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第2話 きびだんご

 集落を出てから、およそ一時間ほどが経った頃だった。草むらの方から何やら音がしたので、桃太郎は見よう見まねで刀を構える。やけに一丁前な気分になった。

 恐る恐る、音の方へと近づいてみると——

『ザザッ』

 草を揺らす大きな音と共に、茶色い痩せ細った野犬が姿を現した。野犬は、桃太郎の姿を見るなり「ワンワン」と激しく吠え立てる。


「……なんだよ、野犬かよ。驚かせんなっての。うるさいな、おい」

 敵意はなさそうだが、どうにも騒がしい。桃太郎は野犬の鳴き声の意味など当然分からない。動物の言葉など、理解できるはずもないのだから。

 世の中には、なぜかお供の動物たちと言葉を交わし、鬼まで退治しちゃう腕の立つ若者もいるらしいが——少なくとも、この物語の登場人物には、そんな都合のいい才能は備わっていなかった。

「……どうしようかな、こいつ」


 うるさく吠え続ける野犬に困っていると、ふと、腰に下げた小袋の存在を思い出す。

「お、そうだ! ちょうどいい機会だし、試してみるか」

 そう言うと、腰につけた小袋からきびだんごを一つ取り出し、野犬に差し出した。

 すると、何ということでしょう! 野犬の言葉が、たちまち分かるように……なんて奇跡は起こるはずもなかった。犬は相変わらず「ワンワン」吠えながら、きびだんごをもぐもぐと食べている。


(まぁ、さっきより元気そうに見えるし……少しくらいは喜んでるのかもな)

 勝手にそう解釈する桃太郎だったが、どうやらきびだんごにはそれなりの効果があったようだ。野犬は、いつの間にか桃太郎の後ろをぴたりとついて歩くようになっていた。

「ほんとにきびだんごで仲間になったのか……すげーな、母ちゃん! でもなぁ、このヒョロヒョロの犬っころが、鬼とやり合える気はしないんだけど……」


 桃太郎が不安げに犬を見下ろしていると、それを察知したのか、野犬は周囲を見渡し、近くの木の幹へと駆け寄った。そして、ガブリとそれに噛みつく。

「えっ? おまっ、いったいなにやって——」

 鋭い牙が食い込み、ミシミシと音を立てながら、木はゆっくりと倒れていく。

「おおっ! 見た目に反して、すごい牙を持ってるんだな! 気に入った!」


 桃太郎は満足げに頷くと、腕を組んで考え込みだした。

「うーん。いつまでも犬っころ呼ばわりじゃ味気ないな……よし、お前に名を授けよう! その牙の威力を見込んで『タイガ(大牙)』ってのはどうだ?」

 名を与えられた野犬——いや、タイガは「ワオーン!」と、まるで喜びを表すかのように空に向かって吠えた。



 タイガと出会って程なく、事件が起きた。

 桃太郎の腰につけた、きびだんご入りの小袋が何者かにスられそうになったのだ。

 その犯人はというと……、え? なんで猿って分かったんですか? エスパーですか皆さんは?

 と、とにかく正解です。犯人は野猿でした。


 タイガが牙を剥いて睨みを利かせ、一触即発の空気になったので、桃太郎は万能アイテム・きびだんごを取り出し、場の収拾を試みる。

「ほれ、これをやるから大人しくしろ、エテ公」


 野猿は器用に両手でキャッチし、夢中でモグモグ咀嚼し始めた。

 だが、食べ終わった直後、ゴホゴホと苦しみ出す。どうやら喉に詰まったらしい。

「あー、お前にとって、母ちゃん特製のきびだんごが最期の晩餐だったな」

 冷めた目で吐き捨て、桃太郎はそのまま無情にも歩き出す。

 だが、野猿も必死だ——文字通り、命がかかっている。見捨てられれば間違いなく死ぬ。


 野猿は、長い尻尾を器用に操り、桃太郎の脚に絡みつかせた。

「おぉ、猿の尻尾ってこんなこともできるのか! しかも結構力あるんだなぁ。さっきのすばしっこさと合わせれば、鬼退治の役に立つ……かも?」

 そう考え直し、野猿に水を与えてやることにした。

 死の淵から解放された野猿は「キキー!」と一鳴きし、喜びの舞を踊りだした、ように見えた。


(まぁ、よく分からないけど、多分喜んでるな、うん)

 野猿もまた、桃太郎の後ろをついてくるようになった。

「よし、成り行きだ。お前にも名前を付けよう。尾っぽがやけに長いし……『オナガ(尾長)』でいいや」

「キ、キキー! キキキー」

(……あれ? なんかめっちゃ不服そうだが……まぁいいや、オナガに決定ー)



 もう少しで港が見えてくるという頃、桃太郎の(元々少ない)体力は、ほぼ底をついていた。

「……もう無理。お腹も空いたし、ちょっと休も……」

 木陰に腰を下ろし、しばしの休息を取ることにした。腹が減っては戦はできぬ、だ。

 桃太郎はおむすびを。タイガとオナガには干し肉を与える。


 少し体力が回復したところで、再び立ち上がろうとした、その時だった。

「ケーン、ケーン」

 どこからともなく聞こえる鳴き声。


 あたりを見渡すと、木陰から美しい羽色の鳥がひょっこりと顔を出した。

 え? 何の鳥かって? さすがにお分かりですよね、そうです雉です。……あれ、まただ?

