長谷宮に人との関わり方を教えてあげるといったはいいけど、そういえば私も友達ほとんどいなかったんだよなあ。高校ではまずいないし、いるのは中学の時の友達僅か二名。この事実を長谷宮に知られると、恐らくまた殴ることになるだろう。
後それと長谷宮の両親だ。勘当ではなく家出、十中八九長谷宮を探しているだろう。そして異世界転移が割とメジャーな世界の住人ときた。絶っっっっっ対家に来るやつ!
「ねえ長谷宮」
痛くなってきた頭を抑えながら、コップを持った私はソファでだらける長谷宮に声をかける。今は静かにしてくれてるけど、またいつうざくなるかが分からない。ついでにコイツに人との関わり方の教え方も分からない。やっぱり帰ってもらおうかな?
「なんですかあ?」
私が渡したコップを受け取った長谷宮がため息交じりに答える。
なんでコイツ偉そうなの?
「異世界転移って言ってたけどさ、どうやって転移するの?」
テレビを思いっきり叩いたら出てきたっぽかったけど。あ、ちなみにテレビは元に戻っていた。
「はっ、そんなことも分からないんですかあ? やっぱり式沢はバカですね」
「あ? 大体の予想はできてるよ、これはただの確認」
「そ、そそそそうですか。ままままあ? 式沢にしてはよよよよよく頭を使っていますね」
「いいから早く答え合わせさせろよ」
「ひぇっ、て、テレビです」
井戸から這い出てくるやつじゃん。
「テレビねえ……。それって、長谷宮の家のテレビ通ってうちのテレビに来たってこと?」
「はっ、なに言ってんですかあ? 大体の予想はできてるって言ったくせに? 式沢は面白いこと言いますね、笑わせてもらいます。あっはっは」
うっざいけど、ならどうやって?
「異世界転移はメジャーだって言いましたけど、そんなホイホイできるわけないじゃないですかあ」
ホイホイできるからメジャーって言うんじゃないの?
思いっきりバカにしたような顔で説明してくる長谷宮の顔面を踏みたい衝動にこらえながら、私は続きを促す。
「異世界転移するには信用が必要なんですよ」
「あんたのどこに信用があんのよ」
「転移はテレビを使ってするのは正しいですよ、バカのくせによく分かりましたべふぁっ」
「あ、ごめん。我慢の限界だった」
コップを持ってるから軽くひっぱたいた。
「はっ、やっぱり式沢はバカすぎますね。なーにが我慢の限界ですかあ?」
軽めだったらうざいままなんだ、よかった、私が悪くなっていない。
「うるさいなあ、まあそろそろ慣れてきたけど」
まだ出会って一時間も経っていないけどコイツに慣れてしまうというのはどうかと思うけど。
「人を殴っておいてなーにが慣れてきたんですかあ? 全く、式沢バカバカバカすぎますよ」
平常心を保て……。
「うるっさいなあ、早く教えてよ」
「しーかーたーなーいーでーすーねー」
コップに口をつけて一口。のどを潤した長谷宮は人差し指を立てて語りだす。
「異世界転移するのは、政府が管理している施設に行かないといけないんですよ。そしてその施設に入るために信用が必要なんですよ。まあ式沢みたいな人間は入れないでしょうけど。まあ式沢の信用は置いておいて、あと式沢がバカだというのも置いておいて――」
「信用ってなにかな?」
「ひっ⁉ しししし信用っていうのはっ、人間性とか諸々のことです、けどわたしも詳しいことは分かりません!」
人間性とか諸々って、コイツに信用無いと思うんだけど? なに、コイツのいる世界の日本って結構終わってる?
