結局、フォーマット通りのメンバーで鬼ヶ島へと向かうことになった桃太郎一行は、鬼切丸のおかげで、首尾よく出港することができた。
船上では早速、鬼退治の作戦会議が始まった。
「よし、じゃあ作戦を決めていくぞ……って、そういえば今さらだけど、こいつらに俺の言葉って通じてるのかな?」
桃太郎はそう呟きながらお供たちを見渡すと、なんとなく全員がコクリと頷いたような気がした。
「と、とりあえず話が通じるという前提で進めるか。まずはミドリ。お前は鬼の顔の周りを旋回して、耳元で思いきり鳴け。鬼の注意を引きつけてくれたら、隙ができるはずだ」
ミドリは「ケーン」と元気よく鳴いた。まるで「任せて」とでも言っているようだった。
「次にオナガ。ミドリが作った隙を突いて、鬼の背後に回ってくれ。そして、その長い尾を鬼の足首に絡めて、思いっきり引っ張れ! 鬼を転倒させるんだ。できそうか?」
オナガも威勢よく「キキー!」と叫び、やる気を見せる。
「最後にタイガ。鬼が転倒したところにトドメだ。その牙で首元を一撃、ガブッといってやれ! ふっ……我ながら、完璧すぎる作戦に震えが止まらないよ」
自画自賛に酔いしれる桃太郎の横で、タイガが「ワオーン!」と力強く遠吠えした。
作戦会議を終えた船上では、動物たちがそれぞれ鳴き声を交わしながら、まるで旧知の仲のように楽しげに会話していた。
(出会ったばっかなのに、めちゃくちゃ仲良さそう……。俺の言葉は通じてるっぽいけど、こいつらの言ってることはさっぱり分からんのがツラいぜ)
鬼ヶ島へは、鬼切丸の言葉通り、ものの一時間もかからず到着した。
島の中心部には、大きな洞窟があり、そこが鬼の棲家になっているらしい。
一行は鬱蒼とした草木をかき分けながら進み、ついにそれらしき洞窟を見つけ出した。
「きっとあそこだ。みんな、準備はいいか?」
桃太郎が小声で仲間達に話しかけると、一斉に「ワオーン」「キキー」「ケーン」と気合の入った大きな声が返ってきた。
「あわわわ〜。しーっ! 静かに〜。鬼にバレるって……あっ」
桃太郎の制止も虚しく、洞窟の奥から重々しい足音が響いてきた。ゴゴゴ……ドン……ドン……。
そして、次の瞬間——洞窟の闇の中から、巨大な影が現れた。
「……で、でかい……」
桃太郎の口から、乾いた声が漏れた。
(いや、いやいやいや、デカすぎるだろ。普通に考えて、これ……勝てるのか?)
鬼は、人間の身の丈五倍以上。岩のような筋肉の塊に、ギラリと鋭い牙が光っている。
(やばい……さすがに無理だろこれは……)
すっかり及び腰になっている桃太郎をよそに、ミドリ、オナガ、タイガの目は、やってやんよと言わんばかりにメラメラと燃えている。
(マジかよ、こいつら……⁉︎)
桃太郎はその眼差しに背中を押され、恐怖を振り払うべく、頭を大きく左右に振った。
(お、俺が縮こまっていてどうする! 信じるんだ、こいつらの目を!)
「よし、作戦通りに行くぞ!」
桃太郎の号令と同時に、ミドリが鬼の頭部目がけて飛翔する。
続けてオナガが俊敏な動きで鬼の背後へと駆ける。
タイガは最後の一撃を担い、じっと構えたまま待機中だ。
「ミドリ! 耳元で大きな鳴き声を上げろ!」
桃太郎が叫んだ、その瞬間——
『パンッ!』
「……え?」
鬼は、自らの頬を平手で叩いた。それはまるで、蚊でも払うような仕草だった。
次の瞬間、ミドリの姿は空から消えていた。
「嘘……だろ……」
唖然とする桃太郎の目の前で、オナガが鬼の足元へと飛び出す。
鬼はその動きに気付き、ドタドタと足を振り回し、オナガを踏み潰しにかかる。
「オナガ! 危ないっ! 戻れぇー!」
「キ……」
か細い悲鳴すら、踏み潰された衝撃音にかき消された。
「っ……!」
ミドリとオナガの無残な最期を目にしたタイガは、怒りに震えていた。
「タイガ、待て! 無理だ、お前まで——」
桃太郎の声は、憤怒で我を失ったタイガの耳には届かない。
タイガは怒りに燃え、一直線に鬼へと突っ込んでいく。すばやく鬼の身体をよじ登り、その首元に狙いを定める!
(あ、あと少し……いけるか……⁉)
だが——
『パクッ』
鬼の大口が、タイガを丸呑みにした。
(あぁ……なんてことだ……)
仲間は全滅。桃太郎は完全に戦意を喪失していた。
いや、鬼の姿を見た時から、どこかでこうなる予感はしていたのかもしれない。
お供たちには申し訳ないが、逃げよう。そう決心し、背進しようとした。
だが、恐怖の余り、足が思うように動かない。一応に握っていた刀は、ガタガタと震えが止まらない状態だ。
その時、鬼の視線が桃太郎に向いた。涎が、ダラリと垂れる。
(く、喰われる……。逃げろ、俺!)
そう心が叫んでも、体が言うことを聞かない。腰が抜け、尻もちをついた。
「ひぃっ!」
(あぁ……、鬼退治が無事に終わって、あの娘と結婚できたら、どんな未来になったんだろう。俺も、噂に聞く『アオハル』ってやつ、ちょっとくらい謳歌してみたかったぜ……。彼女はもとより、友達もろくにできなかったし……せめて、お供たちとはもっと仲良くなりたかったなぁ……ごめんな。俺が、もっと強ければ……)
『パクッ』