VTuberが世界規模で熱狂的な支持を得る時代。
高性能3Dモデル、リアルタイムモーションキャプチャー、音声合成技術……
これらが融合した新たなエンターテインメントは、いまやグローバル産業として確立していた。
超人気VTuberは、武道館やアリーナで現実の観客を前にステージを行い、その姿はもはや夢幻ではない。
数多くのアイドル的存在が生まれ、その中に「猫神ルナ」という名を冠するVTuberがいた。
彼女を動かす中の人――川島美咲は、配信開始直前のモニターを見つめている。
デスク上ではマイクとヘッドセットが整えられ、数秒後にはいつもの決まり文句で視聴者を迎え入れるはずだった。
「おかえりなさいませ、ご主人さま! 猫神ルナ、今日もご奉仕いたしますにゃ!」
そんな愛らしい声で挨拶をするところだったのだが、カウントダウンがゼロを刻む瞬間、何かが起きた。
画面が揺らぎ、液晶の光が滲む。
視界が混濁し、次の瞬間、ツンと鼻を擽る草の青い匂いが流れ込んでくる。
頬を撫でる風は、まるで大地の息遣いを孕んでいるかのようだ。
美咲は慌てて目を凝らす。そこには、見渡す限りの緑の草原が広がっていた。
柔らかな土の感触が足裏に伝わり、遥か空には巨大な影が舞う。
手を上げると、猫耳カチューシャが揺れ、しなやかな尻尾が存在を主張する。
「……え、これって?」
川島美咲――いや、猫神ルナは、思わず息を飲む。
いつもの配信部屋ではない。モニターも机も消え、まるで別世界に飛び込んでしまったような感覚。
VTuberのアバター姿のまま、現実とは思えない草原に立ち尽くす美咲は、震える唇で言葉を紡ぐ。
足元には柔らかな土の感触。遥か上空には巨大な影が滑空している――あれってドラゴンってやつ?
美咲は慌てて自分を見ると、そこにはVTuber「猫神ルナ」の姿があった。まるで自分自身が3Dモデル化したような、猫耳や尻尾が本物の体として動く。手を振れば尻尾がふわりと揺れ、耳がぴこりと反応する。
唇が震える。これ、夢?VR?新作ゲーム?そんな疑問が渦を巻く中、彼女は思わず叫んだ。
「わ、わたし……異世界転生しちゃったのーーー?」
声は遥か彼方へと溶け、異世界の大地を静かに揺らした。