薄暗い木造の部屋で、美咲はゆっくりとまぶたを開けた。
目の前には、木のぬくもりを感じる天井が見える。
ベッドに横たわる自分の体は、重く、だるさが全身を覆っている。
「……ここは……?」
声を出した瞬間、すぐそばから小さな声が返ってきた。
「美咲!大丈夫かい?」
美咲は首を巡らせ、見ると、そこにはマフラーを巻いたみけのすけが心配そうな表情で覗き込んでいた。
いつものVTuberとしての「ルナ」ではなく、中の人としての「川島美咲」の姿になってしまっている。
「あ、みけのすけ……。私……、配信は?」
そうだ、配信はシャムの攻撃を受けた時点で切れてしまった。
ルナではない、この“生身”の姿が配信に映らなくて良かったかと一瞬思うが、みけのすけは微妙な顔をしている。
「ごめん美咲、シャムも配信してたらしくて、君の姿……その……中の人の姿が流れたみたいだ。」
「えっ……嘘……。」
美咲は血の気が引くのを感じた。
VTuberとして、猫神ルナとして活動してきた意味が一気に崩れてしまった気がする。
ファンは幻滅しただろうか。
ロールプレイを続けて、夢を与える存在であらねばならないVTuberが、こんな姿を晒してしまった。
「私……シャムさんにやられて……。
そう、シャムさんが攻撃してきて……配信は強制終了になった……。
しかもシャムさんの配信に私の姿が映って……最悪ですにゃ……じゃなくて、最悪。」
無意識にルナ口調になりかけたが、今はもうそんな気になれない。
美咲は布団を掴み、涙目になりながら視線を落とす。
「VTuberは夢を与える存在なのに……私なんて、こんなださい、疲れ切ったおばさんで……ファンのみんな、どう思ってるんだろう……」
みけのすけは口を結んでいる。何か励ましたいのだろうが、言葉が見つからないようだった。
その時、ドアの外からひそひそとした声が聞こえてきた。
エルフたちの会話らしい。美咲は耳を澄ます。
「なぜ穢らわしい人間を里に置いておかねばならないんだ?」
「妖精族のハイケットシーだと思っていたのに、私たち騙されていたんだわ!」
エルフの里で美咲が休んでいることに対する不満の声が漏れ聞こえてくる。
美咲は息を飲む。
先ほどまで、ルナとしてエルフの里を救い、尊敬と感謝を受けていたはずなのに、今の自分はただの疲れた人間女性。
エルフたちが期待していた幻想は、シャムに壊されてしまったのだろうか。
外での囁きは続く。
「ハイケットシーとは、妖精族であると聞いていたが、あれは違うだろう。
あれが勇者?笑わせる。中身はただの人間に過ぎん。」
美咲の胸が苦しくなる。
今この里で受け入れられているのは、猫神ルナとしての英雄性であり、中の人が求められていたわけではなかった。
それが露呈してしまった今、彼らの態度が変わるのは当然かもしれない。
みけのすけが申し訳なさそうに俯く。
「ごめん、美咲……僕もどうしていいか……」
美咲は唇を噛み、布団の中で拳を握る。
VTuberとして夢を与える存在でありたかったのに、中の人が晒され途端にこの仕打ちである。
「なんか、疲れちゃったな……」