真夏の猛暑日。
果てしない快晴の中、太陽はこれでもかと照りつけ、アスファルトの表面を熱波がゆらゆらと揺らめかせている。セミの鳴き声は夏の風物詩ではあるものの、あまり耳に心地いいものではない。
遠くの道端では陽炎が立ち上り、風景を不確かな夢のように歪ませていた。
坂道の脇に立つ錆びたガードレールは言ってしまえば熱した鉄板のようなもので、触れると火傷するリスクがある程。
すぐそばのカーブミラーは、表面が薄く曇り、反射する景色をぼんやりとしか映し出さない。
そしてそんな坂道を行く唯一の人影、それが
彼が手に提げるコンビニの袋には空になったペットボトルと、溶けたアイスが入っている。
彼の家から最寄りのコンビニにたどり着くには、この坂道を通らなければならなかった。
実際、坂を超えてしまえばアイスが完全に溶ける前に家にたどり着くことも可能な距離だった。
「……やっぱりおかしいよな、何回目だこのカーブミラー見るの」
カーブミラーには、うっすらと自分の姿が映し出されていた。くせ毛の黒い髪、たまたま引っ張ってきたアロハシャツにステテコとサンダルというあまり同級生などには出くわしたくない服装をした自分がこちらを見つめている。
「一本道で、道を間違えるわけもないしなぁ、謎だ」
そこからも、道に剃って歩き続けてみるがやはり家が見えてくることも無く、車やほかの歩行者とすれ違うことすらもない。
辺りに民家はなく、雑木林と小さな小屋がいくつかある程度。どこかに助けを求められるような要素が見当たらない。
「スマホ持ってこればよかったな、まさかこんな所で現金払い派な事があだになるとは」
どこからともなく響く蝉の声が、夏の重たい空気を切り裂いている。鋭い鳴き声が耳に突き刺さり、時折、ジリジリと途切れる瞬間が暑苦しさを強調している。
もう何度目かになるカーブを曲がりきった先で、ふと立ち止まれば、汗が額を滑り落ち、首筋を伝う感触がいつの間にか朦朧としていた意識を呼び戻した。
見上げた空の青と白い雲、足元の熱いアスファルト、錆びたガードレールと草木の緑、繰り返されるその風景に恐怖を覚える。
「くっそ、やばいな、どうしたものか……」
その場に座り込み、足を休ませる。
少しでも日陰に避難するために木々から伸びる枝葉の下で、溶けたアイスの袋を開けながらそれを飲み干す。
「ああ、ダメだ死ぬほど温い、甘いぬるま湯だ、最悪」
ソーダ味のアイスクリームが清涼感ゼロの甘いだけのお湯に変わったことに心底苦しみゆっくりとその場で横になった。
真夏の猛暑、1人で歩き続けた彼は体力的にも精神的にも限界が近かった。
「……どうなってるんだよ、これ」
セミの鳴き声が徐々に遠ざかり、目に入り鬱陶しい木漏れ日に目を閉じると、まぶたが重くなる。
再びまぶたを開けるのも億劫になり、考えることすらも止めてしまう。
最後に、このまま眠ってしまおうかと考えた。
「そこで寝る気かい?」
聞こえてきた他人の声。
知らない女性の声でも、誰かが通りかかったことに驚き目を開けた。しかし体は重く、ゆっくりと上半身を起こした。
「見たところ大丈夫とは言い難いだろうが、しかしこういった場面での定型表現として聞こう。大丈夫かい?」
彼をのぞき込むように、その少女は立っていた。
彼女は白銀の髪を肩先で揺らし、整った顔立ちは彫刻のようだった。琥珀色の瞳はサングラス越しに管方を見つめている。
彼女の存在には、どこか現実味が無かった。
墨色の襟に金色の草花模様が散るドレスの上から薄手の白いショールを羽織っていて華奢な身体の動きに合わせてふわりと舞う。
ドレスの袖は大胆にカットされ、肩から腕にかけての肌が露わになっており、しかし本来は肌が見える肩を包む白い生地が磁器のような白い肌との境界線を曖昧にしていた。
「ずっと、歩いてて……ここを」
彼は自身の置かれている状況を伝えようとするが、言葉を上手く繋ぐことが出来なかった。
頭がまだ不明瞭で意識が混濁していて、下が回らず、喉から声を出すという普段の感覚を失っていく。
「おい、君、しっかりしないか。……ダメそうだ、これは一旦……」
駆け寄る彼女の声を聞きながら、管方の意識は再び深くへと沈み、今度こそ深い眠りについた。