それから数日後。
「父上、国境いの砦からぞくぞくと文が届いたゆえ、読んでおきました」
「なんじゃと? して、何と言って来たのじゃ、蜜柑!」
「各国の使者が接近中、と」
「な、な、なんと」
「心配無用、そのままお通しせよと命じたので、父上もはようお支度を。さすがに、寝巻で使者と会うのはいかがかと」
飛び上がった八朔さまは、ちょこまかと走って奥方様の元へと行かれました。
そうこうしているうちに、各大名家の使者と思しき人々が続々と柑橘城を目指していると、各所から報せが届きました。一体何事かと身構える我々(除く、蜜柑様)に、使者の方は緊張した面持ちで頭を下げられました。
そして震える手で書状を披き、蚊の鳴くような声で
「先達ての我が殿面談の折、御嫡男が知ってしまわれた我が家の醜聞の件」
と読み上げられました。
「しゅ、醜聞じゃと……?」
「左様にございまする。なにとぞ、なにとぞご内密に願いたく……。太閤どのをはじめとした他家の耳に入ったら何かと不都合が生じる故……。いや、無粋とは存ずるが、このとおり……黄金色の菓子を持参致した。ぜひ、お納めいただきたい」
額を床にこすりつけ、絵にかいたような平身低頭。
受け取れませぬと慌てる八朔様に菓子箱をぐいっと押し付けた使者は「よろしくお頼み申す!」と念を押して帰っていきます。
次いで到着された使者の方も似たり寄ったりの口上でした。
「……我が家の家宝でござる。お納めいただきたく……」
「斯様なものを受け取るわけには……」
「ささ、そう仰らずに……」
などと口々に言いながら、ひっそりと、されど続々と「袖の下」を持って柑橘城に駆けつけた使者が、八朔様と丁々発止の面談をなさっているころ……。
すでに蜜柑様は城下を去った後にございました。むろん、お供は乳兄弟の酢橘様ただお一人という気楽なものです。
「蜜柑様、次はどちらに参りましょうか」
「酢橘、行きたいところはあるか?」
そうですねぇ、と、絵地図を広げる酢橘も慣れたもの。蜜柑様の「酢橘、城は飽きた。出発するぞ」との発声から半刻経たぬ間に出立なさるのですから、大したものです。
その一方。
「……何故だか知らぬが、各国の弱点を握ったようになってしもうたぞ、香母酢」
部屋に、どどんと積みあがった珍品貴重品金銀財宝の数々を前に、八朔様はすっかり委縮してしまわれました。
「殿、なんと恐ろしきことかと存じまする」
「同感じゃ、香母酢。できることなら、今からこれをお返ししたい……」
各国の『醜聞』の中身がちっともわからないうえ、蜜柑様がどのような経緯で『醜聞』を知ったのかさえも、わかりません。なので、下手に動けないのです。
「蜜柑の阿呆めっ……事情も説明せず旅に出るとは許し難し……はぁぁぁ……」
一度旅に出た蜜柑様は、いつお戻りになるか皆目見当がつきません。
「事情をはやく知りたいのじゃがなぁ……はぁぁぁ……」
八朔様のお嘆きは、今後もまだまだ続くものと思われます。