「なんで人間性とかが信用につながるの?」
「はっ、ここまで言っても式沢に理解できませんでしたか! しかたなーく教えてあげますよ。人間的に信用が無いと、異世界転移した人が戻ってこないじゃないですか」
相変わらずコロッコロ態度変わるけど、それすらどうでもよくなる疑問がある。
「異世界転移って一方通行じゃ無いの?」
「それはラノベの世界だけですね! ていうかちょっとは自分の頭で考えるべきだと思いますけどお? バーカ、式沢のバーカ」
うっざいけど、コイツの言うことも一理ある。この溜まったムカつきは後で解消するとして、癪だけど考えるとしよう。
人間性に信用がなければ異世界転移した人は戻ってこない。私の知っている異世界転移とはまた違う。私が知っているのは過労死とかトラックに轢かれるとか、まあ死んだ後のこと。
長谷宮に世界には『異世界転移』というものがある……普及している。確かに死ぬならまだしも、生きている人間が異世界に行ってきますと言って戻ってこなかったら大変だ。でもその場合事故死とか、ファンタジー世界とかだったらあり得そうだし、その時はどうしているのか。
ていうかそもそもテレビを使って異世界転移って、テレビが無い世界にはどうやって行くんだろう……。
ううむと唸る私の顔を勝ち誇った顔で見てくるコイツはマジでうざい。
「あのさ、異世界転移って普通はどこに行くものなの?」
私の質問の意味が伝わったのだろうか? それとも答える気が無いのか、長谷宮は優雅にコップに口をつける。ちなみに中身は麦茶。
イラっとした私は、長谷宮がコップに口をつけた瞬間、コップに口を軽く叩いてみた。
「ごぼふっ、げぼえぁ!」
よし!
麦茶でびちょびちょになった長谷宮が怯える目で私を見る。
「天国のおじいちゃんが見えました……」
運よくソファは濡れなかったから、私はそのまま話し出す。
「異世界転移って行き先選べるの? あとどんな行き先があるの?」
「質問が増えてる……⁉」
「いいから」
おら早く答えろと長谷宮の濡れた顔をペチペチ叩く。
「分かりましたからっ、だからっ、ペチペチ叩かないでくださいよ」
「ごめんごめん」
私としたことが、暴力は良くないね!
「ちっ――ベシベシ叩かないでくださいぃぃぃ!」
時には暴力も必要だね!
「早く答えろ」
「もうヤダ! この家!」
「あんたが来たんでしょうが! 嫌ならさっさと帰れ!」
「帰りたくないんですぅ!」
「なら答えろ!」
一向に話が進まない。私がどんなに我慢してもコイツマジでうざいし、我慢しなかってもうざいし、もう本当にどうしたらいいのか分からない。
長谷宮は疲れたのか、言い返してこらず、残りの麦茶をすべて飲んだ後、口を開く。
「異世界転移先はある程度選べますよ。まあどの行先も似たり寄ったりですよ。式沢が考えてるようなファンタジー世界には行けません。残念でしたー」
「へ、へぇ……そうなんだ」
なんだその「式沢の考えていることなんて分かってますよー」的な顔。
「まあこの世界みたいに? 式沢みたいに? レベルのひっくい世界もありますけどー! 転移できる先は日本限定ですからね! その日本の中でもこの世界は式沢のせいでもう転移できない程のレベルのひっくい日本になってしまって痛い痛い痛いっ! 頭が割れちゃいます!」
コイツはいちいち人を煽らないと喋れないの?
それにしても転移できる先は日本限定……色んな日本があるのか、パラレルワールドってやつ? それと――。
「転移できるレベル……」
そう口から出してしまった私は心を押さえ込む。絶対叩かない。殴らない。
「こーんなことも分からないなんて、やっぱりこの世界はレベルが低いですねー。教えてほしいですか? バカの式沢じゃ理解できるかわかりませんが、教えてあげましょうか? ねえねえ? ほらほら、教えてくださいーって懇願すれば仕方なーく教えてあげますよ!」
やっぱりめっちゃ煽ってきた。うぜー、殴りてー。
私は必死にそれらの感情を押してつけて、引きつる頬で長谷宮に頷く。
だけど長谷宮は手を耳に当てて私の口に近づける。またいい匂いするのが腹立つ。
……ていうかコイツ色々わざとだろ。叫ぶよ? 私。
「えー、聞こえないですねー」
「お‼ し‼ え‼ て‼ く‼ だ‼ さ‼ い‼」
鼓膜破るつもりで叫んだけど長谷宮はどこ吹く風。なん……だと……⁉
よく見ると長谷宮の耳に耳栓が詰められていた。いつ詰めた?
