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第3話 転職

「黒瀬さん──弊社に来ませんか?」


 そう言って、篠原さんはタブレットを俺に差し出した。

 表示されたのは、雇用契約書のドラフト。そこには、俺の新しい肩書がある。


【セレスティア・リンク株式会社 魔力基盤統合部門 特別研究開発職】


 特別研究開発職?

 なんだその肩書き……なんかすごそうな名前してるぞ。


「……俺、研究とかしたことないですよ」


「安心してください。必要なのはあなたの『存在』です」


「存在……?」


「はい。あなたの魔力そのものが、今の世界では最も価値のあるリソースです」


 篠原さんは、まっすぐな目でそう言った。

 こういう人が言うと、なぜか信じられてしまうから不思議だ。


「もちろん、ご本人の意思を最優先します。お断りいただいても構いません。ただ……この激動の時代に、自分の力で社会を変えることに興味があるなら……私たちは、歓迎します」


 ……社会を変える?

 俺が?

 いやいや、そんな大それたこと……とは思ったけど。

 気づけば、俺はうなずいていた。



 セレスティア・リンク本社は、なんというか、異次元だった。

 入社初日から驚きの連続。まず、出勤時間が自由だった。フレックスどころじゃない。コアタイムすらない。

 そして、驚くべきことに──。


「黒瀬さん、残業は禁止ですからね」


 マジで言ってる。


「休憩は自由に取ってください。お昼寝ブースもあります」


 ふと隣を見ると、社員の男がマジで寝てた。ブースの上には「回復中」って札まで立ってる。

 この会社……大丈夫か?


「昼食はビル内のカフェテリアをご利用ください。全品無料です」


 カレーをよそってる社員が、「うちのグリーンカレー最強ですよ」とか言ってる。うそだろ、前の職場なんて残り物のカップ麺で喜んでたぞ……。


 そんな中でも、俺にはちゃんと「仕事」があった。

 魔力基盤統合部門──つまり、世界に張り巡らされた魔力インフラ網を支えるための、安定的な魔力量供給の研究と実装だ。

 他の社員は、特殊な魔法能力を持っていたり、精密な計測技術を駆使して、インフラ全体のバランスを調整している。


 で、俺の役目は──。

 ただ、そこにいること。

 マジでそれだけだった。


「黒瀬さん、あの椅子で座っててください」


「え? これだけ?」


「はい。魔力圧が一定以上保たれていれば、周囲十メートルにエネルギーが伝導しますので」


 何を言ってるのかよくわからなかったが、とにかく俺の存在そのものがエネルギーになるらしい。

 最初は、「こんなんでいいのか……?」と不安だった。だが、結果はすぐに出た。

 俺が配置されたエリアでは、通常よりも約二倍の魔力が供給されたらしい。


 上層部からは絶賛され、他部署からも視察依頼が来た。

 社内報には「黒瀬誠氏、魔力インフラに革命を起こす!」なんて見出しが躍った。

 やめてくれ。そういうの、一番恥ずかしい。



 それから、わずか一か月ほど経った日のこと。


「黒瀬さん、このたび、基盤圧調整チーフに任命されました」


「えっ……チーフ?」


「はい。部門内では異例のスピード昇進ですが、適性と実績を考慮すれば当然のことかと」


 俺が? チーフ? マジで?

 と喜んだのもつかの間、ある重大な事実に気がついた。


 最近、体の調子がちょっといい気がする。

 目覚めもスッキリ、頭も冴えてる、腰の痛みも消えてきた。

 ……まさか。

 これは、ストレスが減ってきているのでは?


 やばい。

 魔力が……弱くなる……!





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