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6-7 引退

 美咲は布団の中で拳を握りしめながら、瞳を閉じた。


 身体は重く、心も重い。


 今ここにいるのは、猫神ルナではなく川島美咲。

 誰もが待ち望んでいた偶像などではなく、ただの人間。


(私は……昔からそうだった)


 両親が事故で亡くなったのは美咲がまだ幼い頃。

 その時から、喪失と孤独はずっと心に巣食っていた。


 親戚を転々とし、不機嫌な大人たちの間で肩身を狭くしながら生きてきた。

 誰も美咲に期待しなかったし、美咲も誰に頼ればいいのか分からなかった。


 大人になり、バイトを掛け持ちし、テレアポの仕事に明け暮れた。

 しかし、電話越しの客から「声が変、ふざけてるのか?」とクレームを受ける度、惨めな気持ちが胸を刺した。


 普通に喋っているだけなのに、どうしてこんなにも受け入れてもらえないのか。

 何度もそう思い悩んだ。


 それでも偶然見つけたVTuberオーディションで、やっと合格できた時は嬉しかった。


 華々しくデビュー……とはいかなかったものの、初めはマネージャーも「頑張りましょう!」と明るく声をかけてくれた。


 だが、そのマネージャーは日に日に元気を失い、最後には退職。

 同期のメンバーたちも、一人、また一人と消え、気づけば美咲は孤独だった。


 ジニーのVTuber部門は結局採算が取れず、解体を決定。


 美咲は猫神ルナというキャラクターをどうしても捨てたくなくて、IPを買い取って個人勢として続けてきた。


 でも、登録者は伸び悩み、同接は落ち込み、虚しくなるばかりだった。


 そんな時、突然異世界に転移させられ、猫神ルナとして異世界で活躍できるようになった。


 本来なら現実世界へ帰る方法を探るところだが、帰ろうという気は微塵も起こらなかった。


 ルナでない自分に価値はない。


 配信を終えて美咲に戻ると、人目に触れないように宿屋に引きこもっていた。

 完全に美咲を捨てて、ずっとルナでありたかった。


 でもバレちゃった。


 (もう潮時なのかもしれない……)


 美咲はぼんやりとそう思い、涙が滲む。


 その時だった。


「ドォンッ!」


 エルフの里の外から、地響きとともに爆発音が響いた。

 微かな振動が足元に伝わってくる。


「な、何……?」


 美咲は思わず目を見開く。

 絶望の中、まだ何かが起きようとしているのだろうか。




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