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第2話

 セイザとタクマは王国の騎士である。

 セイザは由緒正しい家の生まれだ。恵まれた家庭に恵まれた容姿。聡明で剣の才能も高く、当たり前のように騎士になった。しかも、ただの騎士ではない。魔を払う特別な騎士、いわゆる勇者ともいわれる、そういう存在だ。

 一方タクマは、剣の腕だけを頼りに、身一つで騎士の身分を手にした者だ。持ち前の才能と、コツコツと努力をつみあげる勤勉さ。さらに面倒見がよく明るい性格もあり、周りの騎士たちからも深く信頼されている。そんなとき神殿から、勇者を支える存在になるといわれ、セイザの副官として引き抜かれた。

 とはいえ魔王はまだ発現していないといわれ、二人は王国の騎士として、騎士団に同行して魔物討伐をしたり、単独で行動して人助けをしたり、そんな暮らしをしている。

 そんな中、少し前に神殿からこの街に向かうように指示をされたのだ。いわく、祝福と出会うからと。

 意味はよく分からなかったが、とにかく街まで出向いて、人々に話を聞いたりしてみたが、これといった情報はない。何の成果もないまま数日を過ごし、どうしようかと二人で話していたときのことだ。不意に通りの向こうが騒がしくなった。

 男の怒鳴り声がする。男は怒鳴りながら走っているのか、声がどんどん近くなり、それを避けるかのように人の流れが割れる。

 そうしてセイザとタクマは見た。

 小さな子どもが必死に走っている。

 大きさからして、年は5つか6つくらいだろうか。

 ボロボロの服を着た、裸足の少年。

 それはなぜか、明らかにこちらに向かって走っていた。

 怒鳴り声を上げているのは、その少年を追いかけている男だった。大柄で目つきも悪く、見るからにカタギではなさそうな雰囲気をまとわせる男。

 走ってきた少年が、セイザとタクマに向かって手を伸ばす。

 その瞬間、男が少年の襟首を掴んで捕まえた。

 イヤがって暴れる少年。

「手間かけさせんな!」

 男が怒鳴って少年に拳を振り下ろす。

 少年の身体が吹っ飛ばされて、セイザとタクマの足元に転がった。

 少年を引きずり起こし、再び拳を振り上げる男。

 タクマの手が男の拳を受け止めた。耳上で結ばれたタクマの長い茶髪がフワリとゆれる。

「やめないか。まだ子どもだぞ」


「こちらにおいで」

 男は、自分と同じくらい背が高い、しかし自分よりも細いタクマに拳を取られて呆然としている。そのスキにセイザは、男から少年の身体を奪いとった。

「……」

 突然のことに固まっていた少年が、翡翠のような目でぼんやりとセイザを見返す。

「大丈夫かい?」

「……」

 答えない少年。しかし彼は何度か肩をあえがせると、急に手を伸ばしてセイザの身体にしがみついた。予想外に強い力に、セイザは少しおどろく。よほど恐ろしい思いでもしたのだろうか。

「安心しなさい、私たちが守る」

 セイザは少年の背中をなだめるように叩いた。今にも折れてしまいそうなほどに、痩せ細った身体。

 どこの子どもなのかは知らない。けれども騎士である以上、この子どもがこのまま男に殴られるのを見過ごすことはできない。それになぜかは分からないが、この子どもを手放してはならない。そんな気持ちがしていた。 

「その子はウチの子でさぁ……返してくれませんかね」

 少年を追いかけてきた男が言う。見るからにゴロツキとかヤクザ者といった風体の中年の男。

 少年はセイザの腕の中で小さく震えながら、セイザにしがみついている。

 セイザは少年に向かってたずねた。

「この人は君の父親か何かかい?」

 ふるふる、と首を振る少年。

「では知り合いかい?」

 少年は再び首を振る。そうしてセイザの服をにぎる手に、さらにぎゅっと力を込めた。

 男が言う。

「そのガキは、うちの商品なんですわ」

 セイザの眉が寄った。

「商品だと?」

 この国では、人身売買は禁止されている。だがセイザ何かを言うより早く、男はが言った。

「どうしてもそのガキを手放したくねえってんなら、相応の金を払ってもらおうじゃありませんか」

 となりから、ギリっと歯を噛みしめる音がする。タクマだ。堂々と売買を持ちかけるこの男に、怒りを覚えているのだろう。セイザは視線でタクマを制して男の言葉を待った。

「やせっぽちで力もねえガキだ。安くしときますよ。5万カンでどうですか? あんたらからすれば、大した額でもねえでしょう」

 5万カン。それは確かに庶民には少し高い額かもしれない。けれども人間一人に付けられる値段としては、あまりにも安かった。少しいいコートのほうが、はるかに高い。

「いいだろう。払おう」

「おいっ! セイザ!」

 タクマが横から声を上げるが、セイザはそれを無視した。少年を抱いたまま、片手で懐から財布を出す。

 だがそのとき、セイザの手を抑えた手があった。

 骨張って汚れた、小さな手。

 少年の手だった。

 セイザに抱かれたまま、少年はふるふると首を振る。

「大丈夫だ。君を買ったところで、悪いようにするつもりはない」

 違うというように、さらに激しく首を振る少年。

「こう見えても、それなりに高給取りでね。5万カンくらいどうということもない」

 セイザが冗談めかせて言ったが、少年はそれも違うというように首を振った。迷うように唇をかみ、自分の目を隠して首を振る。

 その様子に、男が声を上げた。

「余計なことすんな! ここで売れといたほうがお前も幸せだぞ」

 それでも少年は、自分の目を手で覆って首を振る仕草を繰り返す。

 一連の流れで、セイザには少年が伝えようとしていることが分かった。

 少年はきっと、目が見えないのだ。 

 少年が最初にセイザを見たとき、その視線はどこかぼんやりとして焦点が合っていなかった。男に殴られた影響でフラついているのかとも思ったがどうやら、そうではないらしい。

 男に怯え、逃げていたというのに、買ってはいけないと。しかもその理由に自分の目が見えないことを伝える少年。少年の心境を思うと、セイザは胸が締め付けられるような気がした。

 セイザはひとつ息をついて落ち着きを取り戻すと、手にした財布を男の前に放り出す。

「5万カン以上は入っているはずだ。もうこの子には関わるな」

 そうしてセイザは、青ざめた顔をしている少年の頭を自分の肩にそっと押しつけた。

「もういい……。大丈夫だ、何も心配はいらない」


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