両手を胸の前で合わせ、拝むように僕を見つめた。


「私はクラリス・ラ=フィリア。女神教の聖女にして、あなたをお迎えする者……どうか、触れさせてください」

「いや無理無理無理無理、話が早すぎる!」


 言うが早いか、彼女は膝をつき、僕の手を取った。

 その瞬間――彼女の目が潤んだ。


「……あぁ……この肌触り、尊い……!!」

「やめてえええええ!!」

「はぁぁ……この柔らかさ、純粋無垢なる象徴……っ。これは……これは祈りです……」

「違うだろ!? どう考えてもアウトなやつだろ!!」


 僕は必死に手を引っこ抜こうとするが、彼女の握力が異常に強い。

 というか、何その目。完全に覚醒してるよね? 何かが。


「安心してください……これは『清め』ですから」

「だから何が!? 宗教って怖ッ!!」


 しかも彼女、僕の指を両手で包みながら、なんかうっとりしてるし!?

 どう見ても変なスイッチ入ってるし!?


「神の器様……この指先の形、サイズ、血色……すべてが聖典通りです。間違いありません」

「そんな細かい聖典あるか!?」


 やばい、意味がわからなすぎて怖い。これは夢じゃないのか? そうだ、夢なら覚めてくれ!


「……あなたは、女神様から預かった神の器。この身を捧げ、癒やし、愛し、祈り尽くす使命を、私は背負っております」

「いや、初対面で言うセリフじゃねえよ!!」


 叫んだ僕の声に、クラリスはピクリと反応した。


「……まさか、神の器様。お気づきでないのですか?」

「何がだよ!」


 彼女はうっとりと、そして少し悲しげな瞳を向ける。


「あなたのその姿――呪いによって『少女や婦女子しか直視できない神聖な少年の容姿』となっております」

「説明が局所的すぎるし、最悪の呪いじゃねえか!!」


 なんでそんな限定的な条件!?

 婦女子特効ショタ!? ピンポイントすぎて逆に感心するわ!!


「この世界において、そのお姿は絶対なる信仰の象徴。見るだけで、母性と庇護欲と、そして歪んだ欲望が引き起こされるのです」

「最後のいらねえだろ!!!」


 なんだよ、歪んだ欲望って。オマケみたいに言ってるけどメインディッシュだったよね!?

 完全にアウトだよね!? この世界倫理観どうなってんの!?


「……なので、私の行動もすべては『自然な信仰心』なのです」

「それで済むと思うなよ!?」


 僕が抗議の声を上げても、クラリスは微笑んだまま手を離してくれない。

 むしろその笑顔が怖い。


「神の器様。今宵、聖堂にて『祈りの儀』を執り行います。準備は万端です」

「い・や・だ・っ!!」


 全力で地面を蹴り、僕は彼女の手から逃げ出した。

 ――走れ! ショタの機動力を信じろ!!

 変態聖女から逃げ切れなければ、俺の尊厳が危ない!!


「神の器様~! お待ちくださいませ~! まだ祝福の抱擁が済んでおりません~!」

「そんなイベントいらねええええ!!」


 クラリスの声が、草原にこだまする。

 僕は息も絶え絶えに叫びながら、異世界初日の逃亡をスタートさせたのだった。

 平穏な暮らし? そんなもん、来るわけがなかった。


 ◇


 走る。走る。とにかく走る。


「なんで……こんなに……速く走れるんだ俺!?」


 自分でも驚くほど、草原をすいすい駆け抜けていく。

 足は軽く、体は跳ねるように動き、息もほとんど上がらない。


「すげぇ……! これがショタのポテンシャル……!!」


 成長痛も脂肪も社畜の肩こりもない、理想の運動性能。

 見た目十歳の呪い――まさか逃走時に限ってはバフだったとは。

 でもそれを喜んでる場合じゃない。


「神の器様~! どこですか~? ひざの上、温めておきましたよ~?」


 背後から漂ってくるのは、あの変態聖女の甘い声。振り返る勇気なんてない。今、止まったら最後だ。

 俺の尊厳は彼女の「清めの儀式」によって異世界の神話に刻まれてしまう。


「だれが温められてたまるかああああ!!」


 草をかきわけ、石を飛び越え、小さな体で走り抜ける。

 それなのに、後ろから聞こえるクラリスの足音が――まったく遠ざからない。


「なんで追いついてくるんだよ!? お前、見た目のわりに足速すぎだろ!!」

「聖職者たる者、祈りのためにはどこまでも参りますので……♪」


 ああもう、声が近い!

