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第2話 外へ

「はぁ…」

 案の定、スーパーマーケットへ食料を調達するべく選ばれたチームに逢魔は入っていた。逢魔含め選ばれた者は遠回しに行きたくないと反論はしたのだが、

 「若く元気な君たちの力が必要なんだよ!ほら女性や老人にはこんな役目をさせられないだろう?適材適所だ、私は皆をまとめる役目。君達若手は身体を張って食料を手に入れる。各々が役目を果たすことで社会は回るんだ。思えば私も若い頃はそうだった…あれはいつの頃だったからかな」



 と、新田に押し切られた。あんたの若い頃はゾンビが外を歩き回っていたのか?と言いたい気持ちで逢魔達はいっぱいだったが、食料が必要なことは事実、行く道しか残されていなかった。

(全然納得してないけどな。まぁ仕方ないか……所詮、世の中こんなものだ)


 食料調達に選ばれた人間は3名。現在、2階、窓の前に集まっていた。1Fへ通じるルートは塞いでいるためここから降りるしかない。


「まーまー、昼中はゾンビもあんま活発じゃないぞ。さっといってさっと帰ろうよ」

「活発じゃないだけで、いないわけじゃないですよ…」

 同じく食料調達班に選ばれた樫田先輩が歩きながら前向きな発言をする。



「襲われたら僕達も人を襲うようになるんでしょうか?」

「いや、喰い殺されたら死んでだまま動かない奴もいるから確率は半々だろ」

 同じく貧乏くじを引かされた他の男子高校生、田辺も会話に加わる。彼は崩壊前まで逢魔と面識のなかった後輩だ。


 皆、不安なのだ。外に出たら自分がどうなるかわからない、話していなければ恐怖に呑まれそうだった。武器として学校の備品であるさす又を手渡されていたがこんもので対抗できるとは到底思えない。



「待たせな、縄を用意してきたぞ」

 降りるための縄を用意してきた新田が現れた、窓を開けるとそこから縄を垂らし反対の縄の先端を机の脚に結んで固定する。


「……………」

 無言で逢魔達は顔を見合わせる。3人全員の顔色は最悪になっていた。

「いつまでもそうしているつもりだ?日が暮れるぞ。さぁ、行った行った」

 新田に急かされる。

 2階窓の下、地上にゾンビがいないことを確認する縄を伝って高校のグラウンドへ降下する。

「いってらっしゃい!いい報告を待ってるからな」

 縄を回収すると新田はそれだけ言うと窓をぴしゃりと閉めた。施錠する音が聞こえ、いよいよ自分達が安全圏から締め出されたことを実感する。

「……………死んだら報告も糞もないけどな」

 誰かがそう呟いた。



 賽は投げられた以上、この場に留まるメリットはない。逢魔達は校門を出てスーパーマーケットへ向かって動き出す。もちろん、堂々と道の真正面を歩くわけにもいかないため遮蔽物を利用しながら進む。

 幸いなことにゾンビの姿はなかった。

 道には乗り捨てられた車や割れた窓ガラスの破片……齧られた人間の死体が落ちていた。生きている者の姿はない。住んでいる者のいなくなった建物はここが荒れ果てた終末の世界であることを嫌でも認識させられる。

「……………」

 自然と食糧調達班は無言となりお互いの息づかいだけが聞こえていた。



 ガシャンッ

 物音がして心臓が跳ねる。道路沿いの建物から誰かが…何かが出てきたのだ。


「う゛………う゛……が」

 口からは涎を垂らし、血だらけの衣服から灰色の肌を露出させている。つまりゾンビだった。靴は履いていない、素足でガラスを踏んづけたせいで足裏から出血している様子だったが気にしている素振りはない。虚ろな目でよろよろと歩いていた。

「……………」

 逢魔は音に咄嗟に反応した樫田に襟首を掴まれ、車の影に引き込まれて隠れることができていた。後輩の田辺もどこにいるかわからないが、ゾンビが襲い掛かっていないということは同様に近くに身を隠していると思われた。

 脅威が立ち去るまで息を潜めることにする。

 「う゛………う゛ぅ゛ぐるる…」

(行けっ…さっさと行ってくれ!)

 心の中で悲鳴を押し殺して逢魔はそう祈り続けた。額に汗が滲む。 ことり、小石が跳ねる音がした。誰かが蹴飛ばしてしまったのだ。


「がぅ゛!?…ぐっががががぁっ」

 ぐるんっ!

 それまでの緩慢な動きが嘘のようにゾンビの首が回ると音源に向かって走り出した。

「ひ、ひああっ」

 見つかった人間は食糧調達班の中で最も年下の田辺だった。悲鳴を上げるとゾンビから逃げ出そうとしていた。

 逢魔は心に罪悪感を抱きながらも自分が見つかったわけではないことに胸をなでおろす。しかし、隣の樫田はそうではなかった。さす又を握りしめて立ちあがる。

「先輩!?まさか助けに…危ないですよ!」

 自ら危険に飛び込もうという樫田を止めようと声をかける。ゾンビの身体能力は人間を大きく上回っている。助けに行った所で人間が敵うわけがないからだ。

「それでも見捨てたくない…、俺のエゴだ。逢魔はここに隠れて俺達が10分経っても戻らなかったら先に行ってくれ」

 それだけ言うと樫田はゾンビに追われる新人を助けに走った。

(…ああいう善人程早死にするんだ。オレは違う。自分が一番大事なんだ…)

 助けに走る樫田を見送りながら震える手を抑える。

(皆自分が可愛いんだよ。それは崩壊前だって同じだ。口でも綺麗ごとをほざきながら自分が、自分だけが得したいクズばかりだったじゃないか。オレがそうして何が悪い!)

