「……これ、駅じゃないのか」
俺は目の前の建物を見上げて、思わずそうつぶやいた。
そこには、どこからどう見ても近未来都市の玄関口みたいな構造物がそびえ立っていた。
外壁は魔力を蓄積する特殊素材で覆われ、空中を走る透明チューブがインフラ供給ラインとして機能している。ビルの窓ひとつひとつが魔力変換パネルになっていて、足元には小型の浮遊式モビリティがすいすいと走っていた。
名前は「ミライ地区」──政府が主導する最新の魔力都市モデルケース。
今日、俺たち第零特別運用班はここへ、いわゆる視察任務として派遣されてきた。
「す、すごい……! 本当に、魔法みたい……!」
隣で陽菜が目を輝かせている。新卒らしいリアクションで、素直に微笑ましい。
一方、もう一人。
「フッ……これが、人類の叡智の結晶か。確かに美しい」
真堂は真堂で、わざわざ日差しを避けるように手をかざしながらキメ顔でつぶやいている。……どこにでもいそうな優男なのに、立ち姿だけはやたら様になるから悔しい。
案内役は、現地の運営責任者だった。
「黒瀬様、お越しいただき誠にありがとうございます。我々としても、あなたの視察はプロジェクトの正当性を裏づける大きな材料となります」
「え、俺、見てるだけですけど……」
「ええ、だからこそ意味があるのです。存在そのものがエネルギーになる。これは、現代魔力社会の象徴的現象ですから」
そういうの、ほんとやめてほしい。プレッシャーで胃が痛くなる。
視察は順調だった。視覚的にもインフラ的にも、ミライ地区はよくできている。運用システムも無駄が少なく、エラー率も許容範囲。
だけど──順調すぎると逆に怖い。
案の定、それは起きた。
「……異常検知!? 供給ラインのノード値が暴れてます!」
現地の制御室が、突如慌ただしくなった。
モニターに映るラインは、赤い警告表示を連発していた。
「おそらく、外部からの魔力逆流……! 第三ポイントの魔力変換塔で何かが……!」
「非常遮断して! マニュアルルートへ切り替えて!」
現場スタッフが次々に動くなか、運営責任者が青ざめた顔でこちらを向いた。
「く、黒瀬様……! お願いです、あの塔の魔力安定を……!」
「えっ、俺が?」
「あなたがそばにいるだけで、魔力濃度が落ち着くと聞いています……!」
ああもう、またそれか。
「わかりました。案内してください」
走る俺。隣には真堂と陽菜。
「おい貴様、俺にできることがあれば何でも言え」
真堂が珍しく低く、まじめな声を出す。
「ありがとう。でも、たぶん、俺ひとりで十分だ」
現地に着くと、変換塔の内部は魔力が暴走していて、空気が震えていた。
俺は何もせず、ただそばに立った。
深呼吸して、静かに壁にもたれかかる。
──それだけで、すべてが安定し始めた。
警報音が止まり、モニターの数値が徐々に緑に戻っていく。
現場が静まった。
「……え、うそ。何もしてないのに……」
「これが……これが『黒瀬誠』……!」
俺は、ただ立ってただけなのに。
目の前で、ミライ地区が救われた。
「……おい、黒瀬」
ぽつりと真堂がつぶやく。
「やはり、貴様は……とんでもない怪物だな」