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第5話 苦しむ才能

 第零基盤プロジェクト──。

 それは、セレスティア・リンクが極秘で進めていた「魔力社会の心臓部」となる計画だった。


 簡単に言えば、世界中に張り巡らされた魔力インフラの中枢を、ひとつに統合・管理するシステム。

 そのコアに必要なのは、絶対的に安定した魔力量を持つ存在。

 つまり、俺だった。


「でも、そんな大事なプロジェクトに……俺でいいんですかね?」


 ふと疑問に思ってそう言ったとき、篠原さんは即答した。


「他に適任はいません。あなたの魔力波は、世界でも類を見ないほど、ぶれない」


「ぶれない、ですか」


「ええ。ストレスの中にいながら、それを日常に落とし込める。恐ろしく強靭な精神構造です」


 褒められてるのか、心配されてるのか、よくわからない。



 プロジェクトが始動してすぐ、俺は専用のフロアへと移された。

 広くて静かな空間。白を基調にした清潔なインテリア。快適なデスク、柔らかい椅子、最先端の魔力制御装置。全社員憧れの、理想の労働空間”。


 ……が。

 俺には刺激が足りなかった。

 なので、自分で足した。


 エアコンの温度を一度だけ低く設定。

 椅子にわずかに硬めのクッションを置いて、背中に微妙な違和感を演出。

 机の引き出しには、過去の会社で使っていた手書きのノートを並べて懐かしストレスを再現。

 おかげで今日も魔力は安定している。完璧だ。


 仕事は順調すぎるほど順調だった。

 魔力供給の安定化、各国との接続試験、魔力異常のフィードバック制御──。

 俺は「ただそこにいる」だけで、すべてがうまくいった。

 そして、その成果はすぐに社会に波及した。


 世界各国で発生していた、魔力渋滞が減少。

 都市圏の魔力犯罪件数も急激に落ち込む。

 新興国では魔力発電の安定化が進み、生活インフラが整備されていく。

 俺がデスクで地味にエクセル作業してる間に、世界が良くなっていた。


 気づけば、俺の名前はニュース番組でも報じられるようになっていた。


『「第零基盤の心臓」黒瀬誠氏、その働きぶりに称賛の声』

『「沈黙のエリート」は語らない──ストレスから生まれた魔力革命』

『「残業の申し子」が未来を変える』


 何だその肩書き。


 会社には、見学ツアーが来るようになった。

 中高生の修学旅行ルートに組み込まれたらしい。夢がある仕事を学ぶとかなんとか。


 ガイドさんが説明しているのが、ガラス越しに聞こえてくる。


「こちらが、セレスティア・リンクの中枢フロアです。奥に見えるのが、世界最大級の魔力量を持つ黒瀬さんですね」


「すごーい! かっこいい!」


「静かにね。黒瀬さん、今も『集中』してらっしゃるから」


 ……いや、俺、請求書の精算チェックしてるだけですけど?

 俺が「伝説の魔力エリート」として紹介されてる間、モニターでは、社内の事務処理をまとめたスプレッドシートが光っていた。


 ある日の帰り道。

 篠原さんがエレベーターで一緒になった。


「……黒瀬さん、最近ずっと頑張ってますね」


「いえ、まあ、やることやってるだけです」


「いまの魔力基盤、あなたなしでは保てません。……でも、無理はしないでくださいね」


 その言葉に、思わず笑ってしまった。


「無理しないと、魔力落ちるんですよね」


「……その、正常が異常な状態、やっぱり私は心配です」


 篠原さんはそう言って、ふっと微笑んだ。


 俺は、エリートなんかじゃない。

 ただ、「苦しむ才能」を、ほんの少しだけ持っていただけ。


 だけど──。

 それが、誰かの役に立つなら。

 それが、この世界のためになるなら。

 俺はこれからも、「今日のストレス」を大事にしていこうと思う。


 そう。俺の魔力は、人生の苦しみからできている。

 なら、俺の生き方ごと──この社会に、差し出してやるさ。

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