魔含を換金できたおかげで、小金持ちになった俺は、ここまで案内してくれたララへのお礼をするために、再び屋台街を訪れた。
「ララ、好きなものを買っていいぞ! ここまで案内してくれたお礼だ」
「大将……だいすきっ!」
(ハファッ⁉)
不意にララが抱きついてきたその瞬間、俺の中で何かが開花した。
一人っ子だった俺に、まるで妹ができたみたいな感覚――なんて尊いんだぁぁぁ!!
すっかり財布の紐が緩んだ俺は、ララと一緒に屋台街を満喫することにした。
初めて口にするうまいもんが、こんなにたくさんあるとは。しかも、それを妹みたいなララと一緒に味わえる……なんて贅沢な時間なんだろうか……。
お腹も心も満たされた頃には、すっかり夜も更けていた。
(そろそろ宿を見つけないとだな)
そう思った矢先――
「ちょっと待っててくださいです!」
そう言い残し、ララは元気よく駆け出していった。
ものの数分で戻ってきたかと思えば「大将、宿を一部屋取ってきたです!」だと。
何も言わずとも、宿の手配まで済ませてくれるとは……なんて気が利く子なんだっ!
こうして俺は、異世界での初めての夜を、暖かな布団の中で過ごせることになった。
「今日は本当にありがとな、ララ。じゃあ、またどこかで」
こんなに良い子と別れるのは少し寂しかったが、遅くまで付き合わせるのも悪い気がして、俺はしんみりしながら手を振った。
だが、ララは不思議そうに「大将、何を言ってるのですか?」と言って首をかしげた。
「ん? いや、ララはこの街に帰る家があるんだろ?」
「いえ、無いです」
「え? でも、ここがララの出身って——」
「言いましたです」
「だったら、家に帰らないと、お家の人も心配するだろ?」
「ララに、お家なんてないです。家族も……誰もいないです」
俺は言葉を失った。 いくらスラム出身とはいえ、こんな幼い子が家も身寄りも無いなんて……。
(こういう時は……どうするのが正解なんだ⁉ 俺にはわからんぞ!)
「で、でも、宿は一部屋だけ……だよな?」
「はいです」
「じゃあ、ララは一緒には泊まれないだろ?」
「いえ、大きいベッドのお部屋にしてもらったです」
「で、でも、寝具はそれ一つしかないってこと……では?」
「はいです。何か問題でも?」
(ララの奴……めちゃくちゃ無垢な瞳をしてやがるっ!)
いくら妹くらいの年齢とはいえ、同じ寝具で一夜を過ごすのは……さすがに気が引けた。
(ララを放って俺だけぬくぬくと宿に泊まるのもなぁ……。はぁ〜、しゃーない。俺は床で寝るとするか)
「わかった。じゃあ俺は——」
「今夜は一緒に寝ましょうね、大将!」
(グハァッ‼)
ララが、よりにもよって宿の前でそんな爆弾発言をかましてくれたもんで、周囲の紳士淑女の視線が、まるで鋭利なナイフのように俺へと突き刺さった。
宿に確認すると、やはり二人一部屋だった。それも、ちゃっかり朝食付き。
宿代は一人二千五百ガル。朝食は五百ガル追加で、合計六千ガル……渋々支払った。
それにしても、まさか異世界が初めての旅行先になるとは、夢にも思わなかったな。
部屋は、ベッドと机があるだけの簡素な作りだった。とはいえ、野宿をするよりは何倍もマシだ。
この宿には風呂が無かったので、共同浴場――こっちでは「バーニョ」と呼ぶらしい――へ行くことにした。
「ララ、バーニョ久しぶりです! 嬉しいなぁ」
「よかったな。じゃあ、ゆっくり入ってきな」
そう言って男湯へ向かおうとした、その瞬間——
「……おい、ララ。何してるんだ?」
「大将と一緒に入るです!」
(ぬぉぉぉーい!)
またか……。今度はバーニョ前で幼女がそんなことを口走るもんだから、周囲の視線が刺さる、刺さる。
(今日は……なんて日だっ!)
「ララちゃ〜ん。男湯と女湯は別々なんだよ〜。ほ〜ら、こっちが女性用だね〜」
「ぶぅぅ……大将と入りたかったですぅ……」
「ダメです!」
しっかりララを説得し、女性用の入り口へ向かわせた俺は、ようやくバーニョへ入ることができた。
「ふぇ〜、いい湯だなぁ〜。疲れが吹っ飛ぶよ〜」
のんびり湯に浸かっていたら、隣のお爺さんが話しかけてきた。
「そうじゃろ。ここの湯には、体力回復のハーブが入っておるからのぉ」
「へぇ〜。薬湯ってことですね。うちの母も、たまに薬草を採ってきて風呂に入れてくれてました」
「今日のは、カンナビスというハーブじゃ。お主の家では何を入れておったんじゃ?」
「えっと、
「ほぉ。珍しい薬草じゃのぉ」
「あ、それと塩なんかも入れてたような——」
「塩とな⁉ それは初耳じゃな。湯に塩を入れると、どういった効能があるんじゃ?」
「母が言うには、お肌がきれいになるとか、血行が良くなって肩こりに効くとか——」
「それは良い!」
俺が塩風呂の話をしていると、突然お爺さんが湯船から立ち上がった。湯の中から急に立ち上がるもんだから、お爺さんはグラリとよろけ、俺は慌ててその体を支える。
「だ、大丈夫ですか?」
「おぉ、すまん。ちと興奮してしもうたわい……。そうじゃ、名乗っとらんかったな。わしはこのバーニョのオーナー、アントニーじゃ」
「ここのご主人でしたか。俺は桃太郎と言います」
「桃太郎くんか、珍しい名前じゃな。異国からの移民かの?」
「まぁ、そんなとこです」
「ところで、さっきの塩湯、うちでも取り入れてみてもええかの?」
「別に構いませんよ。ただ、あまり長く浸からない方がいいみたいです。長く入ると逆に体に悪いらしいですよ。何故かは知りませんけど、あはは」
「忠告助かる。では早速、明日から女湯に導入してみるわい!」
母の知恵が、こんなところで役立つとは。ちょっと嬉しくなった。
「心も体も気分が良くなったし、そろそろ上がるか〜」
バーニョから出ようと、扉を開けた瞬間——
「大将、お待ちしておりましたです! では、宿で一緒に寝ましょーう♪」
(うぎゃーっ)
またもや周囲の視線が突き刺さる。
三度目ともなると、この状況に慣れてきている自分が怖い。
視線から逃れようと、俺はララを抱え上げ、宿まで全速力で走った。
よくよく考えたら、この行動の方が危うい気がしなくもないが……時すでに遅しだな。