 誰も聞いていないにも関わらず、逢魔は心中で吠える。彼はそう言いながらも他意なく自分にずっと親身だった樫田との記憶を思い出していた。彼はいい奴なのだ。

(…………………………………………………………………クソ)

 大した善人でもないくせに知り合いを見捨てられるほど非常にもなれない自分の性格を呪いながら逢魔もまた樫田の後を追った。




「くそっ田辺から離れろっ」

 追いついた時に樫田は道のど真ん中でゾンビと格闘中だった。新人社員の田辺に噛みついていたゾンビを後ろからさすまたの棒部分を口に挟んで羽交い絞めにしている。

「先輩っ、オレも来ましたっ」

 逢魔も自分のさす又を使ってゾンビを押し込んで田辺から離れさせる。

「がっっがっぐるる…」

 邪魔しに入ってきた新鮮な肉に標的を変えたゾンビがさすまたを振り払おうと暴れる。

「っぐ、力が強すぎる」

 2人がかりでも抑え込めそうになかった。ゾンビは自身を捕らえているさす又を今にでもどけそうだった。

「田辺っ、お前も協力してくれっ。3人で力を合わせるんだ!」

 樫田が助けられた田辺に協力を要請する。襲われ肩口から血を流していたが傷が浅そうだった。


「ひぃっうあぁぁぁぁぁぁぁっ」


「田辺…」

 しかし、田辺は噛まれた肩口を抑えて一人どこかへ走り出してしまう。これでゾンビを二人で相手するしかなくなった。徐々に押されてきている。逢魔と樫田の力で抑え込めなくなるのは時間の問題だった。



「ぐるるるっ…がぁっ!!!」

 薄汚い色の爪のある手を伸ばしてこちらを引っ掻こうとしている。口からは鋭い牙を覗かせ、唾を飛ばしていた。



「逢魔、………すまん」

「…言いっこなしですよ。先輩には今まで色々助けられてきましたから」

 逢魔に2人を見捨てて逃げ出した田辺に対する恨みはない。この世界では彼の方が正しいからだ。

 自分の選択した結果は受け入れるしかない。あそこで樫田を見捨てたら逢魔は一生後悔していたに違いなかった。




「がぁっっっっ」

「ぬ、お!?」

「逢魔っ!!」

 逢魔が持っていた方のさす又の柄がゾンビに掴まれ持ち上げられる。

(やばい!手を離した方が。でもここでさすまたを失ったらどうすれば?)

 頼りない武器だがないよりはマシだ。持ち上げられ空に浮かせられ判断を迷ったことが命取りとなった。ゾンビが掴んださす又を逢魔ごと勢いよく投げる。


「!!!??」

 逢魔は勢いよく数m以上飛び、道沿いのコンクリ造りの建物に激突。骨が折れ、臓器が潰れるいやな感覚がした。



「ごふっ…」

 血を吐きながら地面に崩れ落ちる。

(うぐっ、痛てぇ…ああクソっ、こんなもんか…オレは。結局…何もできなかったなぁ…)

 自分のような凡人が今までよく生き残ってきた方だと逢魔は苦笑する。

 視界の端には一人になりゾンビを抑えきれなくなった樫田が喰い殺されている最中の光景があった。遠からず逢魔もそうなるのだろう。


 じゃり…

「?」

 足音があった。

「あ~あ死にかけておるのぉ。あっちの子はもう食われて完全に死んでおるみたいじゃが。人間は脆いわい」

 瀕死の重傷者を見ているとは思えないほど明るい声が聞こえた。声の主はスケスケのネグリジェのような扇情的な衣服を身に纏う妖艶な美女。服が透明な、中に着用している暗青色服のレオタードが見えている。そんな風体であるにも関わらずどこか不吉な印象を受ける女だ。

 地面につきそうな程にふわりと広がる長い金色の髪と豊かな胸を揺らしながら呆れた様子で血まみれの逢魔を見下ろしていた。


「…あんた、誰…だ?」

 自分は死ぬ前の幻覚を見ているのかもしれないと思いながら、ふざけた格好の女に尋ねる。

「吸血鬼、じゃよ」 

 簡潔な答えがあった。

(…………よりにもよって、今の世界を作った元凶かよ)

 超常の存在だと答えられても驚きはなかった。むしろ、これで避難中の普通の人間だと答えられた方が驚きであろう。逢魔は自然と吸血鬼の存在を受け入れていた。

「はっ、何……だ?助けでも…してくれるのか……よ?」

 息も絶え絶えに吸血鬼と名乗った女を睨む。

「いやいやその傷ではもう助からんじゃろ」

「……………………軽く言ってくれる」

 期待していたわけではなかったので落胆はなかった。まあそうだろうな、と逢魔は納得する。

「ふむ…しかしどうせ死ぬのじゃから、死後は妾が使っても問題ないであろうの」

「何だ?何を言って?」

「ああ、これは独り言じゃよ。貴様の意見はどうでもよいし納得する必要もない。じゃがお前が<起き上がれる側>だったら少しは会話してやるとしよう」

 ボンテージ服の女の口元が逢魔の首筋に近づく。人間ではありえない程に尖った牙をのぞかせながら。

 ガブ…

「やめ、ろ……ぐ、」

 首からおびただしい量の血液が流れる。そして今度は逆に女の口から何かを流し込まれながら逢魔の意識が遠のいてゆく。


 そして、麻方逢魔は人としての生を終えた。

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