そんなわけで、元勇者と元戦士の兄である第一皇子が乗り込んで来た。
予定通り、仲間と分断してヘルクラインだけを玉座の間に誘導した。
ガイルたちの時のように触手で拘束しようとしたのだが、光魔法で魔力を浄化されてしまい、なかなか捕縛できない。
「ふぅむ。光の加護かぁ。なかなか強いね」
直接攻撃を仕掛けるランドールも、ヘルクラインが使う光の剣に梃子摺っている。
(これくらい頑張ってくれると、多少は勇者と戦った感があって、いい運動だから、良いんだけど)
魔王は隣に立つシャムルをちらりと確認した。
シャムルは色のない目で兄が立ち回るのを眺めている。その目はとても詰まらなそうだ。
(シャムルの本音は、まだよくわからないなぁ)
魔王はガイルに剣を投げて渡した。
「ガイル、侵入者を殺せ」
剣を受け取ったガイルが魔王に跪く。
「魔王様の御命令通りに」
立ち上がったガイルは、何のためらいもなくヘルクラインに斬りかかった。
「ガイル! 兄の顔を忘れたか! 魔王の言いなりに兄に剣を向けるなど、王族の恥だ! 我等王族は民を魔族より守るための剣だ! 目を覚ませ、ガイル!」
ヘルクラインが如何にも勇者様な台詞を吐いている。
「無駄だ。魔印は死ぬまで消えぬ。ガイルは今や、魔王のために命を捨てる奴隷よ」
魔王の言葉にヘルクラインが顔を顰めた。
「ならば、この兄がお前に引導を渡してやろう。これ以上、生き恥を晒さぬよう、お前の王族の誇りは私が守ってやる」
ヘルクラインが剣を高らかと掲げた。
「ヘルクライン兄上が得意とする浄化魔法です。光魔法でガイル兄様を魔印ごと浄化するつもりなのでしょう」
シャムルが淡々と話す。苦々しくも聞こえた。
「お兄ちゃんなのに、助けてあげないんだ? 堕ちたら即殺害って判断、魔王は嫌いじゃないけど」
「助けているつもりなのです。王族としてこれ以上生き恥を晒さぬよう、ガイルと私を殺して、誇りを守ったという自己満足です。その後で、助けられなかった自分を責めて泣きながら悦に浸るのでしょうね」
シャムルの顔がついに苦虫を噛み潰したように歪んだ。
「誇りかぁ。人間てプライド守るの、好きだよねぇ。魔王には何百年経ってもよくわからないし、興味がないなぁ」
「私にも、よくわかりません」
シャムルが魔王を見上げる。
その目にはうっとりと恋慕が浮いて見える。
(そういえばこの子、攻め込んできた時も魔王のちんぽ見てこんな顔してたねー)
触手に捕まり、突っ込む前に見せ付けたちんぽに釘付けになっていた。
「シャムル、ヘルクラインを攻撃して光魔法を止めてみよ」
「御意に」
待ってましたと言わんばかりにシャムルがヘルクラインに向かい、氷結魔法を投げつけた。
一瞬にしてヘルクラインの全身が凍り付いた。
「容赦ない感じ、いいねぇ。シャムルってお兄ちゃん、嫌いなの?」
「好き嫌いで考えたことはありません。ただ、自分とは違う思考の人間なのだと思っていました。だから興味がありません」
つまり、嫌い以下ってことだ。
価値観が共有できないから視界から排除しているのに、自分から入ってくる。だから鬱陶しいのだろう。
シャムルが投げつけた氷結魔法が弾けた。
ヘルクラインが無傷で氷を溶かしていく。
「シャムル、お前まで魔王に堕ちたか。リンデル王国の王位を継いだ暁には、お前は私の右腕となり国政を、ガイルが軍を統率し国の民を守る。それこそが我等皇子の責務だというのに! 特にシャムル、文武両道のお前は私が誰より頼りにする存在だ。兄の信頼を裏切るのか?」
シャムルが小さく息を吐いて、また氷結魔法を投げつけた。
ヘルクラインが剣で魔法を弾き消した。
「シャムルには魔印を二本、施した。ガイル以上に従順な我の奴隷ぞ」
とはいえ、魔印の効果は薄れていそうだが。
ヘルクラインの顔が怒りで歪んだ。
「私の可愛い弟たちに、よくも無礼な仕打ちを! 許さない!」
ヘルクラインの剣に光が集まっていく。
部屋中に充満させた魔の気が薄まる。
「光の一閃を打たれては、流石の魔王様も傷付いてしまうかもしれません」
シャムルが魔王を見上げた。
「魔王様、私の心臓を喰ってくださいませんか?」
自分の胸に手を当てて、シャムルが可愛らしく笑んだ。
何も言わずに見下ろす魔王に、シャムルが続ける。
「私に施した魔印の効力が薄れていると、魔王様はお気づきなのでしょう? だから私の本心をはかりかねていらっしゃる」
「気が付いてたの、偉いね。最初に攻め込んできた時も、シャムルは全力じゃなかったね」
魔王がシャムルの頭を撫でると、シャムルが嬉しそうに受け入れた。
「申し訳ございません。魔王様が魔印を付けてくださるようだったので、早く欲しくて戦う振りができませんでした。私は魔王様の側近になりたい。けれど、言葉だけでは疑われましょうから、どうか、心臓を喰ってくださいませ」
魔王の手を取り、シャムルが自分の胸に宛がった。
「ほうほう、なるほど。いいよ。面白そうだから、シャムルの心臓、喰ってあげるね」
なかなか小気味いい提案に興味が湧いて、魔王様はシャムルの作戦に乗ることにしました。