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◆第一記録◆1

記録者……柑橘家某家臣


 拙者がお仕えしている瀬戸内の小さな大名家、柑橘家には、少々困った若さまがおられます。

 御名前を蜜柑みかん様と申し上げるのですが、御歳自称十八歳。拙者がお仕えをはじめたころとよりずっと十八歳とは此れ如何に。

 元服も御結婚もなさらず、日本全国津々浦々をふらふらと放浪してばかりおられます。

 どのくらい放浪なさるのかと言えば、お城に腰を落ち着けておられるのは一年のうちのほんのわずか、片手で数えられるほどという有り様でございます。

 当然、大殿・八朔様も御家老の金柑きんかん様もこのような事をお許しになるはずはございません。

 蜜柑様を呼びつけてお叱りになったりお嘆きになったり、思いつく限りの手段を用いて蜜柑様の改心を願いましたが願い叶わず、蜜柑様は『放浪若様』『はぐれ若様』となってしまわれました。

 ……かといってこれを認めて放置するわけにも参りません。我ら家臣一同、心を一つにし、知恵の限りを尽くし、蜜柑様の「脱走防止策」を張り巡らせております。

 その一つに、我が柑橘家には他家には見られぬ役職がございます。それは『若様対策方わかさまたいさくかた』とよばれる御家老支配の者たちでございます。彼らが主に、蜜柑様対策を生み出しております。

 たとえば、陣形。『蜜柑狩り』なる陣形が我が家には存在いたします。

 陸、海、そして空軍の兵、忍びや山賊・海賊の類までもが一斉に動く、他国にはまずみられない特殊な陣形にございます。これは八朔様かご家老様の

「蜜柑狩り、はじめ!」

 という発声にてのみ発動する陣形であり、しかしながら、何時如何いついかなる時でも発動できるように訓練してあります。

 また、『夕凪の関所』と世に名高い関所も領内のあちこちに設けてございます。

 街道のみならず、柑橘城の背後にそびえる蜜柑山・紅葉山両方に兵の詰め所を設け、人川が瀬戸内海に流れ込む一帯にも漁船にまぎれて水軍の巡視船を浮かべてございます。

 他国の方々がみれば厳重なる警戒網で驚かれましょうが、これは決して訪問者を拒むものではなく、あくまでも蜜柑様捕獲のための仕掛けや罠、監視の目にございます。ゆえに、蜜柑様以外の方には懇切丁寧に対応することが義務付けられ、結果、世の中で最も旅人に優しい関所になった次第です。


 ……そもそも、主家の御嫡男を家中総出で追い回すことこそがおかしな話であり……いえ、これ以上は記しますまい。拙者の愚痴になりましょう。


 ですが、それらの策がまともに発動した試しはございません。毎回毎回蜜柑様はそれらを軽々と突破し、疾風の如く柑橘平野を駆け抜けて他国へ行ってしまわれます。

 そうなればお手上げです。ふらりふらりと諸国をまわって騒動を巻き起こし、いつの間にか帰ってこられます。その一連の行動の突飛さには、われら家臣一同のみならず、諸国の皆々様がいつも振り回されております。

 しかし拙者は何よりも、蜜柑様の御身が心配なのです。

 織田信長公が本能寺で討たれてはや数年。

 世の中はまだ混沌としていると言っても過言ではありません。そんな中を、小なりとはいえども大名家の嫡男がふらふらと単身で放浪することがどれほど危険な事か、御理解いただきたいのです。

 拙者がそう切々と訴えて以降、蜜柑様は御家老・金柑様の御嫡男・酢橘すだち様をお供に従えて下さるようになりました。

 蜜柑様と酢橘様は乳兄弟であり、酢橘様は側近中の側近です。幼き頃から付き従ってきた酢橘様ならば蜜柑様の突飛な行動についていけると思われます。


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