 なんで分かると思ったんだろ……うん、もういいや。これが最後な気がするし。


 こやつもまた、例によってきびだんごを強請ってきた。恐るべし銘店・大福堂の特製きびだんご! まさか動物界でも人気とは——跡取り息子としては、鼻高々でありますな。

「鳥ねぇ……。あー、鳥かぁ……。うん、決めた!」

 桃太郎は冷静だった。鬼退治の戦力としては、鳥は頼りなさ過ぎる。そう判断し、無視を決め込むことにしたのだ。


 すると、雉は執拗に桃太郎の顔の前をぐるぐる旋回し続ける。

「な、なんだよコイツ。めちゃくちゃウザいな!」 

 けれど、その飛び方を見て桃太郎の脳内に電流が走る!

(上空からの偵察、あるいは陽動……。いけるぞ、こいつ!)

 態度を一変させ、きびだんごを差し出した。


「よし、食ったな。ならお前も今から仲間だ。名を付けてやろう。そうだなぁ……よく見ると、首から胸にかけての毛色が、とても綺麗な緑色だなぁ」

 桃太郎がじっと見つめていると、雉は急にモジモジし出し、羽で胸元を隠した。

「え、ちょ……変な意味じゃないから! ただの感想! うわ、もしかして……お前、メス?」

 慌てた桃太郎は、ちょっと考えてから言った。


「だったら……名はミドリにしよう!」

 雉は、ミドリと言う名を付けられ、オナガ同様、少し安直過ぎじゃねーか的な顔で桃太郎をじっと見ている。

「あ、あれだよ、あれ! ミドリの漢字は、色の『緑』じゃなくて……そうだ、美しい、に鳥、で『美鳥』だかんね! 君にピッタリの名だろ?」


 雉とはいえ、メスに蔑む目を向けられた桃太郎は、慌てて苦しい補足説明を追加した。

 雉——ミドリは「それならまあ……」とでも言いたげな、満更でもない表情でモジモジし始めた。

(……割とチョロくて助かったぁ)

 そう胸を撫で下ろす桃太郎であった。



 無事に(?)仲間を増やすことに成功した桃太郎一行は、鬼ヶ島を目指して港へとたどり着いた。

 辺りを見渡すと、停泊している船はたったの一隻。選択肢のないまま、その船へと歩み寄る。

 近づくと、船のそばにはボロ布をまとった屈強な男が立っていた。

 桃太郎が軽く会釈をすると、男は名乗った。

「あっしは鬼切丸だ。話は聞いている」


(……え? 鬼切丸? いやいや、名前の時点で俺より鬼退治向きじゃない? え、マジで? 改めてだけど、どうして俺が選ばれたんだっけ? この辺に若い男がいなかったからって話じゃ……?)


 困惑する桃太郎をよそに、鬼切丸はすでに事情を察している様子で、淡々と船の準備を始めた。

「鬼ヶ島までは、船で一時間もかからん。ここから南へ真っ直ぐ漕いで行けば、迷うこともねぇ。今日は波も穏やかじゃけぇ、なんも心配いらねぇ」


「ありがとう。ところで、君は一緒に来てくれないのかい?」

「あっしは無理だ。仕事があるけぇ」

「仕事? 何をしているんだ?」

「あっしの仕事は機織りじゃ」

(……え? その体格で機織り? いや、絶対に漁師とか木こりの方が似合うだろ……いやいや、人は見た目で判断しちゃいけないって言うしな)


「そ、そうなのか。機織りってことは、生地を作っているのかい?」

「んだ。この服も、最近織った生地で作った。なかなかの自信作じゃ」

(……マジか。てっきりボロ布だと思ってたけど、まさかの"最新作"⁉ それ、機織り向いてないんじゃ……。いやいやそんなことより、俺たちと一緒にひと狩り行こうぜ!)

 そう言いかけた瞬間、鬼切丸がふと遠くを見つめ、静かに語り始めた。


「あっしに機織りの才能がないのは、自分でも分かっとる。でも、どうしてもやめたくないんじゃ。周りのみんなは『もう辞めろ』と言ってくる。じゃが、あっしは続けたいんじゃ。あの人との約束があるけん……」

(……なんて純粋な目で語りやがるんだ、この野郎は……! さっきまで、無理やりにでもきびだんごを口にねじ込んで仲間にしてやろうと考えた俺の邪心が、ズキズキと痛むじゃねーか! ……てか"あの人"って誰だろ? まあ、出会ったばかりで、そんなこと聞くのも野暮ってもんか)


「そ、そうか……。好きなことに打ち込めるのは素敵なことだと思うよ。これからも精進しな」

「あぁ……ありがとう。……ところでアンタ、さっきからなんできびだんごを握っとるんじゃ?」

(あっーと、いけねぇ……)

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