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第3話 目覚め

「うっ…………」

 逢魔は薄暗い部屋に置かれた手術台の上で目を覚ます。


「……………………あの女は!?いや、そもそもオレは死んだはずじゃ…」

 周囲には誰もいない。逢魔は首筋に手をかける。



「傷が…ない…?」

 肩口の服は引き裂かれていたがその肌には傷一つなくキレイな状態だった。あれだけ痛みを感じたにも関わらず無傷であることに逢魔は疑問を覚える。

(それに、どこだここは…?)

 最後に記憶があるのはスーパーマーケットへ向かう途中の道で吸血鬼女に噛まれた所だ。ここは室内、それも窓がなく息苦しい、地下かもしれない。全く身に覚えのない場所であった。

(樫田先輩…)

 逢魔は喰い殺された先輩のことを思い出し胸が痛む。逢魔は自分だけが助かった喜びよりも何もできなかったという無力感に包まれていた。

(…落ち込んでいても仕方ない。とにかく、学校に戻らないと)

 早く、安全圏に戻りたい。食料は手に入れられなかったが、何を言われても今度は絶対に外に出ないぞと教師の新田に言い切るつもりだった。

 状況はわからなかったが動かないことには何も始まらない、逢魔は地下室?と思わしき部屋から出ることにした。部屋はそこまで広くない、出るための扉はすぐに見つかった。

 音を立てないようにゆっくりと扉を開く。扉の先は長い廊下となっていた。ひんやりとした空気に混じって鉄錆の匂いがあり思わず生唾を飲み込んでしまう。遠くから獣の唸り声のようなものが聞こえた気がした。

「……………………」

 意を決して廊下に出た逢魔は慎重に歩を進める。逢魔が寝かされていた場所以外にも部屋はあるようで幾つものドアが廊下のサイドにあった。気にはなったが不用意に開けると何が起こるか分からない。逢魔は扉を開けず、近づかないように素通りした。

「う゛ぅ゛ぅ゛」

 唸り声が扉越に聞こえていた、ということもある。

(まさか…ここはゾンビ共の巣窟じゃないだろうな…)

 この建物の持ち主があの吸血鬼を名乗る女であればそれもありうるかもしれない。そう思うと逢魔の想像もあながち間違いではないのかもしれなかった。

 やがて廊下の突き当りに辿り着くと上へと昇る階段を見つけた。風が上から流れ込んできている。どうやら外界へ繋がるルートで正解だったようだ。胸を撫で下ろした時だった。

『あ、あ~、マイクテス!マイクテス!ゾンビ共聞こえておるかぁ?』

「!!?」

 天井に設置されていたスピーカーから女の声が流れ出した。声音から察するに吸血鬼女だった。建物中に響く大音量である。

『生肉がおるぞぉ!食べたい者は早いモノ勝ちじゃぁ』

 (あ、あの女、何を…!?)

 ガタッ!!

 今まで逢魔が素通りしてきた部屋のドアがこぞって破壊され中からゾンビが飛び出してきた。濁った目が一斉に逢魔に向けられる。

『うむ、元人間よ、死にたくなかったらちゃんと力を目覚めさせるのじゃ。合格したら妾の眷属だと認めてくれよう』

「おいっ勝手なことを言ってんじゃ…」

 しかし、アナウンスの声とは一方通行で会話ができない。

 「ではスタートぉ」


「がぅるるるるるるっっ」

「うがぁぁぁぁぁあっっ」

 10体以上はいるゾンビが逢魔にこぞって押し寄せる。




 「うっ、おおおおおおおおっ喰われてたまるかっ」

 階段を駆け上る。幸いにもすぐ上が地上一階で今までアパートの地下にいたようだった。

(玄関まで行く時間はねぇっ)

 胸の高さ程度の壁に手をかけると乗り越えて外へ飛び出した。

 走っていると見知った街並みが目に入る。どうやら学校からそう離れた場所ではない所に拉致されていたようだ。このまま戻りたい所だが、悠長に帰り道を探す余裕はなくただ全力で走るしかなかった。後ろからはゾンビの群れが追ってきているからだ。




 逢魔という生肉への食欲を滾らせた捕食者達は目を血走らせ、だらだらと涎を垂らしている。捕まったらひとたまりもなさそうだ。

(どこか、隠れる場所、いや!自転車でもあれば)

 走りながら周囲に使えそうなものがないか探し続けるが使えそうなものは見つからない。

(くそっ、いつまでも全力で走れな……いや…そういえば疲れていないな?)

 地下室のあるアパートから飛び出して十分以上は全力疾走しているが逢魔に疲労はなかった。とはいえゾンビ達も疲れないことは同じだ。距離を突き放すことはできない。

(疑問はあるが…デメリットはないんだ。今は考えてる暇はない)

 頭に浮かんだ疑問を一旦は置いておくことにして逃走に集中する。見知った街並みなこともあり土地勘はあった。逢魔は今走っている地点から学校よりも警察署が近いことを思い出しそこを目指すことにした。

 もちろん、ゾンビパニック後は公共機関はすべからく機能不全となり連絡はとれなくなっていた。しかし、今の彼に頼れる場所はそこしか見当たらなかった。

(警察なら民間人より身を守る術に長けているはず…生き残っている人がいるかもしれない)

 わずかな希望にかけて逢魔は走る。

 (次の角を曲がって……そこから…)

 頭の中に地図を描く逢魔だったが目的地にたどり着くことはなかった。

「うそ……だろ…」

 瓦礫が道を塞いでいたからだ。これでは先に進むことができない。

(……………………ちきしょう)

 後ろを振り返って追いかけてきているゾンビ達の方を向く。勝ち目はなくとも最後まで逢魔は抗うつもりだった。



「ちくしょう……う、うおおおおおおおおおぉ!!!」

 やけくそになり手を振り回して自分の方からゾンビの群れに特攻する。

「……ぐうぅ…ぎゃうっ!!」

「は?」

 手の裏が軽く当たっただけで先頭にいたゾンビが倒れる。


(何だ…これ…?)

 明らかに異常なまでの力を逢魔は発揮していた。樫田と2人がかりでもゾンビ一匹を抑えきれなかったはずなのに今ではゾンビを軽く押しのけることができた。その次のゾンビも軽く殴り倒せた。その次も次も…次も…。やがて、立っている者は逢魔だけとなっていた。その事実に興奮よりも逢魔は自分の身体の異常にぞっとする。だが、彼に戸惑う時間という贅沢は与えられなかった。


 どすんっ…どすんっ……!!

「は?」

 地響きのような音を立てて2mを優に超える巨体のゾンビが現れたからだ。今まで見て来たゾンビは灰色の肌や濁った目をしていたが人間の形の範疇にはおさまっていた。しかし、逢魔が初めて目にするコレは変異種なのであろうか、完全に人間を逸脱した姿だった。


 最初にアパートから追いかけてきたゾンビではない。派手に逃げている音を聞きつけて寄ってきた変異ゾンビであった。

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