後ろからヴィーナス様の声が聞こえてくる。
「それにしても、中学生になってからは、しっかり友達ができましたよね?」
「そうですね、部活動が始まったのが大きかったと思いますよ。」
「星くんは、テニスをやっていたんですよね?」
「そうです、小学生からクラブのチームに入っていたんですよ」
絶対……テニスやってたのにチェリー君だったんですか?って思ってるよ……
「思っていませんよ!?……私を何だと思っているんですか?テニスを頑張っていたの知ってますから、それに、友達が増え始めたのも星くんが頑張ったからですもんね。ご褒美のよしよししてあげます」
ヴィーナス様の優しい手つきに思わず声が漏れそうになる。
変な声が出そうになった、よしよしなんて恥ずかしいのに、なんで俺、受け入れてるんだろう。
どんどん、身体の力が抜けていった。
そんなことをしている間に最後の映像が流れ始める。
———それは、中学1年生のトラウマだった……
映像を見て、その当時のことをすぐに思い出す。
この時の俺は、共通の趣味をもった女の子がいた。お互いでよくからかったりはするけれどとても仲が良かった。
最初は……上手くできていた、と思う。
てれくさかったけどたくさんの事を話せていた
でも2年になりクラス替えをすると話す機会も減った。
もっと喋りたくてもどう話したらいいのかもわからなくなり、よくからかいながら喋っていたことを思い出した。その当時は、違うクラスに何も用がないのに話に行くのもなんか恥ずかしくて、きっかけを作るためにからかいに行った。
いつしか、その女の子との話し方がわからなくなってしまい、超えてはいけないラインを超え、好きだった女の子を傷つけてしまった……
それからその女の子と話す機会はなくなった。
いや、話せなかった。
後から、その子から手紙をもらった……
1年生の時は、話しててすごく楽しかった。
星君のことが好きだった。でも、2年生になってからはよくわからなくなった。出来ればもう話かけないでほしい。
相手も好きだったことが後からわかり、すごい後悔した。その時は、まぁ、少し時間が経てばなんとかなる……。許してくれるだろう……そんな気持ちでいたがそんなことはなく、そのまま中学を卒業した。
手紙の文章の内容やその女の子に拒絶される夢を大学生ぐらいまで度々、夢に見るようになった。
その結果、異性に対しての距離感がわからなくなった。高校生でも仲良くなった女の子はいたけど、もう一歩を踏み出すことが結局できなかった。
また仲良くなったら調子に乗って傷つけてしまうんじゃないか……泣かせてしまうんじゃないか……
今日の映像を見てわかった……
あぁ……俺は人を好きになるのが怖くなって避けて来たんだ。
あの時、どうすればよかったかなんて、聞かなくてもわかってる……でも聞いてしまった。
「どうすればよかったですか?ヴィーナス様…」
「……これは、ちゃんと答えますね。
思春期のあるあるだとは思いますが、ちゃんと向き合って手紙を見た瞬間に許してもらえなくても謝るべきでしたね」
「そうですよね……」
俺は肩を落とす。
さっきまで色々言い合っていたことに不安を感じ後ろに座っているヴィーナス様に尋ねる。
「ヴィーナス様、俺と……話していて傷ついたりしてませんか……?」
「昔から仲良くなったり、心を許せる人には軽口を言うようになってしまって……その人を傷つけてしまうことがあるんです。」
ため息をついて、ヴィーナス様は言った。
「はぁ、楽しい黒歴史上映会だっていうのにそんな雰囲気じゃなくなったじゃないですか……」
「いいですか?
星くん、私は神ですよ?繊細な心を持つ人間とは出来が違います。
本当に頭が来たら、また、ドアの前で動けなくしてお漏らしさせてあげますよ」
ヴィーナス様の言葉に少し胸が軽くなる。
同時にあの時のヴィーナス様の顔を思い出しながら尋ねた。
「あの時って結構怒ってました……?」
「はい、それはもう、あんな屈辱初めてでした。」
ヴィーナス様には……嫌われたくないな……
心の中で思う。
ヴィーナス様はボソッと呟く
「全く、この子は……
しょうがないですねぇ……」
後ろから手を回されヴィーナス様の体が密着する。さっきの抱きつきとは、全然違うとても優しいハグだった。
「えっ……」突然抱きしめられ動揺する。
「……どんなにからかいあっても、私は……嫌いになりませんよ?」耳元で囁くように言った。
「ひゃっ」と思わず女の子みたいな声をあげてしまう、そんな俺に構わずさらにぎゅーと抱きしめられる。
ヴィーナス様は甘く息を吹きかけるように囁いた……
「安心して私のこと“好き”になりなさい」
胸が飛び跳ね……顔が熱くなる。
心臓の音がどんどん激しくなる……
よかった……顔をみられなくて本当によかった……
今だけは……絶対に…………見られたくない……
何も言えずに固まってしまう。
「あらら、刺激が強すぎましたか」
ヴィーナス様は指でパチンと音を鳴らす
ポップコーンとコーラは消え、今まで座っていた2つの座席は区切りがなくなりソファーに変わった。
「……ほら、星くん?太ももに頭乗せて良いですよ?ひざまくら……して欲しかったんでしょ?」
ヴィーナス様の膝の上から降ろされ、じっと見つめられた。
でも……目を合わせることができない。
視線を感じるたびに、胸が——苦しくなる。
見たら……おかしくなる。
拒否しないと……
「いや、今は……」
「はやく!」
「……わかりました」
隣に座っているヴィーナス様の膝の上に頭をそっとおく。
「恥ずかしいのはわかりましたから、私の手で
星くんの目、覆っててあげます。」
……ひざまくらって、こんなに気持ちいいんだ。
こんなに安心するなんて……
何かに気がついたように俺に話しかけてくる?
「もう一つご褒美あげてませんでしたね」
もう一つ?……全部やったんじゃ……なかったっけ……?
ヴィーナス様がなんか動いている?
目を塞がれているせいで何を企んでいるかわからず、不安になる。すると、思ってもいない言葉をかけられた。
「星くん…...“好き”ですよ?」
え、好き……!?誰が?俺のことをなんで……!?
え、だめだ…...心臓の鼓動が速くなりすぎておかしくなる。
ヴィーナス様はクスッと笑い
「……おもちゃとしてですけど」と付け加えた。
や、やられた。本当……この女神は!いつもこうだ……人のこと揶揄って……絶対に許せない……!
でも、この性格の悪い女神様のことがどうしても嫌いになれそうにない。
おれは……この先、
たぶん——いや、きっと、
この厄介な女神様のことを、好きになってしまう。