 なんでこの人、全力疾走中にそんな優雅な口調をキープしてるの!?


「お願いだから信仰に機動力を持たせないでくれええええ!!」


 呼吸を整えながら、必死に地形を見てルートを探す。

 幸い、森が近づいてきた。木々の影に紛れれば、ワンチャン撒けるかもしれない。


「このショタ性能で――逃げ切るしかねぇ!」


 全力で森に飛び込む。枝をかき分け、小道を滑るように駆け抜ける。

 枝が顔に当たるのも気にせず、必死に走る。

 後ろからは相変わらず、やさしい足音とやばい発言が追ってくる。


「大丈夫ですよ……祝福の香油、ちゃんと低刺激性のを用意しましたから……!」

「絶対に塗らせるかああああ!!」


 森を抜けた先に、ようやく開けた土地が見えた。


「……村、だ……!」


 小さな畑と石造りの家々。井戸のそばで会話している村人たちの姿。

 異世界ファンタジーとしては標準的すぎる光景に、僕は思わず泣きそうになった。


「助かった……やっと……普通の人間がいる……!」


 あの変態聖女から逃げ切って、ようやく文明圏へ――。

 そう思って村に足を踏み入れた、その瞬間だった。


「おや、見ない顔だね。……な、なんて……尊い……」


 出会い頭に声をかけてきた中年女性が、俺の顔を見た瞬間、膝から崩れ落ちた。


「ちょっ……!? 大丈夫ですか!?」


 慌てて駆け寄ろうとすると、彼女は震える手で俺に触れようとしてきた。


「まさか……こんな田舎にも『神の器』が……!! 見てください皆さん、あの頬の輪郭、まさしく聖典に記された……!」

「出たよ、聖典!!」


 またかよ!

 聖典ってどこにでも流通してんの!? 全国共通宗教か!?

