あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、大きな桃がドンブラコ~、ドンブラコ~と流れてきた……というお話を聞いたことがあるでしょう。
実は、あれは作り話でして、実際にはごく普通の大きさの桃が流れてきたのです。
当時、桃は高級品であり、庶民の食卓に並ぶことはめったにありませんでした。
おばあさんは「これは幸運!」と目を輝かせながら、迷わず川へ飛び込み、その桃を全力で掬い上げました。
その日の
すると翌日から、なんということでしょう! 二人の体がどんどん若返っていくではありませんか!
ついには二十歳そこそこの若さを取り戻し、二人は喜びに沸き返りました。
桃を食べてから十一カ月ほど経ったある朝、家の中から「オギャーオギャー」という元気な赤子の泣き声が響き渡りました。
そう、桃太郎の誕生です!
これこそが、本当の桃太郎伝説の始まりなのでした。
順風満帆に成長していった桃太郎。
しかし"やはり"と言った方がよいのでしょうか、ある時、鬼退治の依頼が舞い込んできてしまいました。
運命と書いて"サダメ"と読む——まさにこのことですね。
桃太郎は、正直まったく乗り気ではありませんでした。
それもそのはず、若返ったおじいさんとおばあさんは、桃太郎が生まれた半年後に一念発起し、和菓子屋『大福堂』を開業したのです。するとこれが、ご近所はおろか、遠方からも大福堂の和菓子を買い求めるお客が絶えないほどの大成功を収め、何不自由のない裕福な生活を送っていたのです。
誤解のないように言っておきますが、桃太郎は決して道楽息子ではありません。きちんと店を手伝い、接客も上手く、町での評判も上々の好青年でした。
そんな折、近隣の集落から「鬼による嫌がらせが止まらず困っている」との相談が持ち込まれました。
その集落の族長が、この辺りで唯一の若者である桃太郎に白羽の矢を立てたのです。
桃太郎にはこの話を受ける利点が一切ありません……と言いたいところでしたが、撤回します。
族長には年頃の娘がおり、一緒に鬼退治の依頼をするべく、同行してきていたのです。
この界隈には若い娘がまったくいなかったこともあり、桃太郎はこの娘に一目惚れしてしまったのでした!
鼻を伸ばした桃太郎は、鬼退治の褒賞として、その娘との婚姻を要求しました。なんという破廉恥野郎でしょうか!
ところが娘の反応は……あれ?まんざらでもない?
「貴方様が鬼の脅威を取り除いてくださるなら、私は喜んで嫁がせていただきます」──だそうです。
おいおい、脈ありかこれは?
善は急げと、翌日には鬼ヶ島への出立の準備を整え、鬼退治へと向かうことになった桃太郎。
突貫工事ではありましたが、裕福だったがゆえに、何もかもがお
戦闘服は、結納用に用意していた着物を仕立て直した一張羅。
頭には純金の桃があしらわれた鉢巻。
そして、刀は護身用に常に店内に飾っておいた、備前長船の一級品である『
さぁ、ここで問題が発生します……。
実は、桃太郎は刀を振ったことが一度もないのです。正確に言うと、手に取ったことすらない!
「ここの集落が平和な証拠だね〜」
——って、そんな悠長なことを言っている場合ではない!
鬼退治へ向かうに差し当たって、これは大問題です。
桃太郎の非力さをよく理解している旧おばあさん、もとい桃太郎の母は、鬼退治の成功を祈願した特製のお守りと、きびだんご十個を、夜なべをして
お守りには、あの桃の種が入っているそうで、ずっと神棚にお供えしていたのだとか。神様のご加護がありますようにと祈りを込めて、お守りの中へ入れたのだそうな。
そして、きびだんごにも特殊な効果が付与されているらしい。なんでも、このきびだんごを食べた者は、桃太郎に服従し、仲間になってくれるのだとか。
一体どんな成分が入っているのやら……。
特製きびだんごの説明を聞いた桃太郎は、早速このきびだんごを族長の娘に与えようとしたので、族長が必死の形相でこれを阻止しました。
おいおい……卑怯だぞ桃太郎! 実力で娘を落とさんかいっ!
こっぴどく叱られた桃太郎は、肩を落としながら、鬼退治へ出発することになりました。
お守りときびだんご以外にも、おむすびをいくつかと、飲み水、そして三食分ほどの干し肉を餞別として受け取ると、重たい足取りで鬼ヶ島へと向かいました。
皆からの「頑張れ」などの声が遠くなってきたと感じたその時——
一際大きな声援が聞こえてきました。声の主は、あの娘でした。
「絶対に勝って帰ってきてくださーい! 花嫁修業をして待ってまーす!」
それを聞いた桃太郎は、振り向くことなく、手を高く掲げ、その声援に応えた……という風に語れば、なかなか格好よく聞こえるでしょうか?
実際は——
「え? 今、花嫁……って言った? いや、言ったよね! よ……よっしゃー!」
と、嬉しさのあまり顔がデレきってしまい、皆にだらしない顔を見せられなかっただけなのだ。
——それは、ここだけの秘密である。