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第4話 対策

 俺は、対策を始めた。

 ストレスが、減ってる。つまり、魔力が弱くなるかもしれない。

 それは、セレスティア・リンクにおいて──いや、この魔力社会において、俺が俺である理由を失うことを意味していた。


「……俺は、『苦しみ』でできてるんだ」


 口にしてみたら思ってた以上にヤバいやつみたいだったけど、それが真実だった。


 まず手始めに、朝の出社時間を誰よりも早くした。

 フレックス制度? 知らん。七時にはオフィスにいる。誰もいない静かなビルで、空気清浄機の音だけを聞きながら黙々と資料を読む。背中がスッと冷える感じ、これぞ社畜の朝。


 次に、他部署の業務改善提案に首を突っ込んだ。

 セレスティア・リンクには部署横断の提案制度があったのだが、普通は年に数回ペースで出せば多い方だ。

 俺は一週間で十四件提出した。

 しかも、全部A4で三十枚超え。

 AIと人力をフル活用し、改善案+工数分析+リスクシナリオ+代替案まで全部書いた。

 もちろん誰にも頼まれてない。完全に自主的。


 さらに、休憩時間。普通の社員はお昼寝ブースかカフェテリアに行く。

 俺は倉庫に行った。

 管理が雑だった書類棚を自主的に整理し、システムから持ち出された備品の棚卸しをやり、在庫数と使用実績をスプレッドシートに入力。効率化提案書まで添えて提出した。

 何度も言うが、誰にも頼まれてない。


 その結果──。


「黒瀬さん、最近なにかお困りごとは……」


「疲れてませんか? 本当に?」


「……なんというか、あの、ちょっとだけ……休みません?」


 周囲の人間が俺をそっと観察するような目で見るようになった。

 だが、その視線こそが、俺の魔力の源。


 ああ、戻ってきた。

 この、心にひりつく感覚。

 呼吸が浅くなるような緊張感。

 「これ俺がやらなきゃ終わるな……」っていう、あの独特の圧。


 そう──これが、俺の「日常」なんだ。


 案の定、俺の魔力数値は維持されていた。

 社内の研究チームからは「やはり苦痛値と魔力は相関する」なんて論文が出され、俺は学会発表用のモデルケースとしても名前が載った。なんかもう、笑うしかない。


 気づけば俺は、会社で「エース」と呼ばれるようになっていた。

 魔力の安定供給はもちろん、業務効率化、チーム支援、資料作成、庶務、社内美化まで──。

 「困ったら黒瀬さんに聞けばなんとかなる」と言われるようになっていた。

 それ、本来は部署ごとの仕事では? と思うこともある。

 でもな。誰かに頼られるって、嬉しいんだよな。

 ……それが苦しみを生むならなお良しなんだけど。



 そんなある日。

 篠原さんに呼び出された。


「黒瀬さん。ひとつ、お願いしたいプロジェクトがあります」


 応接室。あの入社面談以来、久々に対面する彼女は、少しだけ疲れて見えた。


「本社中枢で新たに動き出した『第零基盤』……魔力供給の根幹を担う極秘プロジェクトです」


「……それを、俺が?」


「はい。あなたの魔力安定性と、対ストレス適応値は、現状人類最高です」


「いやそれ、誇っていいのか微妙なんですが……」


「安心してください。これまで以上に快適な環境をご用意します」


「……それが怖いんですけど」


 俺の返答に、篠原さんが少し笑った。


「では、適度に不快な環境で」


「それだ、それなら話は早い」


 俺は、笑った。

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