 僕のツッコミもむなしく、周囲の婦女子たちがぞろぞろと集まってきた。

 おばちゃんも、お姉さんも、メイド服っぽい服を着た子も――全員、目が輝いてる。

 いや、輝きの中に明らかに混じってるんだよ。「歪み」が。


「そのちんまりとした手のひら……やだ、尊い……!」

「帽子かぶせたら天使じゃない!?」

「ちょっとこれ、信仰とか関係なく欲が出てくるんだけど……」

「最後の人、もう隠す気ないな!?」


 引くどころか、一歩ずつじりじりと距離を詰めてくる婦女子の群れ。


「や、やばい……この村、平穏じゃない……!!」


 急いでその場を離れようとするが、すでに俺のまわりは取り囲まれていた。


「神の器様! こちらに絵描きの者がおりますゆえ、肖像画を一枚だけ!」

「布教用に、この愛らしい指先だけでも写させていただければ……!」

「いやああああああ!! 静止画でもアウトだろぉおおお!!」


 僕は再び走り出した。

 逃げても逃げても、信仰の手はどこまでも追いかけてくる。


「なんでだよおおお!? 俺、ただの社畜だったはずなのにぃいい!!」


 草原から森を抜け、やっと辿り着いた村――。そこにあったのは、やっぱり「変態信仰」の世界だった。



 村から逃げ出し、小道を走って数分――僕は必死に息を整えていた。


「はあっ……はあっ……どこ行っても信仰、信仰、また信仰……! 俺の平穏、どこ……?」


 木陰に身を隠し、静かに深呼吸する。

 足音は聞こえない。婦女子の群れも巻いたっぽい。


「よし……このまま、静かに遠くへ……」


 そう思って一歩踏み出した瞬間だった。


「――神の器様。やはりここにおられましたか」

「うわあああああ!?」


 振り返ると、そこには――。

 完璧な笑顔で、髪の毛ひとつ乱れていない聖女・クラリスがいた。


「……なんで無傷でいるの!? さっき全力疾走してたよね!?」

「神の導きがあれば、どこまでもお供します……さあ、儀式の準備は万端です」


 クラリスはそう言うと、懐からなにやら布を取り出した。


「え、ちょ……それなに……?」

「『儀式用もちもちマット』です。神の器様をお迎えするために、特注のものをご用意しました」


 白と金の縁取り。ふかふかの天使の羽っぽい装飾。

 明らかにどこかの業者が、変態コンセプトで作ったに違いない逸品だった。


「他にもございます。『清めの香油』は、ラベンダーと聖水のブレンド……肌に優しく香り高く……」

「聖水って、え、どこ産!? 神様もっとちゃんと管理して!?」

「それとこちら、『祈りのタオル』……軽く濡らして、清めのマッサージに使用します」

「絶対やばいだろそれえええええ!!」


 タオルを掲げるその姿はまるで天女のようだったが――言ってることと用途が完全にアウト。


「さあ、聖堂へ参りましょう。今宵は『祝福のひざまくら』から執り行う予定でございます」

「もうそのワードがやばいんだよ! 祝福するな!」


 慌てて逃げ出そうとする僕の袖を、クラリスがそっとつかむ。


「安心してください。私、ふともももちゃんと温めておきましたから……」

「ホスピタリティが怖ぇんだよ!!」


 もう無理だ。

 このままじゃ尊厳が「敬虔な信仰」という名の下に削られていく。

 ――助けてくれ、誰か!


 そのとき、近くの建物のドアがギイッと開いた。


「ん? 騒がしいのう。誰じゃ、聖女様の式典でも始まったのか?」


 出てきたのは、ひげもじゃで腰の曲がった初老の男性――その手には謎の道具がびっしり詰まった工具袋。

 まるでRPGの「怪しいおっさん」のテンプレのような彼は、僕とクラリスを交互に見て言った。


「ほう……これはまた、実に珍しいお客さんじゃ」

「あなた、まさか……!」

「ワシはベルン。この村で魔道具屋をやっておる。そこの少年、何やら面白い呪いにかかっとるの」

「呪いじゃなくて災難です! 助けてください! この人、清めとか言いながらヤバいことしようとしてくるんです!」


 ベルンはくっくっと笑いながら、クラリスにぺこりと頭を下げた。


「聖女様、今日もご苦労さまですのう」

「こちらこそ、導きに感謝いたします」


 普通に会話してんじゃねえよ!!


