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第8話 無垢さ故……

 魔含を換金できたおかげで、小金持ちになった俺は、ここまで案内してくれたララへのお礼をするために、再び屋台街を訪れた。

「ララ、好きなものを買っていいぞ! ここまで案内してくれたお礼だ」

「大将……だいすきっ!」

(ハファッ⁉)


 不意にララが抱きついてきたその瞬間、俺の中で何かが開花した。

 一人っ子だった俺に、まるで妹ができたみたいな感覚――なんて尊いんだぁぁぁ!!


 すっかり財布の紐が緩んだ俺は、ララと一緒に屋台街を満喫することにした。

 初めて口にするうまいもんが、こんなにたくさんあるとは。しかも、それを妹みたいなララと一緒に味わえる……なんて贅沢な時間なんだろうか……。



 お腹も心も満たされた頃には、すっかり夜も更けていた。

(そろそろ宿を見つけないとだな)

 そう思った矢先――

「ちょっと待っててくださいです!」

 そう言い残し、ララは元気よく駆け出していった。


 ものの数分で戻ってきたかと思えば「大将、宿を一部屋取ってきたです!」だと。

 何も言わずとも、宿の手配まで済ませてくれるとは……なんて気が利く子なんだっ!

 こうして俺は、異世界での初めての夜を、暖かな布団の中で過ごせることになった。


「今日は本当にありがとな、ララ。じゃあ、またどこかで」

 こんなに良い子と別れるのは少し寂しかったが、遅くまで付き合わせるのも悪い気がして、俺はしんみりしながら手を振った。

 だが、ララは不思議そうに「大将、何を言ってるのですか?」と言って首をかしげた。


「ん? いや、ララはこの街に帰る家があるんだろ?」

「いえ、無いです」

「え? でも、ここがララの出身って——」

「言いましたです」

「だったら、家に帰らないと、お家の人も心配するだろ?」

「ララに、お家なんてないです。家族も……誰もいないです」


 俺は言葉を失った。 いくらスラム出身とはいえ、こんな幼い子が家も身寄りも無いなんて……。

(こういう時は……どうするのが正解なんだ⁉ 俺にはわからんぞ!)

「で、でも、宿は一部屋だけ……だよな?」

「はいです」

「じゃあ、ララは一緒には泊まれないだろ?」


「いえ、大きいベッドのお部屋にしてもらったです」

「で、でも、寝具はそれ一つしかないってこと……では?」

「はいです。何か問題でも?」

(ララの奴……めちゃくちゃ無垢な瞳をしてやがるっ!)


 いくら妹くらいの年齢とはいえ、同じ寝具で一夜を過ごすのは……さすがに気が引けた。

(ララを放って俺だけぬくぬくと宿に泊まるのもなぁ……。はぁ〜、しゃーない。俺は床で寝るとするか)

「わかった。じゃあ俺は——」

「今夜は一緒に寝ましょうね、大将!」


(グハァッ‼)

 ララが、よりにもよって宿の前でそんな爆弾発言をかましてくれたもんで、周囲の紳士淑女の視線が、まるで鋭利なナイフのように俺へと突き刺さった。


 宿に確認すると、やはり二人一部屋だった。それも、ちゃっかり朝食付き。

 宿代は一人二千五百ガル。朝食は五百ガル追加で、合計六千ガル……渋々支払った。

 それにしても、まさか異世界が初めての旅行先になるとは、夢にも思わなかったな。


 部屋は、ベッドと机があるだけの簡素な作りだった。とはいえ、野宿をするよりは何倍もマシだ。

 この宿には風呂が無かったので、共同浴場――こっちでは「バーニョ」と呼ぶらしい――へ行くことにした。


「ララ、バーニョ久しぶりです! 嬉しいなぁ」

「よかったな。じゃあ、ゆっくり入ってきな」

 そう言って男湯へ向かおうとした、その瞬間——

「……おい、ララ。何してるんだ?」


「大将と一緒に入るです!」

(ぬぉぉぉーい!)

 またか……。今度はバーニョ前で幼女がそんなことを口走るもんだから、周囲の視線が刺さる、刺さる。

(今日は……なんて日だっ!)


「ララちゃ〜ん。男湯と女湯は別々なんだよ〜。ほ〜ら、こっちが女性用だね〜」

「ぶぅぅ……大将と入りたかったですぅ……」

「ダメです!」

 しっかりララを説得し、女性用の入り口へ向かわせた俺は、ようやくバーニョへ入ることができた。


「ふぇ〜、いい湯だなぁ〜。疲れが吹っ飛ぶよ〜」

 のんびり湯に浸かっていたら、隣のお爺さんが話しかけてきた。

「そうじゃろ。ここの湯には、体力回復のハーブが入っておるからのぉ」

「へぇ〜。薬湯ってことですね。うちの母も、たまに薬草を採ってきて風呂に入れてくれてました」


「今日のは、カンナビスというハーブじゃ。お主の家では何を入れておったんじゃ?」

「えっと、よもぎとか、菖蒲しょうぶ……あと、柚子や蜜柑なんかも入れてくれてましたね」

「ほぉ。珍しい薬草じゃのぉ」


「あ、それと塩なんかも入れてたような——」

「塩とな⁉ それは初耳じゃな。湯に塩を入れると、どういった効能があるんじゃ?」

「母が言うには、お肌がきれいになるとか、血行が良くなって肩こりに効くとか——」

「それは良い!」


 俺が塩風呂の話をしていると、突然お爺さんが湯船から立ち上がった。湯の中から急に立ち上がるもんだから、お爺さんはグラリとよろけ、俺は慌ててその体を支える。

「だ、大丈夫ですか?」

「おぉ、すまん。ちと興奮してしもうたわい……。そうじゃ、名乗っとらんかったな。わしはこのバーニョのオーナー、アントニーじゃ」


「ここのご主人でしたか。俺は桃太郎と言います」

「桃太郎くんか、珍しい名前じゃな。異国からの移民かの?」

「まぁ、そんなとこです」

「ところで、さっきの塩湯、うちでも取り入れてみてもええかの?」


「別に構いませんよ。ただ、あまり長く浸からない方がいいみたいです。長く入ると逆に体に悪いらしいですよ。何故かは知りませんけど、あはは」

「忠告助かる。では早速、明日から女湯に導入してみるわい!」

 母の知恵が、こんなところで役立つとは。ちょっと嬉しくなった。

「心も体も気分が良くなったし、そろそろ上がるか〜」



 バーニョから出ようと、扉を開けた瞬間——

「大将、お待ちしておりましたです! では、宿で一緒に寝ましょーう♪」

(うぎゃーっ)

 またもや周囲の視線が突き刺さる。


 三度目ともなると、この状況に慣れてきている自分が怖い。

 視線から逃れようと、俺はララを抱え上げ、宿まで全速力で走った。

 よくよく考えたら、この行動の方が危うい気がしなくもないが……時すでに遅しだな。

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