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第7話 初めての街、テソーロ

 ララによると、さっき仕留めた魔物は『ダークウルフ』というらしい。もとは普通の狼だったが、魔素という瘴気のようなものを大量に浴びたことで、肉体が朽ち、魔物へと変貌してしまったのだとか。

 それを聞いて、死骸が消えてしまった理由も、なんとなく理解できた気がした。



 ララの道案内のおかげで、迷うことなくテソーロの街に辿り着いた。道中は平和そのもので、魔物に襲われることもなかったのは幸運だった。


「おぉ〜。なんて立派な街なんだ!」

 街の周囲には堀が巡らされ、出入りには橋を渡る必要がある造りだという。ララによれば、東西南北それぞれに橋が架かっているらしい。


 俺たちが今いるのは西の橋。ララの住むスラムに一番近い場所だ。スラム――聞き慣れない言葉だったが、なぜか意味は分かった。貧民街ということらしい。これもイーリス様の加護の効果だろうか。


「テソーロの街は大きな円形になってるです。北側には領主様や貴族様の居住区があって、東側は中流階級の方たちが住んでいるです。南側は商業区で、商人が店を構えて暮らしていますです。そして西側が、ララたちが住んでるスラム――この四つに分かれてるです」


「こんな大きな街初めて見たよ」

「桃太郎様。よければ、テソーロの街をご案内しましょうかです」

「あー、その『桃太郎様』って呼び方、なんか堅苦しいんだよなぁ」

「そうですか? じゃあ、桃様? いや、太郎様?」


「俺なんかに『様』なんて付けなくていいよ。もっと気軽に呼んでくれ」

「じゃあ……桃? 太郎? もっちゃん?」

「いや振り幅えぐいな! 急に馴れ馴れしすぎだろ」


「ご、ごめんなさいです! じゃあ、いっそのこと大将が決めてくださいよ〜」

「お、それでいいじゃん!」

「え? もっちゃんですか?」

「ちげーよ。『大将』ってやつ」


「あぁ〜、確かにララもそれが呼びやすいかもです」

「じゃあ、俺のことは『大将』って呼ぶってことで」

「はい、大将!」



 少女に変なあだ名を付けられる危機的状況を無事に回避した俺は、ララの案内でテソーロの街を見て回ることにした。

 東側は住居ばかりで特に見どころはなく、北側はそもそも許可がなければ入れないらしい。

 そこで、俺たちは南の商業区へと向かった。

 街道沿いには多くの屋台が並び、香ばしい匂いが漂っている。


「おわ〜、美味そうな食べ物が色々と売ってるなぁ!」

「そうですね。でもララはお金が無いので買えないです」

「そうか……。そういえば、ここの通貨ってどうやって手に入れるんだ?」

「大将が先ほど手に入れた魔含をギルドに持っていけば、換金してもらえるはずです」


 それを聞いた俺は、早速ララに案内してもらい、ギルドとやらを目指すことにした。

 ギルドはテソーロのほぼ中央に位置しており、アイテムの換金や冒険者への仕事の斡旋、さらには婚姻や出生などの各種手続きまで担う、いわば役所的な存在らしい。

「大将、ここがギルドです」

 ララが指差した先には、想像を遥かに超える巨大な建物がそびえ立っていた


「でけー! あの時の鬼よりでっけーな……」

「大将、鬼ってなんですか?」

「あ、あぁごめん、独り言だ。気にしないでくれ」

 ここに来る前に、鬼にパクッと食べられちゃったんだ〜、なんて話言える訳がない。黙っておくのが正解だ。


 ギルドに入ると、まずはアイテム換金窓口へと向かった。

「こんにちはー。あら? 初めてお見かけする方ですね」

「さっきこの街に来たばかりでして」

「転入者の方ですか? それとも冒険者様?」

 答えに迷っていると、ララが代わりに「大将は冒険者です」と即答した。……まぁ、問題ないか。


「冒険者様でしたか! では、まず冒険者登録をお願いします。お隣のカウンターにて承りますね」

 隣の窓口へ移動すると、すぐに登録用紙が差し出された。

「あ、自己紹介がまだでしたね。私はここのギルドの受付をしております、ベリアと申します」


 登録は簡単で、名前を記入し、一滴の血液を紙に垂らすだけでいいらしい。

 針を指に刺すのを少し躊躇していると、ララにじーっと見られていたので、なんだか気恥ずかしくなった。ベリアさんにはバレてない……でいて欲しい。


 登録を終えた俺は、再び換金窓口へ戻り、ダークウルフの魔含をこっそりアイテムボックスから取り出し、ベリアさんに手渡した。

「これは……」

「あ、もしかしてあんまり価値なかったですか? あちゃ〜」

「いえ、逆です! これだけ大きくて魔素含有量の多い魔含は、久々に見ました!」


 魔含は魔素の吸収量によって、大きさや色が変わるらしい。つまり、魔物の強さに比例して魔含も大きくなるということだ。

(……あのダークウルフ、案外強敵だったのか)

 それを知り、今さらながら背筋に悪寒が走ったのは、ここだけの秘密だ。


「このサイズでしたら、十万ガルで買い取らせていただきますが、いかがでしょうか?」

「は、はひょー‼ 十万ガルなんて凄いですよ、大将!」

 ララが換金額を聞き、謎の叫び声を上げた。

 かなりの大金なのだろうか? まだ俺にはこの世界の通貨価値が分からないので、何とも言えなかった。


「なぁララ。さっき見た屋台の串焼き肉、あれはいくらするんだ?」

「確か、一本五百ガルだったと思うです」

「ってことは、二百本分か……」

 さくっと暗算した俺を見て、ベリアさんが「計算早っ!」と驚いた顔をした。


「大将は頭も良いのですね! さすがです!」

「まぁ、これくらいの計算なら、商人の息子なら当然ってやつだな、あはは——」

 つい調子に乗って口を滑らせた瞬間、ベリアさんの目が輝いた。

「商人のご出身なのですね! 冒険者のかたわら、何か商いもお考えなのですか?」


「あ、あぁ〜、どうだろう……実は、これからどうするか、まだ何も決めてなくてですね、あはは」

 思わぬ展開に、俺は誤魔化し笑いを浮かべるのだった。

「当ギルドでは、お仕事の斡旋も行っております。あちらの掲示板をご覧いただき、実力やスキルに合った依頼をお選びください。ただ……」


 先ほどまで澱みなく説明をしてくれていたベリアさんが、急に口ごもった。

 俺は首を傾げ「ただ?」と話を進めるよう促す。

「実は最近、テソーロ周辺で魔物の数が急増しているという報告がありまして、依頼の達成が困難な状況が続いております。ダークウルフも、本来ならこのあたりでは滅多に出ない魔物なのですが」


「へぇ、そうなんですか。なぜ魔物が増えてるんです?」

「原因が判明していれば、ギルドとしても手立てを講じることができるのですが……まだ元凶を特定できていない状況です」

「そうか……早く収まるといいですね」


「はい。今のままでは他の冒険者さんたちも仕事になりません。このままでは、彼らの生活にも関わってきますので……解決にご協力いただけると幸いです」

「俺が役に立つとは思えないけど……できることはやってみます」

「よろしくお願い致します!」


 俺とララは、ベリアさんに礼を言い、また明日依頼を確認しに来ることを約束し、ギルドを後にした。 

 今日は初めてのことばかりで、体力をかなり消耗しており、すでに限界が近かった。

 ここはイーリス様の加護に頼らず、自力で鍛えるしかなさそうだな——そう思いながら、俺は自嘲気味に笑った。

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