「さ、少年。こっちじゃ。店の奥で少し落ち着くとよい。変態――いや、聖女様からも距離が取れるじゃろう」

「言った!? 今『変態』って言ったよね!?」


 クラリスが残念そうな表情を浮かべて、俺に手を伸ばそうとした瞬間――。

 ベルンがスッと銀色の煙玉のようなものを地面に投げつけた。


「『煙幕玉・改』。ちとチーズ臭いが、視界はバッチリ塞げるぞい」

「チーズ臭いってなんだよ!? いらん情報多すぎだよ!!」


 その隙に僕は、ベルンに手を引かれて店の奥へと逃げ込んだ。



「……ふう、やっと……人間らしい空気……」


 魔道具屋の裏部屋。

 埃っぽくて狭いけれど、さっきまでの「祝福空間」に比べたら、天国だった。

 木製の机と椅子。壁には無数の魔道具らしきアイテム。

 「聖なる目覚まし石」とか「対憑依用ドアストッパー」とか、明らかにネタ枠っぽいのも混じっているけど、そこが逆に安心する。


「どうやら巻いたようじゃな。よくやったのう、ショタ青年」

「ショタ青年って言うな!」

「ほっほっほ、すまんすまん。だがその姿――まさしく神の器。聖典通りじゃ」

「うわああ! お前もかよおおお!?」


 と反射的に叫んだが、ベルンは手を振って否定した。


「いやいや、ワシは信者じゃない。ただ昔、似たような呪いを研究していたことがあってな」

「……研究?」

「容姿と信仰のリンク現象。この世界では、信仰が現実に干渉することがある。特に神の器とされる存在は、その姿だけで人々の精神に作用を及ぼす」

「なんだよそれ、宗教とフェティシズムの融合体じゃん……」

「そうじゃ。信仰という名のフェティシズムは、時として物理法則を超えるのじゃ」

「言い切るな!」


 ベルンは引き出しから古びた本を取り出し、パラパラとめくった。


「ほれ、このページ。『器の呪い』と呼ばれる現象……『対象が特定の女性にとって絶対的に神聖に見える』という状態を生む」

「……つまり、俺を見た女の人はみんな『なんかすごいスイッチ』が入るってことか?」

「うむ。母性、庇護欲、そして――歪んだ欲望」

「そこ毎回言う必要ある!?」

「重要なポイントじゃからな」

「いや、こっちのメンタル的に!!」


 ベルンは肩をすくめると、おもむろに僕の顔を見つめた。


「お主の呪い、強度が尋常ではない。神の器の中でも極端な部類じゃな。聖職者が正気を保てるレベルじゃない」

「いや実際、クラリスさんの正気はもうとっくに溶けてたけど……」

「それでいて、実力も本物。あの聖女――ただの変態ではないぞ」

「『ただの変態ではない』って言葉が新しすぎるんだけど!?」


「聖女クラリス・ラ=フィリア。あれはこの国でも五指に入る大聖職者じゃ。治癒魔法も祈祷術も超一流。……だが、ある時期を境に、異様に器に執着するようになった」

「……それって、何かあったってこと?」

「かもしれん。何せあの信仰心、理性で止められる代物ではない」

「……いやほんとに」


 あれは、ただの信者の目じゃなかった。あれは、もっとこう……情熱の方向がバグった人間の瞳だった。


「お主、今後も逃げるのは大変じゃろうなあ」

「他人事みたいに言わないで!!」


 ベルンはふむと顎を撫で、僕に向き直る。


「だが、呪いを解く可能性はゼロではない。少なくとも、『器』の条件がなぜ発動したかを探れば、対処法も見つかるかもしれん」

「……それ、どのくらいかかる?」

「早くて半年じゃな」

「待てそれは長すぎる!! その間ずっと『祈りの抱擁』され続けるんだぞ!?」


 ベルンは笑いながら、怪しげな道具をぽんと渡してきた。


「ほれ、『変身マント・試作型』。気配を少しだけ薄める効果がある。気休めじゃが、ないよりはマシじゃろ」

「マント!? せめてもっと魔法っぽいものがいい!!」

「開発費がのう……」


 財布事情がリアルすぎるよこの世界!



「――神の器様を、聖堂へ奉納いたします!」


 その時突然、ベルンの店の外から、張り上げられた村人たちの声が聞こえてきた。


「ちょ、待って!? 奉納って何!? 俺、供え物じゃないんですけど!?」


 窓の隙間から外を覗くと、村の広場には人が集まり、クラリスを中心に神聖なノリで祭壇組み立てが始まっていた。

 白い布。銀の香炉。妙にふかふかそうなクッション。

 いやそのクッション、「祝福の抱擁セット」じゃん!?


「……おいベルン、これ、完全に逃げられない雰囲気になってきてない?」

「うむ。信仰が燃え上がると、どうしてもそうなる。あと聖女様、昨晩からずっとそのクッション抱いてたぞ」

「怖すぎるよぉおおお!!!」


 ベルンは肩をすくめると、地下室の扉を開けた。


「幸い、店の地下は古い洞窟跡につながっておる。そこを抜ければ、東の街道に出られるはずじゃ」

「ほんと!? 逃げ道あったの!? さすが魔道具屋! 怪しさと便利さの融合!」

「ただし――」


 ベルンは僕の肩に手を置いた。


「この道を選べば、お主は、信者の手から逃げる存在になる。『器』として崇められる道を捨てるのじゃ。それでもいいのか?」

「いいです! 逃げます! 逃げ切ってみせます! 尊厳のために!!」


「ならば……これも持っていけ。『擬態フード・夜間限定バージョン』」

「またフード!?」

「見た目が地味な子ヤギになる優れモノじゃ。ただし夜限定」

「そんなピンポイント擬態いらねええええ!!」


 でも、もらった。なんかもう、こういうノリにも慣れてきた。

 荷物をまとめ、ベルンと固い握手を交わす。


「ありがとう、ベルンさん。あなたがいなかったら、俺もう終わっていたかもしれない……」

「ほっほっほ、そりゃあご愁傷様じゃな」

「笑いながら言うなぁあああ!!」


 背後では村人たちの祈りの歌が始まっていた。


「神の器よ~ ふわふわ~ やわやわ~ ありがたや~」


 とかいうギリギリすぎる信仰ソングが耳を突き刺す。


「もう無理……この世界、倫理が死んでる……!」


 それでも俺は、足を前に出す。

 たとえ全婦女子を敵に回しても、逃げねばならない。

 逃げろ。ショタの機動力を信じろ!!

 地面を蹴って、洞窟の暗がりへと飛び込んだ。


「神の器様~! どこへ行かれますか~!? 本日の『ふともも礼拝』がまだですよ~!」

「誰がするかああああああ!!」


 クラリスの声が、朝の空に響き渡る。

 こうして俺の、尊厳と平穏をかけた「変態信仰世界からの逃亡劇」は、まだまだ始まったばかりだった。

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