第零基盤プロジェクト──。
それは、セレスティア・リンクが極秘で進めていた「魔力社会の心臓部」となる計画だった。
簡単に言えば、世界中に張り巡らされた魔力インフラの中枢を、ひとつに統合・管理するシステム。
そのコアに必要なのは、絶対的に安定した魔力量を持つ存在。
つまり、俺だった。
「でも、そんな大事なプロジェクトに……俺でいいんですかね?」
ふと疑問に思ってそう言ったとき、篠原さんは即答した。
「他に適任はいません。あなたの魔力波は、世界でも類を見ないほど、ぶれない」
「ぶれない、ですか」
「ええ。ストレスの中にいながら、それを日常に落とし込める。恐ろしく強靭な精神構造です」
褒められてるのか、心配されてるのか、よくわからない。
◇
プロジェクトが始動してすぐ、俺は専用のフロアへと移された。
広くて静かな空間。白を基調にした清潔なインテリア。快適なデスク、柔らかい椅子、最先端の魔力制御装置。全社員憧れの、理想の労働空間”。
……が。
俺には刺激が足りなかった。
なので、自分で足した。
エアコンの温度を一度だけ低く設定。
椅子にわずかに硬めのクッションを置いて、背中に微妙な違和感を演出。
机の引き出しには、過去の会社で使っていた手書きのノートを並べて懐かしストレスを再現。
おかげで今日も魔力は安定している。完璧だ。
仕事は順調すぎるほど順調だった。
魔力供給の安定化、各国との接続試験、魔力異常のフィードバック制御──。
俺は「ただそこにいる」だけで、すべてがうまくいった。
そして、その成果はすぐに社会に波及した。
世界各国で発生していた、魔力渋滞が減少。
都市圏の魔力犯罪件数も急激に落ち込む。
新興国では魔力発電の安定化が進み、生活インフラが整備されていく。
俺がデスクで地味にエクセル作業してる間に、世界が良くなっていた。
気づけば、俺の名前はニュース番組でも報じられるようになっていた。
『「第零基盤の心臓」黒瀬誠氏、その働きぶりに称賛の声』
『「沈黙のエリート」は語らない──ストレスから生まれた魔力革命』
『「残業の申し子」が未来を変える』
何だその肩書き。
会社には、見学ツアーが来るようになった。
中高生の修学旅行ルートに組み込まれたらしい。夢がある仕事を学ぶとかなんとか。
ガイドさんが説明しているのが、ガラス越しに聞こえてくる。
「こちらが、セレスティア・リンクの中枢フロアです。奥に見えるのが、世界最大級の魔力量を持つ黒瀬さんですね」
「すごーい! かっこいい!」
「静かにね。黒瀬さん、今も『集中』してらっしゃるから」
……いや、俺、請求書の精算チェックしてるだけですけど?
俺が「伝説の魔力エリート」として紹介されてる間、モニターでは、社内の事務処理をまとめたスプレッドシートが光っていた。
ある日の帰り道。
篠原さんがエレベーターで一緒になった。
「……黒瀬さん、最近ずっと頑張ってますね」
「いえ、まあ、やることやってるだけです」
「いまの魔力基盤、あなたなしでは保てません。……でも、無理はしないでくださいね」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
「無理しないと、魔力落ちるんですよね」
「……その、正常が異常な状態、やっぱり私は心配です」
篠原さんはそう言って、ふっと微笑んだ。
俺は、エリートなんかじゃない。
ただ、「苦しむ才能」を、ほんの少しだけ持っていただけ。
だけど──。
それが、誰かの役に立つなら。
それが、この世界のためになるなら。
俺はこれからも、「今日のストレス」を大事にしていこうと思う。
そう。俺の魔力は、人生の苦しみからできている。
なら、俺の生き方ごと──この社会に、差し出してやるさ。