「よーく言えました」
長谷宮は耳栓を取り外すと満足そうに頷く。
なんだこの負けた感!
「転移できる先は日本限定なんですよ。それで転移できる日本にもそれぞれレベルがありまして、基本的にそこに住む人間のレベルなんですけど、酷いところでは犯罪大国の日本とかあるらしいんですよ。あと式沢みたいなバカがいてもレベルは下がりま冗談はさておき転移先で事件に巻き込まれないように安全な日本にしか転移できないようになってるんですよ」
最後の方は早口だったけど、なんとなーく理解できた。
ということは私の住むこの日本の治安は良いということだろう。てかコイツの世界の方が人間レベル低いんじゃないんだろうか。主にコイツのせいで。
「なるほどねえ……」
あんまり自由って訳じゃなさそう。うん、思ってたのと違う。
「理解できたんですね、良かったですぅ、式沢じゃ理解できないと思ってましたから」
「だから友達できないのよ……」
そう言うとふんぞり返っていた長谷宮の動きがピタリと止まる。
お、手ごたえあり。
「いやまあ私がそれを教えてあげるんだけどさあ、友達がいないあんたのために」
すると長谷宮はしゅんと項垂れる。なんかちょっと可愛い。言動のせいでうざいの概念的なものになってるけど、コイツ自体は可愛いんだよなあ……。
「式沢はこういう姿に弱いんですよね……?」
ボソッと告げる長谷宮、不思議とうざくない。
「そうね。一生そうしとけば周りの人達が助けてくれると思う。だから私の家にいる間はそれでいて」
一生それでいて、マジで、それならただの可愛い子だから。私もムカつかないから。
「まあ、バカの式沢の言う通りにしてあげないことも無いです。下々に合わせないとですもんね。全く、なんでわたしが下に合わせないといけないんですかね……」
そこでどうでもいいことに私は気付く。私がコイツのことをうざいと思っていたのは、主にコイツのテンションのせいだったことに。
そんなことはどうでもいい。それよりもあれだ、コイツに人との関わり方を教えるという話だった。
「うん。なんかただの毒を吐く性格最悪の美少女になった。いいと思う」
なんかこれはこれで刺さる層もあるだろうから、もういいんじゃないかな? 私の役目終了じゃん。
涙が出てきた、出会って二時間ちょっとなのに、何年も一生過ごして来たかと思うぐら疲れたし、やりきった感がある。
「どうしたんですかぁ? 式沢はバカだから物足りないんじゃないんですかぁ? やっぱりこっちに戻しますかぁ?」
甘ったるい声音で囁いてくんな!
「戻すな! それでいて、ほんとお願いだから。やればできるんだねーえらいえらい」
とりあえず長谷宮を褒めておこう。
「はっ、バカにしないでもらえますぅ?」
さっきのしおらしい態度はどこへ行ったのか。
「ちっ、学習しろよ……」
なんでコイツは学習能力が無いんだろう……。
「ひゃう⁉」
「あんたさ、そのうざいテンション辞めたら友達出来ると思うよ」
「うざくないです……」
「そうそれ! そのテンション! いいよいいようざくない! そのテンションでいたら多少口が悪くても友達出来るって」
やっぱり見た目美少女だから多少の毒も許せるね。
「……できませんよ」
だけど長谷宮は口を尖らせて完全にいじけてる。
可愛い! さっきまでなら絶対うざかったけど、今は全然うざくない!
「できるできる。てか常にそのテンションだったら私は友達になりたい!」
「……本当ですか?」
「本当だって」
すると長谷宮は少し考えると――。
「えー⁉ バカの式沢がわたしと友達になれると思っているんですかぁ? 式沢みたいな暴力女とは友達になりたくありませーん!」
などとぬかしやがった。
「やっぱ私もいいわ。あんたマジでうざいわ。人との関わり方以前に自分の欠点見直して来いよ」
まあ暴力は多少なりとも悪いと思っていたりいなかったり。
なんにせよ、コイツと過ごすことができるのか、かなり不安になってきた。